第5話 したたかな王女

「ごめん、これが意地悪な質問だってことはわかる。でも納得できないんだ」


 美波さんは自分の弱さを克服するためにタイムリープを制限した。これはまだわかる。

 その過程で僕との関係をリセットして、もう一度付き合う段階からやり直そうというのは、理解できない。僕だったら絶対に踏みとどまる。

 なぜなら、相手が同じだからといって、百パーセント同じ結果になるとは限らない。

 過去に戻った結果、僕との関係がうまくいかなかったとしたら本末転倒だ。

 そこが動機と矛盾しているというか、違和感がある。

 

「もうやり直しできないわけで……過去に戻ることが怖くは、なかったの」

「あなたの言いたいことはわかります。ですが」


 そう答えた美波さんはおもむろに立ち上がる。そしてすたすた歩いて僕の真後ろに立った。


『私にはこの手段があります』


 この手段、というのが何を指すかは、すぐに気付いた。


『怖くはありました、とても。あなたが振り向いてくれなかったり、他の子に行ってしまうのではないかと。だから私のことを意識してもらうために、私の気持ちを知ってもらう方法を取りました』

「やっぱりわざとやって――」


 振り向いたとき頬をぷにっと押された。美波さんが僕の肩越しに指を突きつけている。


「なにひゅんの」

『可能性の話とはいえ、付き合わなかったかもと言われたのがショックなので腹いせ』


 そうは言っていない気がする……いや言ってることになるか?

 美波さんが僕の頬をつんつんしてくる。なんだか癒し感。


『あなたの問いに答えるなら、怖くても私は過去に戻ることを選んだ、と言うだけです。そして、この試みを実行して正解だったとも思っています。あなたに気持ちを伝えて、それが実を結んだわけですから』


 指を引っ込めた美波さんが僕の頭を撫でる。柔らかい感触がくすぐったい。


「……確かに、実を結んだね」

『策士でしょう? えへん』

「いやまぁ、うん」

『なんですかその含みのある感じ』


(だって美波さんのアピールで惚れたっていうより、内と外が違いすぎて意識する他なかったって感じだからなぁ)


 美波さんが僕の能力を使って密かに好意を伝え、意識してもらおうとしていたのはわかった。僕にも思い当たる節がある。

 たとえば出会いのとき。接触恐怖症と知っていながら彼女は僕の肩を叩いた。それは能力を発動させるためにわざとそうしたのだろう。他にも僕に近寄ったり触れたりするときがあったが、いくらかは故意だったかもしれない。

 とはいえ彼女の心の声に籠絡されたかというと疑問符が付くというか、天然なところも含めた彼女の素の部分に興味を惹かれた、というほうがしっくりくる。

 そういう意味では、僕は真っ当に恋をしてきたのかもしれない。

 

「ところで能力に頼らないんじゃなかったっけ」

『それはタイムリープに対してです。テレパシーはあなたの力ですし対象もあなたに限定されるのでノーカンです』


 したたかな王女だ!


「じゃあ、僕の能力を使えば何とかなりそうだから、タイムリープを決意したってことなのか」

『いいえ、あくまでそれは表層的な理由です。私はね、こーくん』


 撫でられていた感触が遠ざかった。彼女は穏やかな目で、後ろを向いた僕を見つめている。


『過去に戻って、なにも知らないあなたと出会ったとしても。もう一度両思いになれる……そんな漠然とした予感があったんです』

「なぜ?」

『運命を感じてるから、と言ったら笑いますか?』


 一瞬呆気にとられた。彼女の口からそんな単語が出てくるのが意外だった。


『考えてもみてください。異能力を持った男女が同じ高校の同学年に存在している、それがどれほどの確率で成り立っているのか』

「それは、まぁ」


 冷静に考えれば物凄い事態なのだろう。異能力者同士が出会うなんて物語の導入みたいなことが現実に起こっているわけだから。

 こんなこと僕は今まで想像もしなかった。むしろ能力を持った人間が他にいるとも考えてこなかった。

 一時期は仲間を探そうと思ってネットの中を徘徊したが、全てが偽物の情報だった。だから僕は、僕のような存在は他にいないのだと勝手に決めつけていた。ずっと、誰にも相談できないと思い詰めていた。

