第24話 王女と僕らの初詣 下

 三が日だけあって神社の敷地内は参拝客でごった返していた。賽銭箱の前でお参りするときも焼香を浴びるときも甘酒を振るわれたときも常に能力範囲に誰かが居て声が聞こえ、わかってはいたがあまり気分のいい状態ではなかった。


「なぁおみくじ引こうぜ。ここの結構当たるって評判らしい」


 次郎の提案に美波さんと星野が頷く。すかさず手を上げて「僕はいいや」とやんわり断った。


「少し休憩してる」

「あー、そっか」

 

 察した次郎は「なんならお前の分まで引くけど?」と提案してきた。気を利かせてくれたのだろう。

 少し迷っていると星野が苦笑いする。


「あかんて次郎くん。こういうのは本人の運勢が関係するんやから、二つとも次郎くんのになってまうよ?」


 彼女にぽんと腕を叩かれた次郎は「そういやそうか!」と豪快に笑う。

 なんだかこの二人、文化祭後からちょっと親密感が上がっている感じだが、気のせいだろうか。


「んじゃ四人で行くか」

「あたしもパス。三人で行ってきて」

「なんだよのぞみんもか。さてはおみくじとか信じないタイプだな?」

「そうじゃなくて。実はもう元旦に家族で初詣済ませてるのよね。そこで引いたおみくじが結構良かったから、変えたくないっていうか」

「じゃあなんで今日初詣来たんだよ」

「あんた達と来たかったのよ言わせんな恥ずかしい!」


 顔を赤らめて反論した佐伯はしっしと手を振る。「はよいけ」

 そうして三人はおみくじ売り場へと向かった。


「次郎くん女の子にデリカシーないこと言うたらあかんよ?」

「みゅーちゃんの言うとおりです。察することも大事ですよ」

「すんません……」


 女子二人のお説教と次郎の情けない声が微かに聞こえて、そこからは雑踏の音に紛れた。

 僕は溜息を吐いて人気の無いところに移動する。おみくじ売り場には行列ができている。さすがにあそこに並んでいたら多重の声で押し潰されていた。

 夏祭りの時に耐えられたのは、美波さんがずっと密着して話しかけてくれていたからだ。彼女の柔らかくて楽しげな声が聞こえていれば、誰のどんな声でも気にはならなかった。


(……近くにも居てくれなかったな)


 今日の彼女はずっと、僕の能力発動範囲に入ろうとしなかった。星野や佐伯と喋るばかりで、無視は今も続いている。

 やっぱり愛想を尽かされてしまったのかもしれない。

 掌をじっと見つめながら苦笑いする。


(どうしようもない奴だな、僕は)


 離れてもいいと考えたくせに、美波さんと喋りたくて触れたくて堪らない。

 べた惚れなのは完全に僕の方だ。このまま彼女がいない残り日数を乗り切れるだろうか不安になってくる。


「なにニヤついてんのよ」


 驚いて振り返る。いつの間にか隣に佐伯が居た。

 彼女はつまらなさそうな顔でスマホをいじっている。


「気持ち悪いから普通にしてなさい」

「……別に僕がどんな顔してたって関係ないだろ」

「近くに居るあたしまで変に思われるでしょ」

「だったらもっと離れろよ」

「合流するとき二人捜すことになるんだから非効率じゃない」


 佐伯らしい面白みのない理由だ。

 僕は肩を竦め前を向く。おみくじ売り場の混雑は更に酷くなっていた。次郎たちはまだ売り場まで辿り着いていない。

 無言で待っていたが、何となく佐伯の気配を感じると気まずい。

 我慢できなくなってつい声をかけてしまう。「……おみくじさ」


「いいの当たったって言ってたけど、なんだった?」

「大吉。良いでしょ」

「ふーん」

「聞いといてなにその薄い反応は」

「何の捻りもないからリアクションに困る」

「オチを求めるんじゃないわよ。すごーい羨ましい~って言えばいいじゃん」

「佐伯はそんな嘘っぽい返しじゃ満足できないだろ?」

「あんたの中であたしはどんなキャラ付けなの。あんたや美波みたいに何でも漫才にするタイプじゃないんですけど」

「ツッコミ役に徹しているお前に言われても説得力がなぁ」

「あんたが変なことばっ言うからでしょ!」

「のぞみん優しいからつい」

「そういうのよ、そういうの!」


 憤慨した佐伯はまたスマホに視線を落とす。会話は終わったものと僕は気を抜いた。


「あんたたち喧嘩でもしたの」


 だから、その問いは完全に不意打ちだった。

 これを聞きたくて隣に来たのかと気づき、僕は苦笑いする。


「……やっぱ気づくか」

「そりゃあの子を見ればね。気づかないのは次郎くらいでしょ。で、どっちが原因なの」

「僕、だと思う」


 答えると、佐伯は流し目を送ってくる。


「指輪を贈るのは成功しなかったわけ?」


 なぜそこで指輪が出てくるのか不思議に思ったが、そういえば佐伯には美波さんの指のサイズを確認してもらっている。うまくいくはずが険悪になっているのだから、それは結果が気になるだろう。


