第14話 王女の心配事

 犯人が学校内の人間――美波さんの言うとおり、教師たちは薄々ながらそれに感づいている様子だった。

 このことを不用意に漏らしたり外部の人間に相談しないよう言い含めてきたことからも、その思惑が読み解ける。騒ぎになることで生徒同士に余計な疑心暗鬼を抱かせたり、潜んでいる犯人を刺激したくないのだ。

 裏を返せば、問題を大っぴらにしたくないという意思の現れでもある。

 その証拠に警察を呼んでの検証はまだ控えると校長は言っていた。建前としては教師陣で調査して方針を決めたいということだったが、本音では生徒の仕業なら学校内で処理してしまいたいのだろう。


「でも、ほんとに警察に連絡しなくていいのかな。普通に犯罪だと思うけど」

『教育委員会への影響も考慮しているのでしょうが、それ以前に事件として立件できるか微妙という事情もあります』

「え、そうなの?」

『盗撮は迷惑防止条例という各自治体で定めた条例で禁止されているのですが、人の通常衣服で隠されている下着または身体を撮影することは禁止、と定められています。今回は写真が一枚、かつ条例違反に当てはまるような場所でもありません。他には住居不法侵入の罪がありますが、学校内の人間ならこれも当てはまりません。証拠がない以上、学校も慎重になっているのだと思います』


 「ほえ~」思わず感嘆の声が漏れる。こんなときだけど、美波さんの博識と適切な考察には頼もしさすら覚えた。


『逆に言えば、犯人はとても頭の良い人物でしょう。学校側が警察に頼らないギリギリの範囲がわかっている』

「そうか……でも、費用対効果が釣り合わないよね」

『はい。危険な橋を渡ったことに変わりはありません。何のことはない写真一枚を拡散して騒ぎを起こすだけが、果たして労力に見合う結果だったのか疑問が残ります』

「……僕か美波さんを貶めるためだった、ってことならどうかな」


 犯人が僕と美波さんどちらかに恨みを抱いていて、恥ずかしい写真をばら撒いて辱めようとした、という線だ。

 しかし美波さんは『うーん』と否定的に唸る。


『もっと際どい写真ならともかく、あの程度を皆さんに見られたところでどうということはないのですが』

「い、嫌じゃないの? 勝手に撮られてばら撒かれたわけだし」

『許可なく撮影されたことは不愉快ですし悲しいですけど、皆さんに見られたこと自体は特に。ああ、ちゅー寸前だからですか? 私たちはカップルですしちゅープリを見られたと思えばいいんじゃないでしょうか』


 神経が図太いのか天然なのかわからないが、クラスメイトの視線にビクビクしていた僕とは大違いだ。


『別に付き合っていることも隠すつもりはありません。聞かれなかっただけで、彼氏はいるのかと問われれば才賀孝明ですと言うだけです』


 やだ、僕の彼女イケメン。こちらのほうが赤面してしまう。

 対する僕は余計な波風を立てたくなくて周囲に自慢するどころか匂わせてすらいない。自分の小心者ぶりが情けない。まぁ僕はクラスに友達がいないって理由もあるけどなーははっ。


「その点、教師からは問題にされちゃったけどね」

『あれは、ちょっと痛かったですね……お咎めはありませんでしたけど』


 ここにきて美波さんがちょっとトーンダウンした。

 校長室でのミーティングでは僕らの関係も問い質されていた。冬子先生が先んじて事情を説明してくれていたこと、互いの両親と面識があって許可を得ていることもあり、付き合っていること自体にはとやかく言われなかった。が、立場的にも状況的にも不適切であったことからだいぶこってり絞られた。

 実際には口頭注意だけで処罰はなかったのだが、教師からの信頼は減ったはずなので、さしもの美波さんも敏感になっているようだ。


『でも、過ぎたことは仕方がありません。それに生徒会長のイメージなんて今更どうだっていいんです。凹んでいたら犯人の思うつぼです』


 その言葉に、美波さんの評判を落とすことが目的なのかもという仮定がちらっと過ぎったが、僕はすぐさま否定した。

 この通り美波さんのダメージは少ない。むしろ僕らは被害者として同情されているくらいで、盗撮犯のほうがよほど問題視されている。もしそれが狙いならこんな大々的な方法は取らないはずだ。


(なにが狙いなんだ……?)


