第10話 王女の想定外
「さ、帰りましょう」
三人の姿が見えなくなった途端に美波さんが手を握りしめてくる。
……ちょっと、胸が熱くなった。
『こーくん?』
美波さんが不思議そうに見つめてくるので僕は「行こうか」笑いながら言って歩きだす。
皆に隠れて手を繋ぐなんて青春ぽいことに感動していた、とは恥ずかしくて言えない。
(さて……次郎のこと、やっぱり伝えたほうがいいよな)
偶然とはいえ、彼がなにか抱えていることを知ってしまった。生徒会メンバーのことだし、会長にも伝えるべきだろうか。
……いや、待てよ。生徒会のことは彼女がよく知っているはず。なにか問題があるなら、タイムリープ前に自分の能力で解決に動いただろう。
それがなにもケアしていないということは、大した問題じゃないのか?
『さっきはごめんなさい』
考えながら歩いていると、少し沈んだ声が聞こえた。
「ん? なに?」
『希海に指摘されてうまく返せなかったことです。こーくんと一緒に帰りたくて咄嗟に言ってみたものの、整合性が取れてなくて。危うく一緒に帰れなくなるところでした』
「まぁちょっと危なかったかもしれないけど、僕も同じ気持ちだったから嬉しかったよ」
『好きー♪』
王女様、ちょろイン化が進んでませんか。
「むしろ君から言わせちゃってごめん。僕のサインを見て、言わなきゃって思ったんだよね?」
『サイン? ありましたっけ?』
「えっ」
『えっ』
キョトンとした美波さんと目が合う。おい。
「アイコンタクトしたでしょ? かえりはおくるから、って、瞬き九回して」
『まさかあの瞬きにそんな意味が』
「そのやり方を使ったの君では」
『私の場合は両目を同時につむることです。対してこーくんは片目だけでしたから』
「ぐっ……そんな細かい違いが……!」
やはり事前に打ち合わせしていない方法を頼るのは危険であったか。
だけどあの場面ならちょっとは勘付いたり、忖度して欲しくもある。
「じゃあ、あの瞬きはなんだと思ったのかな」
『たくさんのウインク』
「……喜んでたし、てっきり伝わってたかと」
『あんなに好意を伝えられたら照れますもの』
美波さんには忖度とか無理かもわからんね。
「一緒に帰れたのは偶然だったのか……良かったよ」
『偶然なんかじゃないですよ。あなたとはいつも一緒に居たいですから、合図なんかなくたって私はあなたと帰ろうとします。必然の結果です』
自信満々に述べる彼女の横に並びながら、僕は空いている手で口元を隠す。だらしなく緩んだ顔が公衆の面前に晒しかねない。
(ちくしょう可愛いな結果オーライ!)
じゃなくて、この行き違いは是正しておかないと。
「美波さんがそう考えてくれるのは嬉しいけど、タイミングが合わないと意味ないからね。僕たちの秘密の合言葉みたいなのは決めておいたほうがいいかもしれない。瞬きのアイコンタクト以外で」
『ええ、分かりづらいですからね』
どの口が言うかとツッコミたい衝動が! 鎮まれ!
