第13話 王女との計画 下
(異能の力……それなら対抗できる、か?)
たとえば、あらゆる干渉を防ぐ力を持った能力者や、物理法則を捻じ曲げる能力者がいたとしたら――僕に降り注ぐ危機を遠ざけられるのではないか。
聞いている限り、運命は人間の中身を変える力までは持たない。能力者個人から生じる力も捻じ曲げることはできないだろう。気をつけるべきは不運を招く状況に陥ることだが、やりようはある。
これまで美波さんが繰り返したタイムリープの中で一度も試してこなかった策になる。うまくいくとも無理だとも言えないが、だからこそ可能性はある。
問題は、そんな能力者に出会えるのかどうか。
自分以外だと美波さんしか僕は能力者を知らない。穿った見方をすれば、僕ら以外に存在しないのではないかとも捉えられる。居たとしてもそんな能力者と知り合えるのかという問題がある。時間は限りなくないに等しい。
だが、幸か不幸か、僕には一つの手がかりがある。
「美波さん」急に声をかけられた美波さんはビクリとしていた。
「さっき色んな人に手伝ってもらったって言ったよね? そこに冬子先生は含まれてた?」
突拍子もない切り替えに聞こえたのだろう。美波さんは不審げに眉をひそめる。
『はい、それは、ありましたが』
「どういう態度だった?」
『あの、支倉先生がなにか』
「まぁいいから」
僕に押される形で、美波さんは顎に指を添えて記憶を探る。
『ええと確か、色々と理由をつけてこーくんの護衛に力を貸してくれないかと頼みました』
「先生はどんな感じだった?」
『すんなりと聞き入れてくださいました。なにか事情があるんだろうって特に疑うことなく。更にお知り合いの方々も付けてくださったんです』
「知り合い?」
『はい。人手は多い方がいいとか。個人的なご友人とか、化学の実験道具を納品してくださる業者さんとか』
「業者って……そんなの頼める仲なのかよあの人」
『贔屓にしてるから手伝えって脅したらしいです』
あー、冬子先生の性格からするとやりかねんな。自分一人だと面倒だから手数を増やしたのだろうか。
『そうまで手伝っていただいたのですが、結果は、変わりませんでした……』
寂しげに呟く美波さんの手の甲をそっと撫で、僕は内容を反芻する。
文化祭の一件で実は面倒見の良い先生ということがわかったし、理由を聞かず協力してくれたのはさほど不自然でもない。気になるのは、たかが一人の女子生徒の頼みに大人を何人も使ったところだが……。
駄目だ、推測するだけでは腹の内は読めない。先生が本当は何を考えていたのは、僕の能力を使って読む必要がある。
だが冬子先生は、なぜか心を読むことができない。
一体これはどういうことなのか。個人的な興味だけでなく、なにか重要なことに繋がっているような、そんな漠然とした予感がある。
『こーくん。そろそろ考えていることを説明していただけませんか?』
「ああ、うん……そうだね。あと試したいこともあってさ。美波さんに協力してもらいたいんだ」
訝しむ美波さんに考えていることを伝える。
話を進めるうちに彼女は目を丸くして、次第に難問に苦しむように眉根を寄せた。
『……確かに、今までのタイムリープでは試していなかったことです。でも本当にうまくいくのでしょうか? 確証はないのですよ?』
「わかってる。だから二、三日のうちに結論を出そうと思う。時間は限られてるし、この不確定なことに賭けるわけにはいかないからね。他の策も探しながらってことで」
美波さんは正座した膝に手を置いてうつむく。
『試す……あの支倉先生を……確かにこーくんでしか気づけなかったでしょうけど……でも本当に? なぜあのときは……』
美波さんの考え事が伝わってくる。彼女はちらと僕に目を向けた。
『もしこーくんの予想通りなら、なぜ支倉先生は黙っているのでしょう』
「僕らと似たような理由じゃないかな。あとは単純に僕らのことに気付いていない。僕は他人を対象にするタイプだから気づけたけど、美波さんだって僕が能力者だとは気づかなかったよね?」
『ふむ……なるほど』
納得の相槌を打った美波さんは、短い息を吐いた後、居住まいを正す。
『わかりました。どのみち私では実行できないことです。あなたの思う通りに進めてください。私は全力でサポートするまでです』
「ありがとう、美波さん」
僕も正座になって、頭を下げる。おそらく僕一人では無理なことが多い。美波さんにも手助けしてもらう必要があった。
こうして二人だけの秘密の作戦が決まった。