「ちゃんと渡せたよ。渡せたんだけど……怒らせること言っちゃって」

「はぁ? あんたなに言ったのよ。プレゼント貰った直後の女子なんて、よっぽどのこと言わない限り受け流して貰えるボーナスタイムじゃない」


 ぐうの音も出ない。そのよっぽどを言ってしまったのだろう。

 僕が何も答えられずにいると、佐伯はやれやれと首を振る。「まったく」


「はやく仲直りしなさいよね。あんた達がそんなんだとこっちも困るの」

「? なんでだよ」

「だ、だって、生徒会メンバーに不和があったら仕事やりにくくなるじゃない。そういうのが嫌で生徒会内恋愛も否定派なんだし」


 なるほど、確かに佐伯はそういうスタンスだ。一時期は僕が美波さんとくっつかないように行動していた節もあるし。


「そっか、配慮が足りてなかった、ごめん。でも、たとえ喧嘩中でも僕はちゃんと仕事はする。なるべくお前の負担にならないように心がける。美波さんは、たぶん心配ないと思うし」

「~~っ、いいから!」


 ビシ、と佐伯が指を突き付けてくる。そのせいで能力発動距離に入ってしまった。


「三学期始業式までに仲直りしてくること! これは副会長命令よ! わかったわね!」


 目をぱちくりしていると、声が聞こえてきた。


『っとに鈍いわねこいつも。友達なんだからうまくいってもらいたいに決まってるのに……これじゃ諦められないっての』


 虚を突かれた僕は、思わず笑ってしまう。佐伯は目敏く反応した。


「なに笑ってんのよ」

「いや……ほんと佐伯らしいなって」


 相変わらずのツンデレっぷりだ。諦めるというのがなにを指すかはよくわからないが、佐伯もこれまで建前を駆使して生きてきた分、まだ本音を曝け出すことに慣れてないんだろう。

 でも、気持ちはちゃんと伝わった。


「了解、副会長。ちゃんと仲直りしておくよ」

「……わかればいいんだけどね」

『なーんか妙に達観してるわねこいつ』


 疑りの視線を笑って受け流し、おみくじ売り場の方を確認する。三人はおみくじが買えたようで、中身を確認して盛り上がっていた。

 そんな様子を眺めていると、寂寥が胸の中を過ぎる。


(たぶん、これが最後なんだ)


 一月二十五日までまだ時間はある。けれど、こうして皆と一緒に遊びに行く機会には巡り会えないだろう。

 そのことに気づくと、聞かずにはいられなかった。「なぁ佐伯」


「僕が居なくなったら、寂しいか?」

「――は?」


 振り返った佐伯は眉を上げ、次いで怪訝そうに僕を見つめてくる。


「もしも僕が急に居なくなったら、残念がってくれるか?」

「な、なに言ってんのよ急に」

『どゆこと意味分かんないんだけど……え、もしかしてあたしの気持ちバレてる? いや待って待って違うかも、美波とのことで抜ける宣言とかじゃないでしょうね』


 星野ばりのマシンガントークが聞こえてくる。なにやら誤解を招いていそうなので言い直す。


「生徒会にとって、僕は居て欲しい人材になれたかな」

『ん? あ、そういうこと?』

「……ほんとあんたどうしたのよ」

「なんとなく聞いてみたくなった」

『ぐ、まだあたしの言ったこと気にしてんのかな。ほんとなんであんなこと言っちゃったんだろ昔のあたしぁぁぁ』


 しまった、トラウマ直撃だこれ。

 完全に流れ弾ではあったが、悪いと思っても都合が良かったのでそのまま黙っていた。


「……美波の言うことは正しかったわ」


 ぽつり、と佐伯が呟く。ふてくされたような顔でそっぽを向いていたが、頬は赤らんでいた。


「あんたはちゃんと書記の役割を果たしてくれた。この生徒会に、あんたが居てくれてよかったと思う。抜けられると、その、困るっていうか」


 しどろもどろになって語尾が消えていく。照れを隠しきれない彼女に、僕は笑いかける。


「そっか。じゃあ頑張って帰ってこないとな」

『……ん?』

「なにって?」


 佐伯が聞き返したとき、三人が僕らのもとへ戻ってきた。


「いやーすげぇ混んでた。待たせちまったな」

「大丈夫。佐伯と楽しく過ごしてたから」


 軽く目を瞠った佐伯だったが、特になにも言わなかった。『……まぁいっか』なんて一人で納得しながら。

 そのとき、首筋がちりちりした。肌を刺すような視線を感じて振り向くと、美波さんが物凄い形相で僕を睨んでいた。


「えっ」


 思わず声に出すと彼女はぷいっと顔を背ける。まだ不機嫌なようだが、更に剣呑さが増している気がする。

 おかしいぞ、僕はただ待っていただけなのに……。

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