第15話 フラストレーション溜まる王女

 二学期の出だしから僕の学校生活は一変した。端的に言えば、僕は校内有数の有名人になってしまったのだ。

 美少女生徒会長にして『笑わない王女』と評される葛城美波と付き合っている、しかもキスまでするほどの仲に進展しているとあれば、気にするなと言う方が無理な話だった。


 クラスメイトは連日のようにわんさかと僕のところへ押し寄せた。廊下にも、彼氏がどんな奴か一目見ようとした生徒達がそれこそ上級生下級生問わず大勢たむろす事態だった。

 僕はクラスメイトから、どうやって付き合えたのかどっちから告白したのかあのキス写真はどういうシチュエーションなのかなぜ写真が流れてきたのか王女の推し芸能人は誰ですか王女はパン派ですかなどなどなど、それはもう答えにくいものからどうでもいい内容まで怒涛の如き責め苦にあった。

 で、僕はろくに答えず逃げ回った。盗撮され勝手に流されたという事件には触れられない。写真以外のことに答えていると余計にその件が目立ってしまう。なので接触恐怖症を理由に徹底して答えないようにした。

 

 そうして休み時間になる度に寄ってくる好奇心旺盛な紳士淑女どもをあの手この手で躱すうち――僕は『笑わない王女の伝説』と双肩するほどの不思議ネタとして扱われ始めた。

 病気を患う日陰者がなぜ王女に見初められたのか?

 なにか事情が、裏があるのではないか?

 好き勝手に勘ぐる生徒たちによってあらゆる創作話がでっち上げられた。なかには僕を誹謗中傷する類もあったが、表立った反論もできず放っておくしかなかった。

 そうして噂の中から台頭してきたのが――運命に導かれしカップル説(派手な効果音)だ。


 まず僕が彼氏になれた理由で一番信憑性があったらしいのが「美波さんを唯一笑わすことができたから」という噂であった。確かに美波さんにはそんな伝説ぽい話がついて回っていた。

 加えて「接触恐怖症を患う僕が唯一触れられたのが美波さんだった」という、身から出た錆のような噂が合流して魔改造された結果、女子が好むようなキラキラしたロマンチックな恋物語が爆誕していたという。

 その恋物語に押される形で僕への誹謗中傷は鳴りを潜め、代わりに大峰北高校名物カップルとして全校生徒から生暖かく見守られる日々にスライドした。

 控えめに言ってこの学校の生徒は頭がおかしい。

 風の噂によると佐伯と星野が率先して見守り隊を結成していたおかげらしく、そこも僕ちょっとついていけてないです。


 だが、語るほど穏やかに過ぎたわけでもなかった。

 勘が良い生徒たちは教師の持ち物チェックや厳しくなった警備員巡回から薄っすらと笑い事ではない事態を察知したようだった。僕らが頑なに黙秘していることも喋りたくない繊細な事情があるという風に伝わって、写真の件は表立っては話されなくなった。

 不安になった生徒が教師に相談したりもあったらしいが、これは僕の観測範囲を超えているので深くは知らない。


 そんなわけで写真の件はひそひそ語られるだけに留まり、文化祭の準備期間に入ったこともあって、自然と沈静化していった。


***


「……ふぅ」


 キーボードを打つ手を止めて眉間を揉んでいると「お疲れさまです」後ろから近寄ってきた美波さんが、僕の肩にそっと手を置いてくる。

 付き合っていること、そして美波さんだけ触れることが周知されたこともあり、僕らは校内でも平然と接触できるようになった。といっても今はこの生徒会室に僕と美波さんだけしかいない。


「だいぶ疲労が見られますね。大丈夫です?」

「うん、まぁ……生徒会の仕事だけならまだいいんだけど、クラス企画もがっつり絡んじゃってるから」


 当初から僕はクラス企画に深入りする気なんてさらさらなかった。一年生の頃のようにクラスの仕切り屋が勝手に話を進めるだろうから、その手伝いだけを適当にこなしていればいいだろう、と高をくくっていた。

 蓋を開けてみればクラスの連中はやたらと僕に意見を求めるし、手伝いどころか中心メンバーの計画作りに混ぜられてしまう始末。

 生徒会メンバーは役立つから、という理由らしいのだが、おそらく美波さんとの一件で僕の評価が大幅に変わったことが影響している。というのも僕は『接触恐怖症のせいで人付き合いが苦手なだけの葛城美波が彼氏にするほどの切れ者』と捉えられているようなのだ。

