第4話 王女の企み

『しかし慣れてないから、という点はわかりました。基本はいつも通りにしてときどき違う側面を出すギャップ萌え作戦で行きます』


 手の内を明かしているので効果がなさそうなのだが、言わぬが花か。


「それ疲れそうだけど、大丈夫?」

『そういうプレイだと思えば楽しい』

「プレイ言うな」

『細かい男は嫌われますよ』

「美波さんが僕を嫌いになるのか残念」

『ならないですねこーくんのばーかばーか』


 僕と話すときIQ3くらいになってないかこの人。

 ふうとため息を吐いた美波さんは、絡めていた腕を解いて姿勢を正す。良かった、正直なところ柔らかいもの二つに挟まれ続けたことで僕の理性がトランスフォーム寸前だった。


『一つ言えるとすれば。私を受け入れてもらうために何でもしようと考えていたので苦にはならない、ということでしょうか。この程度で悩むくらいなら、そもそも付き合う前にタイムリープしたりなんかしません。すべて覚悟の上です』


 来た、と思った。ここからようやく本題に入るのだろう。

 僕は彼女の方へ身体を向けて聞いた。


「教えてほしい。君はなぜ僕と付き合う前、いや、出会う前まで戻ってきた?」


 見返す美波さんは、すべての感情が凪いだように静かな面持ちだった。


「別の言い方をすれば、戻ってきてまでどうして僕に、その、構おうとする?」

『あなたが好きだからに決まっています』


 美波さんは恥ずかしげもなく言い切った。

 特に驚かない。別の意味で心臓が跳ねたが。

 言質を取るために聞いただけで、それは既に予想していたことだ。僕の考えが正しければ、美波さんは僕に対して

 その動機はたぶん、タイムリープした後でも恋人関係に持っていきたかった、ということなのだろう。

 でもそうなると余計に、タイムリープした事情が不透明になってくる。 

 僕との交際を一旦ゼロにしてまで戻って、もう一度恋人関係になろうとする。端から見ても理解し難い。

 せっかくうまくいった関係を一から構築し直すなんて普通は尻込みする。恋人関係になった相手だからある程度は思考や趣向がわかっているのかもしれないが、それにしたって失敗する可能性もある。

 たとえば、あまり考えたくはないが、関係そのものをリセットするという話ならまだわかる。僕が別れ話を聞き入れないクズ野郎で身の危険を感じたから過去に戻って出会わないようにした、とか。

 けれど、そういうことではないらしい。


「よくわからないんだ。もう一度同じことをしようとする君の気持ちが。だからそれを教えてほしい」

『うわマーキングしたい』

「は? マ?」

『あ、すみません。今は気を抜いて心の声が漏れたというか。あなたの真剣な眼差しにドキドキしてしまって、私のものだという証を付けたくなったといいますか』

「紛らわしすぎる……ていうか証ってなに」

『昼間に言うのはちょっと』

「夜のスイッチ入れるな!」

『いいじゃないですか心の中は自由ですよー。それにこーくんは私が彼女という証が欲しくないのですか?』

「話を先に進めて」

『タイムリープした理由はですね』


 僕がちょっと苛立ったのを察したのか、テンションを素に戻した美波さんが答える。僕としてもそう言わないと証についてを念入りにじっくり聞いてしまって、また本題から逸れるところだった。危ない危ない。

