第33話 王女の真実

 僕は美波さんと二人きりになった。厳密にはまだ足立少年も残っているが、彼にはカウンター席に移動してもらっている。最初は渋られたもののパフェを奢ると言ったらころっと態度を変えて、今は行儀よく別席に座りながらパフェを頬張っていた。

 さて今の状況はどうなっているかと言うと、美波さんが対面に座り、テーブルに置いた僕の手に彼女の手が重ねられている。反対の手は運ばれてきたアイスコーヒーを持っている。

 彼女がストローでアイスコーヒーを飲むと、白い喉が規則的に動いた。この状況でもまるで平然としている。

 僕の方は冷房が効いた室内でも汗びっしょりだというのに。


『さて、お待たせしました』


 一息ついた美波さんが僕に話かける。しかし、口は動いていない。

 彼女は脳内で僕への言葉を考えただけ。それがまるで会話みたく成り立っている。テレパシーを受けているみたいだ。

 この事実だけでも美波さんが僕の能力を把握し、そして能力に慣れていることを示している。

 これはつまり彼女も心を読む能力を持っていて、僕の能力をとっくに把握していた……ということなのだろうか?


『どこからお話しましょう?』

「……君は一体、何者なんだ」

『大峯北高校の生徒会長です』

「ここで冗談を言うのは止めてくれ」

『ふふ、ごめんなさい』


 笑い声が頭の中で響く。

 だけど彼女の表情筋はピクリとも動いていない。普通は面白ければ少しは顔に出るものだが。筋金入りのポーカーフェイスだな。

 