 愉快犯だと片付けてしまえば簡単なのだが、なにか別の思惑が潜んでいそうな、薄ら寒い気配があって落ち着かない。


『悔しいですけど、私達にできることも限られています。警備員さんの巡回は強化されますし、先生方も他に設置された箇所がないか確認するそうですから、再犯防止できると信じるしかありませんね……むしろ気にすべきは、こーくんの学校生活のことです』


 隣を歩く美波さんが気遣わしげな視線を送ってくる。


『仮にも私は生徒会長として多少は知られている存在です。もしかすると興味本位の人たちが様々な形で私達に接触してくるかもしれません。私は平気ですが、こーくんは体質のことがあるので……過ごしにくくなるのではないかな、と』


(多少どころか学校一のミステリアス美少女で全生徒に認知されております、はい)


 などというツッコミは置いておいて、確かに明日からの学校生活を考えると憂鬱ではある。既にクラスメイトからはロックオンされている。今日みたいに説明攻めにあうだろう。

 能力が発動しないようボッチで過ごしてきたので、急にたくさんの人付き合いをしろと言ってもどうしていいかわからない。


(ていうか、僕が気になるのは美波さんの評判のことなんだけどなぁ)


 注目されてしまったものはしょうがないので頑張って対応するつもりだが、人付き合いが下手くそな僕はキモい態度を取ってしまうかもしれない。近づかれれば反射的に逃げることもある。それが元で中学時代のような悪評が立ったとしたら。

 接触恐怖症を患う変な男と付き合っているなんて気持ち悪い、とか、美波さんが陰口や悪口を叩かれないかが心配だった。

 

「僕はまぁ、なんとかなるよ。むしろ僕と付き合ってることに対して周囲が美波さんになにか言うだろうから……それがちょっと嫌だな」


 風評くらいで美波さんが離れるわけはないと信じている。でも美波さんが気分を害するのは、自分が嘲笑される何倍もの不快感がある。


『私に、ですか? こーくんのことでなにか言ってくる人などいるのでしょうか』

「ええと、僕はほら、トラウマのせいで日陰の存在だったから。格好悪いし情けない男っていうか。そんな奴を選んだ美波さんのことを悪く言うやつが――」

「こーくんは格好いいし情けなくなんかないです!」


 急に大声を出されたのでビクリとしてしまう。民家の犬もワンワン吠え出した。


「すみません。でも本当ですから」

「あ、ありがとう。嬉しいけど、君以外はどう思うかなって」

『こーくんのことを悪く言う人が来たらぶっ飛ばします』


 ふんす、と王女が鼻息を荒くする。いかんこれ本気のやつだ。


「美波さん暴力は駄目だよ暴力は」

『精神的に再起不能にするのは?』

「よりだめ」

『むー、仕方ありませんね。配慮してやります』


 言葉の節々から戦闘王女の片鱗がひしひしと感じられてあまり信じられない。


『ていうか私のことはいいんですってば。あなたが教室で気分が悪くなるようなことがないか心配で心配で』

「うーん、そう言われても。僕にとっては君の方がよっぽど大事だからなぁ」

『またそんなこと言ってもうしゅき!』


 美波さんは僕の手をギュッと握りしめてくる。おそらくは今日のことがあったばかりで遠慮していたのだろうが、やっぱり手を繋ぐと安心した。


『……こんなとき、能力が使えたらな』


 それは無意識の呟きだった。

 美波さんはハッとしてすぐに謝る。『ごめんなさい』


『都合がいいですよね。まだ能力に甘えてしまっていて……ただ、なにもできないのも悔しくて』

「美波さん」


 僕は彼女の手を強く握りしめる。美波さんはぎゅっと唇を引き結ぶ。


「ありがとう。僕は大丈夫だから。そんなに思い詰めないで」

「こーくん……」

「美波さんと生徒会の皆がいてくれれば、僕は耐えられる。人の噂もなんとやらって言うし、そのうち飽きられるよ」


 強がりでもいいからここは笑っておく。


「美波さんも、もし辛いことがあったら言って。必ず僕が助けるから」


 美波さんは僕を眩しそうに見つめて、こくりと頷いた。

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