第21話 王女の過激なプレゼント

 待て。待ってくれ。状況が理解できない。

 なんで僕の厳選コレクションの在処を知っているのかわからないしっていうかまだ美波さんと付き合う前に彼女に似てたから衝動的に買っちゃった代物がご本人の目に触れてしまうとかどういうことなのねぇ尊厳的なものが死にそうなんですけど!


『ジャージが性癖でなかったのは安心しましたが』

「………………」


 真冬のただ中だというのに冷や汗が止まらない。傍目からは無言で寄り添うカップルのうち男の方が救急車で運ばれそうなほど青白い苦悶の表情をしている風に見えるだろう。


『ただやっぱり、私も人並みの感性を持っていますので……彼氏が他の女性のは、裸に興奮しているのは、ちょっとこう、耐え難いものがあります』


 彼女本人に言われて、これほどグサリと来る言葉もなかった。


『しかも生徒会長とか、黒髪女子高生とか、なんで私と被ってる属性ばかり……本物がここにいるのに……』


 美波さんに置き換えて妄想していただけなんだ安心して?

 なんて言えるわけねぇだろがっ!


『なので、こう言ってはなんですが、全て処分してもらって私的には安心したわけです……ただ、男性にとって定期的な発散が必要なことは理解していますし、前立腺癌の予防にも良いのは医学的にも証明されているので、止めるつもりはないと言いますか』


 恥じらう彼女に切々と講釈される。いま僕は何を語られているのだろうか。


『で、さきほどの写真に戻りますと……もう、私を使えばいいんじゃないかと』


 なん、だと……?


『また別の女性のを買われるよりはマシかと思いますし……こーくんのために、頑張って、撮りました。とってもとっても恥ずかしかったんですからねっ』


 美波さんは、私にこんなことさせてもうっ、なんて不満を込めたように袖をぶんぶんと振る。でも顔はそこまで嫌がっていない。


『私が直接お相手していればいいのですけど、お猿さんみたいに毎日はちょっと……なので、その五枚で、ひとまず代用してください。決して自室から出さないよう、こっそりとお願いします』


 代用。その言葉が染み込んでいった瞬間――自撮り写真がフラッシュバックする。

 僕はゴクリと生唾を飲み込み、先ほどの封筒を見やる。この中に自撮りの際どい美波さん写真が五枚も入っているというのか……!

 いいのかこれそういうことでいいのか美波さん公認だからいいのかいいよな? よしいいことにしよう早速帰って確認しよう今日は夜更かし確定だないや待て納得するな孝明これは罠だ逆に生命線を握られたと言えるのではないかこの五枚で足りるとは言い切れないし男にはあらゆるエロに精通していなければいけない複雑な事情もあるのでそこを理解して貰う必要があるのではないか。


『あ、今度見つけたら処分するということですので。そのつもりでいてくださいね?』


 はい終了~。

「……あい」僕が力なくうなだれると、美波さんは「よしよし」と僕の頭を撫でてくる。


(僕は……とんでもない女性に好かれてしまったのかもしれん)


 薄々その片鱗は感じていたが、割と束縛が強いな美波さん。嬉しいけれど、これからのことを考えるとなかなかに大変だ。


(……これから、か)


 僕は苦笑いしながら写真の入った封筒を紙袋の中に戻す。「ちょっとしか使えないかもなぁ」なんてぼそりと呟きながら。


「えっ!? もう浮気を考えてるのですか!?」

「ちちち違うよ!?」


 美波さんが急に不穏なことを言ったせいで周囲がざわりとする。僕らは恥ずかしくなってお互いうつむきながらこっそり寄り添う。


「今のはそういう話じゃなくて……ちょうどいいや。これからのことに関係するって意味だから、先にそれを話そうか」


 僕は自分のポケットから四つ折りにした手紙を取り出す。それを、握りしめた彼女の掌にそっと渡す。


「僕が一月二十五日を超えるための方法をまとめておいた」

「……えっ?」

「言葉で伝えるとどうしても長くなっちゃうからさ。読んでみて」


 急な展開で困惑した美波さんは、僕の顔と手紙を交互に見つめる。

 それから、ゆっくりと手紙を開き、僕の目の前で読み始めた。


『――僕はこれまで、一月二十五日に自分が死ぬ運命にあるものとばかり考えていた。でも実際はもう少し違うんじゃないかと考え始めている。その根拠は、美波さんが繰り返したタイムリープの中で脳死が三度あったということ。これは、その日に必ず即死するという結末ではないことを示している。なぜなら脳死では延命措置が行われ、心臓はまだ動いている。脳機能の停止も一月二十五日を超えていたこともあったと聞いてる。つまり厳密には、一月二十五日に死んでいないことが三度もあったんだ。翻せば、僕の運命とはなんじゃないだろうか? そのダメージ量に肉体が耐えられないから、結果的に死が訪れてしまうだけで』


 美波さんが手紙を読む淡々とした声が聞こえてくる。文字を読むとき頭の中で声に出して読むタイプがいるけど、美波さんも同じようだった。


『ようは死が必要条件ではなく、外部からダメージを受けて活動停止に追い込まれることが必要条件、ということだ。そう考えると、一つの方法が見えてくる。命の危機に瀕するが復活の可能性は残されている――そんな状態に持っていければ、運命の必要条件をクリアし、なおかつ死なずに済む、かもしれない。重要なのは肉体が破損したり心臓が止まるような大怪我を避けること。幸いなことに運命は過程にこだわらない。決まっている結論に合致していれば。たとえば、僕が自らの意思で僕の命を危険に晒しても問題ないことになる。自分でダメージを負う方法を選べるということなんだ』


 読んでいく内、美波さんの眉根が寄せられていく。それは彼女の心境を如実に語っていた。


『では、死ぬ寸前まで行くけど死なずに済む方法は何かというと、考えられることはあまりない。たとえば仮死状態になって後で蘇生される方法があるけど、これは今の人類の技術じゃ難しい。となると、あとは一つ。脳機能は停止しているけれど、復活する見込みのある症例――植物状態になること。具体的には冬子先生の言っていた薬で……自分を、植物状態、に……』


 読んでいく声が掠れて消えていく。弾かれるように美波さんが顔を上げた。


「薬に頼って植物状態になろうというのですか!?」


 素っ頓狂な声と物騒な発言で、今度こそ周囲の人たちが振り返った。

 僕は慌てて人差し指を立てる。


「しー! もうちょっと控えて! 組織の監視だってあるかもしれないんだし」

『ご、ごめんなさい……でも正気ですかあなたは!?』


 動揺がありありと感じられる声だった。僕は鼻から息を吐いて、静かに頷く。


「今のところ可能性があるのはこれしかない。植物状態になるってことは、死を招くほどのダメージを僕に負わせたことになる。同時に植物状態は意識が戻るケースもあるって聞くから。ようはその日だけ運命を欺こうっていう作戦」

『……あなたは、脳死と植物状態の違いをちゃんと調べたのですか?』


 美波さんが硬い声で聞いてくる。若干の不機嫌さが混じり、目つきも鋭さが増していた。


『脳死とは文字通り脳の機能停止です。生き返る可能性はありません。かたや植物状態は生命維持に必要な機能がまだ残されています。前者は厳密な死、後者は自律行動ができないだけでまだ生きていると言えます。運命からすれば植物状態は死と認められない可能性が高い。実際、今までの経験では一度もありませんでした』


 僕は心の中で呻く。しっかりした知識のせいで反論されてしまっている。さすが秀才美少女。

 だけど、ここで引き下がるつもりはない。

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