第9話 フォローする王女
「ふはー食った食った」
ラーメン店の前で待っていた僕らの元に、満足げな顔で腹を叩く次郎が近づいてくる。
「な? 美味かったろ、ここの塩ラーメン」
「そうね、結構好きな味だったわ。また来たいかも。誘ってくれてありがと太郎丸」
「にしても次郎くん、ものすごい量を食べはったね」
「替え玉二つにチャーシュー飯だもんな。僕は無理だ」
「そかぁ? でもこの後も夕飯食べるけどな」
生徒会メンバーの間に激震が走った(美波さん除く)。
「どんな胃してんのよあんた」
「食費が凄そうや……」
「育ち盛りだからな!」
「そのうち横に育つようになるぞ」
僕がツッコミの形で注意喚起すると、美波さんが次郎のお腹周りを見つめて頷く。
「そうですね。次郎さん、四月より肥えてません?」
「肥え……!」
「「ぶふぉ」」
僕と佐伯が同時に噴き出す。その喩えとショックを受ける次郎の顔が面白すぎた。
「まだ十代ですし代謝機能が落ちていない内はいいでしょうけど、放っておくとあっという間に肥満体型になりかねませんよ。運動を推奨します」
「う、運動か。そっすね……うーん……」
次郎の反応はやけに渋かった。なら走って帰るか、ガハハ! とでも言いそうな奴なのに。かといって別にインドア派でもないだろう。皆で遊びに行こうなんて自ら言い出すのだから。
「そういや次郎は元々帰宅部だっけ。スポーツとかしてなかったのか?」
「あー、うん。まぁ、そうだな」
「次郎くん大きいし、色んな部活で活躍できそうやのに」
星野にそう言われても次郎は曖昧に笑うだけだった。
もしかしてこれは触れちゃいけない話題なのだろうか。
そのとき裾をくいと引っ張られた。
『危ないですよこーくん』
頭に語りかけてきたのは美波さんだった。彼女の声に促され振り向くと、サラリーマンがすぐ近くにいた。ラーメン店に入るのに僕らが邪魔になっていることに気づく。
「すいません」後ろへ退くと、サラリーマンはぺこりと頭を下げて僕のすぐ脇を通り過ぎていった。
『いいねぇ青春してて。しかもすげぇ可愛い女の子いるし。どこの高校だろ』
『やめてくれよ、くそ……放っておいてくれ』
二つの声が脳内に響き、ハッとして振り返る。そこには既に僕から手を離した美波さんと、佐伯と会話中の次郎がいる。
一つ目の声はサラリーマンのもので、二つ目は次郎のものということか。急接近して能力が発動してしまっていた。
「ラグビー部の勧誘とかすごかったでしょ」
「まぁな、俺なら将来有望とか言われたけど。でも残念ながら、やるより見る派なんだな~」
『早く会話を変えないと……食ったもの吐きそうだ』
僕は困惑で眉をひそめる。次郎はいつものように豪快に笑っているし嫌そうな顔色は微塵もない。でも内心はかなり焦っている。
(体調が悪くてやせ我慢してるのか? でもそれだと帰りたい、になるよな?)
腹が痛いのを悟られたくないだけなら、会話を切り上げて先に帰ることを考えるはずだ。けれど次郎は会話を変えたがっている。それはつまり、まだ残りたいけどこの話は止めたい、ということになる。
でも、スポーツの話に拒否感を示す理由がわからない。
『いま誰かの心を読んでいますか? なにかありました?』
黙っていると美波さんが語りかけてくる。心配させてしまったようだ。
僕は頷き、三人に向かって言う。
「とりあえず移動しようか。店の前にいても邪魔になるだけだし」
「そ、そうだな。時間も時間だし帰ろうぜ」
ほっとしたような次郎が先に歩き始めた。『今のは別に変な切り上げ方じゃなかったよな?』能力持続の一分間に聞こえてきたのは、自分の印象を気にする彼の声だった。
僕らもぞろぞろと移動し始める。次郎との距離は開いているのでもう声は聞こえてこない。
このまま放っておいていいものか、逡巡が生じた。
(次郎は何か悩みがあるのかな……でも、それで心を覗くのは)
生徒会メンバーはもう他人じゃない。僕にとっては久々にできた友人、のような連中だ。
なにかあることを知ってしまった以上、手助けしたいと思うのは当然だった。
かといって、不用意に心を覗き、本心を知ってしまうことへの恐怖心と抵抗感は依然として僕の中にわだかまっている。
心を読んで、たとえば表面上の接し方からは想像もつかない思惑を抱えていたとしたら、それが酷くショックを受ける内容だとしたら。
気に入っている奴らだからこそ、大きく踏み込む勇気が出ない。
『誰のなにを読んだのかはわかりませんが』
隣を歩いていた美波さんの声が、囁くように脳内に響く。
『あなたは一人で抱え込む癖があります。辛くなったら私に言ってください、必ず。私が絶対に助けますから』
真っ直ぐ前を向く彼女の言葉に、僕は微かに驚いて、そして堪えきれずに小さく笑った。
「……ありがとう。また後で話すよ」
小声で伝えると美波さんはコクリと頷いた。
気づけば胸のつかえが幾分か取れている。
もしかすると大丈夫かもしれない――そんな淡い期待すら感じた。
美波さんが隣に居てくれるなら、一歩を踏み出す勇気が出るかもしれない。
大通りまで来ると人の往来も増えた。佐伯は大通りを渡る横断歩道の前で止まると、向かい側に小さく見える駅ビルを指差す。
「じゃあ、あたしはこのまま駅に行くから。駅組は他にいたっけ?」
「あ、ウチもです」「俺も~」星野と次郎が手を上げる。次郎は表面上は調子が戻っていそうだった。
「僕は歩いて帰れる距離だから、ここで」
「では私もご一緒します」
美波さんがすかさず僕の方へ加わる。
心配したけど、どうやら僕のアイコンタクトはちゃんと伝わっていたらしい。
だがそこで佐伯が眉をひそめた。
「美波って家近くだっけ?」
「いえ、私はバス通です。ここから近場のバス停まで孝明くんと行こうかと」
「駅前のバス停のほうが近くない? あたしらと一緒に行ったほうが楽だと思うけど」
「それは……」
美波さんが口ごもり、僕の方をちらりと見る。佐伯は有意義なアドバイスをしたつもりっぽいが、余計なお世話になっている。雰囲気を読み給えよ。いや読むほどバレバレだったら困るか。
「まぁいいじゃん佐伯。孝明一人になっちまうと寂しいだろうからさ!」
どう切り抜けようか迷っていると、次郎がそう言ってくれた。
……あれ?
「夜道やしね。みーちゃんさんのこと、送ってあげて。才賀くん」
星野までそんなことを言う。二人が僕らを見る目は微笑ましげというか、いやに生暖かい。
……あれれー?
「それこそあんた美波にちょっかい出したりしないでよ?」
「だ、大丈夫だって」
佐伯はジト目を向けて疑ってくる。
こいつはいつもどおりだが、だからこそ安心しちゃう。
「孝明くんなら大丈夫ですよ」
「そう? 美波がそう言うなら……」
「ほらほら帰ろーぜ」
「希海ちゃん、勉強会は明日からでもええかな?」
次郎と星野が佐伯を押すようにして駅まで歩いて行く。釈然としていない佐伯だが二人の会話に意識をそらされて振り返ることなく去って行った。
うーむ。
心を読んだわけではないので断定はできないが、これは色々と覚悟をしておいたほうが良いかもしれない。
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