 しかし続く言葉がなかなか聞こえてこなかった。

 待っていると、美波さんはおもむろに立ち上がって僕の対面の席に座り直した。彼女とは多少の距離が開いたが、どういうつもりだろうか。


「……こーくんは、こんな私が彼女で良いですか?」


 ようやくの言葉は彼女の口から発せられた。しかし意味がわからない。

 僕は困惑したが「もちろん良いに決まってる」すぐに答える。


「迷いもしないのですね」

「当たり前でしょ」

「嬉しいです。でも私は、こんな私のままあなたとお付き合いしていきたくないんです」


 そう言い切った美波さんは、窓から外を眺める。雨脚は少しずつ収まってきていた。


「こんな、って。前も言ったけど、幻滅なんかしないよ、僕は」

「だけど私は、


 ハッとする。僕の方を見ず、遠い目をした彼女は続ける。


「さきほど私の能力についてお教えしましたよね。その中で気付いたことがあるのではありませんか」


 話題が逸れた、ように見せかけて、これは彼女の根幹に深く関わることだろう。

 だから僕は、とっくに気付いていたことを、答え合わせのつもりで言う。


「君は今、能力を使うことができない」


 美波さんがそっと流し目を送る。さすが、とでも言いたげに。


「その通りです。私は、タイムリープした瞬間――来年の一月二十五日まで能力を使うことができません」


 その答えに驚くことはなかったが、困惑はより一層に深まってしまう。

 彼女が能力を使えないことは足立少年のときに聞いていた。その原因は能力自体の制限だったわけだ。

 だからこそ僕は、彼女がこの状況に自分を追い込む理由がわからない。

 僕を生徒会に誘った時点でタイムリープした状態のわけだから、来年の一月から逆算すると一年近く能力が使えないことになる。僕との関係をリセットするだけでなく、そんなペナルティのような状態になるなんて、美波さんにとっては良いことが一つもない。


「こーくんは、得なんてなにもないのにどうして、と考えてますね?」

「……僕はそんなにわかりやすい顔してたのかな」

「ずっとあなたを見つめてきましたから。これくらいわかって当然です」


 きっぱりと断言した美波さんは体ごと僕に向き直り、膝の上で手を組んだ。


「でも、胸を張ってあなたの彼女だと言い切る自信が、私にはありませんでした。あなたと付き合っている間は幸せでしたが、こんな笑わない女が彼女で良いのだろうかと、ずっと自問自答していました」

「そんなこと……」

「あなたはそう言うでしょうね。でも私は、このままでいいとは微塵も思っていません。私はあなたと一緒に笑い合いたい。私だけ笑えないなんて、悔しい。だから強引にこの体を変える手段に出たんです」


 瞬間、電気が走ったようにぞわぞわと鳥肌が立つ。

 その告白がなにを意味するのか。今の状況と照らし合わせることで、ようやく合点がいった。


「まさか。強制的に能力を使えなくして、自分のことを変えるつもり?」


 美波さんは答えない。だけどその穏やかな瞳が、正解だと語っている。

 僕は眉根を寄せるだけで、次の言葉を紡ぐことができなかった。

 そんな僕の心情を察してか、彼女の方から口を開く。


「以前、あなたは私に言いましたね。自分だけ甘やかされるのは違うって」


 ぽつりと呟かれた内容に、僕は内心で首を傾げる。どこでだっけ。


「人に近づくのが辛くて怖くても、あなたは生徒会のために頑張ってくれました」


 ああ、そういえば。入学式のときにそんなことを言った気がする。


「挨拶運動のときもそうでした。あなたは私たちのために、自分が苦手なことも請け負うと申し出てくれた。それは生徒会のためだったかもしれませんが、気持ちの方向性としては同じです。負担が大きくても、私はあなたと一緒に居続けるために自分の笑顔を取り戻したい」

「それで、何ヶ月も前に遡って、能力を使えない特訓期間を作った……?」

「ということになりますね。残念ながらまだ笑えてないのですけど」


 美波さんはあっけらかんとしている。

 その姿に胸のざわつきを覚える。

 納得がいかない。今の自分を鏡で見たらわかりやすい渋面を作っていることだろう。


「僕は、君が笑わなくたって気にしない」

「でも私が駄目なんです」

「だったら三ヶ月程度、いや半年とか、それくらいでも良かったんじゃ」

「自分のことは自分がよくわかります。その程度では足りません。少なくとも一年間は試してみないと」

「その結果、僕と付き合えない未来になる可能性があっても?」


 そう言うと美波さんは、開きかけていた口を結んで、目を伏せた。

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