『この会話は二度目でしたので、懐かしくて。つい茶化してしまいました。でも真面目に話しますから』

「二度目だって?」

『そのあたりの事情も今度ゆっくりとお話します』


 僕がじーっと見つめると『嘘じゃないですってば』どこか気弱な声が耳朶を、いやこの場合は脳髄を刺激した。

 僕はため息を吐く。どうやら今まで誤魔化していたことは自覚しているらしい。


「ところでこれ、僕だけ独り言みたいになって変じゃないかな」

『我慢してください。足立くんに聞かれるわけにはいきませんし。なにより私はこちらのほうが話しやすいです。前もそうでしたから』


 二度目に、前――薄っすらとだが真実の輪郭が浮かび上がる。

 ……僕は、僕の考えが、間違っているかもしれないと気付いた。

 戦慄にも似た驚きを抱えながら、僕は乾いた口を開く。


「僕と君は過去にどこかで出会って、こうして能力を使った会話をしていた? それを僕が忘れている?」

『いいえ、違います。あなたが知るはずはありません。この先の未来で起こることですから』


 ドクンと心臓が跳ねる。

 そうか、そういうことだったのか。

 可能性は一つに絞られた。それはもう答えだ。

 彼女の秘密とは、すなわち。


『私は特殊な力を持っています。それは過去に戻り、やり直す能力。タイムリープ能力とも呼ばれる力です』


 彼女の言葉は、僕の導き出した答えと一致していた。

 衝撃が駆け巡ったあとに全身の力が抜けて、僕はため息を吐きながら天井を見上げた。

 葛城美波が僕のような能力者というところまでは当たっていた。

 けれど、能力の中身が違ったんだ。

 考えてみればタイムリープ能力というのは、これまでの彼女の言動や不審な点を説明するにちょうど相応しい形態をしている。

 僕の性格や能力を把握しバイト事情まで知っていた事実。あいさつ運動の方法や抜き打ち検査での活躍。

 それらは全て、彼女が既に体験して得ていた情報だった。

 確かにこれなら、心を読む能力を使わなくても、


『ショックを受けるのも無理はありません。ですが時間もありませんので、ひとまず話を進めてもよろしいですか』

「いや、ちょっと待ってくれ。気持ちの整理が追いつかない……君にとっては既知の情報だからいいかもしれないけど、僕はこれが最初なんだ」

『私の能力を理解されてなによりです。しかしお言葉ですが、あなたも心を読む能力者。他に能力者がいたことを受け入れられないわけではないと思います』


 確かに。僕だって美波さんが能力者であるという予想をしていたわけで、まったく普通の人間よりは耐性がある方だろう。落ち着きとは程遠いが、話ができない状態ではない。


「……わかった。でも、これだけはどういうことか聞いていいかな?」


 僕はテーブルに置いた自分の手を指差す。

 僕の手を、美波さんの手がさすさすさすさすと執拗に撫で回していた。


『これは気にしないでください』

「いやすっげぇぞわぞわすんのよ」

『だって仕方ないじゃないですか。今までお触りしたくてしたくてたまらなくてそれを必至に我慢してきたのですよこちらは。その私の涙ぐましい努力に敬意を払ってじっとしていなさい』

「あ、はい。じゃない違うぞ僕はなにも悪くない」

『硬くて男らしいのにすべすべお肌のこーくんのおてて久しぶりですにゃへへへ』

「ねぇ急にキャラ変えないで」


 美波さん若干目つきが怪しく微かに息遣いが早い。どうしよう本性を隠さなくなってきちゃったよ。

 ただ、タイムリープ能力という正体が割れた今、この態度やこーくんという呼び方がどこから来ているか激しく気になる。

 実は一つ予想していることがあるのだが、それこそまさかという気持ちが強い。


「さっき過去に戻ってやり直せるって言ったよね。じゃあ今の君は、未来から戻ってきたってことなのか」

『しっ、もう少し声を押さえてください。能力の話をするときは特に』


 脳内で注意され、僕は慌てて周囲を見渡す。暇そうな店員はあくびをしているし、足立少年はまだパフェに夢中で聞いていなかった。

 ほっと息を吐くと、美波さんが頭に直接話しかける。


『確かに私は今より少し先の未来から戻ってきました。正確にいえば、未来の記憶を過去の私が受け取っている、という感触が近いです』

「なるほど……それで、僕と君は、その、割と仲が良かったんだろ? 互いに能力を知ってる間柄みたいだし」

『ええ。付き合ってましたから』

「つっ」

『ラブラブでしたよ』

「らっ」


 ドドドドドドドという効果音が鳴り響く。

 違うこれは僕の心音だ。


(つきあっ付き合ってつきつ、付き合っていたって美波さんと僕がぁあああああ!?)


 こーくん呼びなんてかなり親しげだし、彼女が好いてくれていることも既に知っていたので浅からぬ仲だろうとは予想していたけど。

 まさか能力者同士の親近感とかそういう段階もすっ飛ばして、恋人関係になっていたとは。

 未来の僕よ、お前はどんな手を使ったんだ? 


(いやでも、確かに……付き合うくらい親密じゃなければ、僕は能力を教えないか)


 そうして僕はきっと能力の発動条件も接触恐怖症が嘘だということもぺらぺら喋っていたのだろう。特性がわかっている美波さんだからこそ、僕の能力から逃げることも牽制することもできる。

 ようやく色々な辻褄が合ってきた。


「それでその、つ、付き合った経緯はどのように? ていうか互いの能力を知り合う以前まで戻ってきたんだよね?」

『それはまた後日』

「……じゃあ、戻ってきてからずっと隠してた理由は」

『それもまた後日』


 まるで後日のバーゲンセールだ。

 美波さんはアイスコーヒーを飲みながら『今は重要なことだけお伝えします』と告げる。器用だな。


『さきほど私は、少し先の未来から戻ってきていると言いました。これはどういうことかわかりますか?』

「……君はこれから先に起こることを既に知っている。たぶん足立とのことも経験していて、その問題点をわかっている。だから僕を関わらせたくない」


 気を取り直し僕も真面目に答える。聞きたいことは山のようにあるが、今は足立少年のことを解決しないと。


『さすがですねこーくん。後でいつものよしよししてあげます』

「い、いつもの?」

『あ、そうでした。これはまだしてませんでした。つい混同してしまって』

「……ちなみにどんなことを」

『膝枕の状態で頭をなでなで、ですけど?』


 おい未来の僕ちょっとここに来て座れ。

 どうやったらそこまで持っていけるのか教えろください。

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