不確定なことは多かったが、なにもせず時間を浪費するより遥かに前向きな決断だった。何より数日あれば結果が見えてくるわけで、このときの僕はさほど気負っていなかった。
――結論から言うと、作戦には一ヶ月もの時間を要した。
目の前に現れた結果が僕と美波さんの想像を遥かに超えるもので、どう判断し進めたらいいかわからず立ち止まることを余儀なくされたのだ。
混乱の坩堝に叩き落された僕らだったが、情報を精査しよく話し合い、なんとか自分たちの中で受け入れて……そうしていると一ヶ月という時間があっという間に経過してしまった。
しかし、次の方針を定めることはできた。
僕らは、高校二年生の二学期終了間近の日、冬子先生を呼び出した。
***
「おーい、来てあげたわよ」
生徒会室のドアを開けて入ってきた冬子先生を、僕は席から立ち上がって迎える。
化粧っ気のない顔には隈があり髪も整えられておらず、ジャージの上に白衣姿というのも相変わらずだ。
そこに居るのは間違いなくいつもの支倉冬子先生。
なのに僕は、緊張で顔が強張るのを自覚した。
「すいません、お忙しいところ」
冬子先生は眠そうにあくびをしながら入口近くの椅子に座る。僕は窓際の生徒会長の椅子に座り直す。両者の距離は開いている。
「で? 話ってなに」
「支倉先生ご自身のことです」
その声は入口から聞こえた。
先生の後から部屋に入ってきた美波さんは、後ろ手でドアを閉めて鍵をかける。
密室になったことに先生は片眉を上げたが、反応はそれだけだ。所作から余裕が感じ取れる。
「私について? どういうことよ。話が見えてこないんだけど」
「僕ら二人に呼ばれたってことから、大体察しが付くんじゃないですか」
美波さんの後を引き継いで告げる。先生は眉をひそめた。
「だから、一体全体なんの話なの」
僕はちらと美波さんに目配せする。彼女は決意の表情で頷いていた。
「ここに呼んだのは、なぜ僕と美波さんを監視しているのか――その理由を聞かせてもらうためです」
言い切ったあと、乱れそうだった呼吸を整える。
先生は一拍置いてから聞き返した。
「監視? 私が?」
「そうです。あなたは僕らを監視している。いや、あなた達は、と言ったほうがいいでしょうか」
「ちょいちょい、待ちなって。どういう言いがかりなのさそれ」
とぼけているようだが、問答の時間が惜しい。無視して話を続ける。
「どうして分かったかというと、僕が心を読む力を持っているからです。それで僕と美波さんが監視されている事実を知りました」
「はぁ」と先生が生返事を寄越す。
「中二病にしては発症が遅くないか」
「事実ですよ。おそらく監視の理由は僕の能力に関係するんでしょうけど、それは後で聞きます。とにかく説明してください。先生が僕等を監視している、というより、様々な人間に協力させて僕と美波さんを見張っていることについて」
先生は半笑いだった。そういう年頃なのかな、なんて言葉が聞こえてきそうなほどの憐れみを込めた眼差しだ。
一瞬だけ迷いが過ぎるが、すぐに振り切る。自分でも疑って何度も確認して、美波さんと事実だと確信したことだ。
「たとえば警備員のおじさん。僕らの行動履歴を記録してあなたに報告してますよね? あと実験器具を納品してる業者のお兄さん。割と頻繁に会っているようですが、その人とあなたは暗号か何かを使って情報交換している。業者の心を読むと、僕たちに関することだった」
今でもはっきりと覚えている。冬子先生の心が読めない謎を解き明かすため、先生の周囲を嗅ぎ回っていた頃だ。
心を読めば手っ取り早いが先生にはそれが通じないため、僕は先生に関係する人間の心を読むことでなにかヒントを得られないかと考えていた。
その過程で、声は聞こえた。
――まったく、あの人には恐れ入るよ。ディバイダー二人の監視して普通に教師面できるんだもんな。対策してるとはいえあれは別の意味で化け物だわ、うん。
それは心を読む寸前まで冬子先生と会話をしていた業者の男の声だった。
ディバイダー。監視。なんのことかさっぱりわからない単語に最初、僕はゲームか何かの話をしているのかと勘ぐった。
しかしあの人と呼んでいるからには、直前まで話していた冬子先生のことを指しているはずだ。
気になった僕は先生に関連する人間の心を片っ端から呼んだ。
その結果、冬子先生が何人かの人間に指示を出していること、僕と美波さんの動向を監視している事実が浮き彫りになった。
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