「ええと、指でのサインとかでさりげなく伝えるのがいいかな。見つめ合ったりしてると、さっきみたいに佐伯が怪しむかもしれないし」
『そう、ですね』
美波さんは珍しくため息を吐いた。急に物憂げな感じだ。
『あんな人だったとは、思ってもみませんでしたから。ちゃんと注意しないと』
「あんな人?」
『希海のことです。私の行動や決定に異を唱えたり、執拗にこーくんを目の敵にするような人ではなかったのですけど』
どういう文脈での発言なのかピンとこなかった。
が、少し考えると事情が見えてきた。
「そっか。佐伯は当然、タイムリープ前も副会長だよな」
『はい。時期的にタイムリープしたのは選挙直後でしたので、副会長は前回も今回も彼女で決まりです。それを変える理由も特にありませんでしたし』
つまり美波さんは、本来の世界線で佐伯と一年間近くを過ごしていることになる。
そのときと態度が異なるので違和感を覚えている、ということか。
「なるほどね。でも元からあいつは細かいっていうか、ああいう性格では?」
『違うんですよ、それが。タイムリープ前の希海はとても聞き分けがいい人でした。いつも機嫌良さそうにニコニコしていましたし、対人関係の面でも彼女が潤滑油になっていたくらいです』
聞き分けが良い!? ニコニコしていた!? 嘘だぁ……。
「べ、別人にすり替わる能力者じゃないよね?」
『むしろそのほうが納得できるのですけど。正真正銘、彼女は佐伯希海その人です。だからああも感情を剥き出しにしているのが最初は信じられなくて……しかもこーくんを無能扱い……あ、思い出したら怒りが』
ふんす、と美波さんが鼻息を荒くする。思わず「どうどう」と馬にするみたいになだめてしまう。
あのとき美波さんがヒートアップしていたのは僕のためでもあり、そして頼れる相棒と思っていた相手の予想外の言動にショックを受けたことも関係していたわけだ。
『絶対に生徒会に入れてやると誓ったのですが、実際は物凄くハラハラしましたよ。ここであなたを生徒会に入れられなかったら戻ってきた意味がありませんから』
家に押しかけてきた執念の理由がよくわかる。とはいえこの人のことだから、付き合う前の僕の部屋に入りたかったなんて別の思惑もあったかもしれない。
答え合わせは怖いのでしない。
『でもさすがこーくん。望海の難題を押しのけた姿はちょー格好良かったです。惚れ直しました』
「あ、はい」
『もっと喜んでもいいんですよ?』
褒め言葉に慣れてなくて一瞬挙動が固まっただけである。たぶん家に帰ったら奇声を上げて転げ回ってる。
「……これでも凄く嬉しいんだよ」
『照れてる! あなた照れてるのね!』
「トトロ遭遇時みたいに言うな」
『ちょっとその愛らしいお顔をじっくり見せてくださいまし』
「な、なんでだよ」
『可愛いんですもんこーくんのデレ』
「こういうのはデレって言わない気がする」
『そうでしたっけ? でもいつも真面目な顔でツッコミしてるばかりですから貴重で』
「それは君、自業自得だよ?」
『? ちょっと言っている意味がわかりません』
ああ、僕はこうやって振り回されていくのだろうな。
「ていうか僕のことはいいから。つまり、佐伯の態度は完全に想定外だったってことですよね?」
『はい。こーくんの病――実際は能力の弊害――は問題視されるかもと思いましたが、それでもあれほどの反発は予想していませんでした。ある程度の議論はあっても最終的には受け入れられるものと』
「それってなにか原因があるのかな」
『わかりません。あまりにも突然だったので』
ふーむ。佐伯が急に刺々しい態度になった理由か。
美波さんが気付いてないうちに佐伯の性格が変わるようなことがあった?
選挙の後から生徒会結成までの少ない期間に、人格に影響を及ぼすようなことがあったとは考えにくい。
それか、彼女をイライラさせるような、癪に障ることがあったか。
(……ん? それって僕のことじゃね?)
考えてみれば前回と今回で異なる要素というのは、僕がいるかどうかだ。
そもそも僕のことが原因で美波さんと佐伯が言い争ったのだし、僕への当たりは未だに強いし、気に食わない存在なのだろうとは思う。
(でも美波さんにまで冷たくする必要あるか?)
当たるなら僕だけにすればいい。というか、佐伯のことだから表面上はそつなく付き合うことだってできるはず。
それがなぜ美波さんも対象になってしまうのだろう?
不意に、佐伯の心を読んだときのことを思い出す。
――なによもう才賀才賀才賀って……! あんなやつのどこがいいわけ!? これ見よがしに贔屓しちゃって腹立つわ!
あれは嫉妬の声だった。
確かに美波さんは僕を特別視していたし、それは贔屓とも言える。それが佐伯にとって気に食わなかったのだろう。
じゃあ、その嫉妬の感情はどうして生まれた?
それは自分を見ていてほしいと強く願っているからで、自分以外の者を見ないでほしいと強く願っているからだ。
そんな心の機微を言い表せそうな単語は。
「――え、マジで?」
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