 美波さんと付き合うことが逆に能力のお墨付きになっていた。

 どんな解釈したらそうなるんだこの学校の連中は頭おかしい。

 なんてことを美波さんに愚痴ろうものなら「ようやくこーくんの力量を認めたのですか気づくのが遅いですね」などと無節操にドヤァしそうだったので言ってない。


「こーくんのクラス企画は謎解きゲームでしたね」

「そう。教室内で収まらないから校内にルート作って移動させるんだってさ。人員配置したりとか大変だからやめとけって言ったんだけど皆は結構ノリノリで。ていうか美波さんは文化祭を一度体験してるん――」

「しっ」


 美波さんが僕の口をそっと塞ぐ。

 その目は警戒の色を携えながら室内を見回していた。

 「……わかってる」彼女の手をそっとどかして、椅子ごとくるりと向き直る。


「だけど、僕らだって何度も散々探し回ったわけだし。もうどこにも設置されてないと思うよ。他にも見付かったって報告はない」

「そうですけど……」

『一応、文化祭が終わるまでは注意しておくべきだと思うのです』


 僕は黙って頷く。生徒会室にはいま僕と美波さんの二人しかいないが、以前のようにテレパスでの会話をすることは控えるようにしていた。声をかけられてもジェスチャーで返している。

 盗撮されたのだから盗聴があっても不思議じゃない――そう考えるのは自然の成り行きだった。


「まだ犯人は見付かっていないので……やっぱり、ちょっと怖いんです」

「……うん、そうだね。ごめん」


 美波さんの両手を僕の両手で握りしめる。華奢で柔らかい感触が、十七歳の女の子なのだということを再認識させる。

 結局、監視カメラで僕らを盗撮した人間は姿を隠したままだ。警戒していたが次のアクションを起こすこともなかった。動機が見えてこないのが不気味ではある。

 僕がこうなのだから、美波さんだって不安に違いない。物怖じしない人だから忘れそうになるが、心のどこかではずっとストレスを抱えていただろう。

 ここは彼氏の僕が安心させるよう努めるべきだ。


『本当ならここでぎゅってしてちゅってできるタイミングなのに犯人めえええ!』


 ……あとでぎゅってしてちゅってしてあげる方が効果的かも。

 すると美波さんは微かにため息を吐き、少しだけ目を伏せる。


『……ところでこーくん、少しお伝えしたいことがあります。返事はいりません、相づちだけで聞いていてください』


 声のトーンが変わった。重要な話のようだ。僕は身構えて、小さく頷く。


『私は以前、多人数を巻き込むような出来事は過去に戻ってもそうそう変えられない、と説明したと思います』


 覚えている。帰り道で教えてもらったことだ。確か運動会を例にしていたはず。


『みゅーちゃんの起こした事件、あれは今考えれば多人数を巻き込む重大な出来事でした。私は発生を防止するため様々な対処を行いましたが……


 一瞬、なにを言われているのかわからなかった。

 星野の起こした事件は、今回は回避できたはずだ。これからだって、彼女が暴走することはないと言い切れる。それは美波さんもわかっているはずだ。


『思い返せば、みゅーちゃんの行動を未然に防いだとき――消火器による事件が起こらなかった場合にも、この学校では大きな事件があったんです』

「――え?」


 思わず呟いてしまったので慌てて口を塞ぎ、周囲を確認する。当たり前だが室内には怪しい気配などない。

 僕が頷くと、美波さんは続ける。


『事件と言うか、物凄い突風による事故でした。ゴールポストが倒れたり部室の窓ガラスが割れるほどの被害で、特に文化祭の準備に大きく響きました。一時は開催も危ぶまれて大騒ぎになったほどです』


 その口ぶりだと文化祭は開催はしたようだが、結構な騒ぎになったのだろう。


『あくまで自然現象でした。ですので私は不幸な事故程度にしか考えていなかったのですが……改めて思い返せば、みゅーちゃんの起こした事件と突風による事故、この時期がピタリと符号していることに気づいたのです。これは本当に偶然でしょうか?』

「……っ」


 薄っすらと、美波さんがなにを言いたいのか、その片鱗が浮かんできた。

 多人数が関わる事象――たとえば運動会の延期があったとして、それはどれほど過去を変えても形を変えて必ず延期になってしまう。美波さんはそう説明していた。

 ミクロで捉えれば、星野の事件と突風の発生にはなんの因果関係もなければ共通点もない。

 しかしマクロで捉えるなら、、という共通項がある。


『もしも、です。もしもこの世界が事件という名目に辻褄を合わせようとするのなら、内容は問わず、ちょうどこの時期に何かが起こってしまうのではないか……そう考えてしまったんです』


 まさに運動会の延期のように、変えられない運命なのではないかと、彼女は指摘していた。

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