 もしかすると美波さんも同じ気持ちだったのかもしれない。

 そんな中で、僕らは同じ学校で出会った。偶然の産物だとすれば、それこそ奇跡みたいな確率だ。

 ……なるほど。運命、か。


『私にとってはあなたが唯一の理解者で、こんな出会いは二度と起こらないと思えるほど、特別なものを感じているんです。私はその直感を信じようと決めました。理屈じゃないんです』


 そこで美波さんは目を伏せる。


『勝手に運命なんか感じて、重たいですよね、こんな女は』

「……美波さん」

『でも惚れたら負けって考えると勝者は引き取る権利がありますよね』

「――ん?」

『据え膳食わぬは男の恥って言いますもんね』

「おい美波」

『はぅ!?』


 美波さんがジョギングするみたいにパタパタと両足を動かす。真顔で。


『それ! もう一度! もう一度お願いします!』

「やだよ恥ずかしい」


 呆れてついぞんざいに扱ってしまったが、そんな呼び方をするつもりはない。「ええ~」と美波さんは口で文句を言っているが無視。


「僕は別に重たいだなんて考えてないから。それに、気持ちはよくわかる」


 以前美波さんは、幻滅されるのが心配で事情を話すことを躊躇ったと言っていたが、ちょっとわかる。

 でもやっぱり、幻滅なんてまったくない。考えてみれば僕も同じだ。

 僕は、誰かと付き合っている自分が想像できなかった。心を読んでしまうことでその人の本心や本性を知り、いらないストレスを抱えるのが目に見えているから。

 能力のことを告白することもできない。言えばその瞬間から普通の関係ではいられなくなる。

 でも美波さんなら――同じ能力を持ち、同じ傷を抱えた人になら、僕は素の自分のまま接することができる。能力に対しての理解もあるからビクビク過ごさなくていいし、何より美波さんの本心を読むことはちっとも不快じゃない。むしろ楽しい。


 美波さんと付き合わない可能性を危惧したところで、同じ学校にいる限り僕はどこかの段階で彼女の秘密に気づき、声をかけ、恋に落ちていたかもしれない。赤い糸みたいなロマンなことは信じない性分だけど、美波さんの言うことを否定できない――いや、否定したくない自分がいる。

 だって、僕と美波さんはこんなにものだから。

 大概だな、僕も。


「ていうか、そんな安売りするようなことを言わないでほしい。美波さんのことはちゃんと好きです。ちゃんと食べます」


 ん? 食べ?


『~~~~~っ! いつでも! どうぞっ!』

「違う据え膳に引っ張られただけだから! そういう意味じゃないから!」


 ぶんぶんと手を振ってごほんと咳払い。


「美波さんの考えも気持ちも、十分にわかったよ。ありがとう」

「はい」


 僕と美波さんは見つめ合う。そのまま数秒ほど経過する。


『……で?』

「あーいやーえーと」

『言うべきことがあるのではないですか』


 ジト目の言葉にギクリとする。

 わかってる。ちゃんとしないといけないことは。

 まだ聞きたいことは山程あるし若干煙に巻かれた感は否めないが、美波さんがタイムリープした目的が僕との将来のためと言うなら、彼女のその気持ちにちゃんと応えないといけない。

 第一、なにを聞かされたところで僕の答えが変わるわけもない。なので言うべきことは一つなのだけど……それ自体が初体験で、気後れしてしまう。


『へたれ』


 ぐさぐさぐさ。


『なところも可愛いけど、こういうのはしっかり聞かないと』


 この声は思考中のものか。でもわざと聞かせてるとしたら……策士怖い。

 僕は深呼吸して立ち上がる。反応は予想できても、やっぱり緊張する。


「美波さん」

「はい」

「好きです……僕と、付き合って、ください」


 バクンバクンという心臓の鼓動が耳の奥で聞こえる。それだけがずっと聞こえる。

 あれ、反応が、ないぞ。

 美波さんは微かに目を見開いた顔で硬直するように立っていた。


『あ……見られちゃう』


 声が聞こえた瞬間、美波さんが接近してきた。

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