第24話 王女と僕らの文化祭 下

 僕と美波さんが文化祭を休むように言われた理由は、校外から来る人々が僕らの風評から盗撮の事実を知る危険性があること。そして僕らが保護者からの過敏な反応に晒されることを防ぐための、二つ。後者には、自粛させたほうが波風が立たないという思惑も含まれているだろう。

 だったらそのというのが、佐伯の考えだった。


 佐伯の打開策とは、こうだ。

 まず、流出写真を『お似合いカップルイベント用に撮影したものが誤って広まってしまった』という事実にすり替える。

 あの写真はイベント用であって盗撮でもなければ単にキスするフリですよ、なんていう風に事実を歪めてしまうのだ。

 僕らが頑なに喋らなかったのもイベント内容を隠すためだった、という解釈に繋げられる。今期の生徒会の評判も後押しして、割とすんなり信じてくれるはずという目算もあった。

 キスもフリなので保護者に顔向けできるし、僕らが謹慎しなければいけない理由も消える。


 もちろん事情を知っている校長や教師達にこの嘘は通用しない。盗撮があったことはれっきとした事実として知れ渡っている。

 だから佐伯は次に、ことを打ち明けた。

 学校側には『個人的にカップル撮影イベントを考えていた次郎が、試しに僕らをこっそり撮影していた。それが誤って広まってしまった』と嘘の自白をする。

 この場合、悪意のある犯行ではなくなる。動揺した次郎が言い出せなくなっていた、ということにしておけば時間がかかってしまったことにも説明がつく。


 そして、ここからが打開策のポイントだ。

 僕ら生徒会は次郎の謝罪を受け入れ、皆で話し合った結果、彼が考えていたカップル撮影イベントを実施したいと申し出る――というシナリオを用意する。

 その申し出を学校側は断れない。と、佐伯は断言していた。

 なぜなら、あの写真はイベントのためだったという言い訳が生まれるからだ。

 流出も盗撮もひっくるめて生徒同士の間抜けな失敗談にしてしまえる上に、保護者には事件として報告しなくて済む。犯人が謝罪に来ているので再犯の可能性まで潰える。

 要は佐伯は、生徒会の話に乗って事実を隠蔽しませんか、と学校に共謀を持ちかけるつもりなのだった。


 美波さんばりの大胆な発想が佐伯から出てきたことに僕らは面食らったものの、話し合いの結果、それしかないと彼女の案に賛同した。

 そして佐伯が代表して校長に直談判した。粗のある筋書きなので校長は最後まで疑り渋るハラハラの展開だったらしいのだが、最終的には僕らに与してくれた。

 これは佐伯によると、冬子先生の力が大きかった、らしい。

 計画は当然、事前に顧問には伝えなければならないのだが、


 ――いいね。じゃあ校長の野郎を説き伏せようか。


 なんて反対するどころか乗り気になった冬子先生は、生徒会の味方になって校長を理路整然と論破してしまったのだという。校長がタジタジになっていたのは見ていて痛快だったと佐伯は笑っていた。

 普段だらしない先生がここまで機敏に動いてくれたのが不思議だったが、もしかすると密かに同情してくれていたのかもしれない――皆はそんな風に好意的に解釈していた。

 ……あるいは、今回のことは支倉冬子という人間の隠れた部分が現れた結果かもしれない。

 個人的にそんなことを考え、誰にも言わず胸の内に秘めている。優先すべきことがたくさんあって今は無理だが、そのうち調べたいところだ。


 さて、そんなわけで生徒会の文化祭企画が実施されることになった。この忙しい中で隙間の時間を縫うように、三人は交代しながら頑張ってくれている。


「最高っすね先輩! 超お似合いっす!」


 次郎が褒めを連発する。心なしか撮り方も熟練カメラマンみたいなポーズだ。

 もしやあいつ、ノリノリか?

 気を良くしたのか女の先輩が彼氏に手を回して際どいポーズを撮り、並んでいるカップル達も「おおー!」と興奮していた。


「はい、こちら二十八番での受付となります。二日目に写真を貼りだして投票開始しますので楽しみにお待ちくださーい」

「あざっしたー!」


 受付係の星野が標準語でテキパキと説明し、次郎が頭を下げる。先輩カップル達は腕を組んで嬉しそうに帰っていき、次のカップルが緊張と好奇心を浮かべながら背景ボードの前に並ぶ。次郎と星野はすぐに案内を始める。

 二人とも活き活きとしていた。大変そうだけど目の輝きがいつもと違う。

 楽しんでいてくれるなら嬉しいなと、心から願う。

 特に、次郎はこのあと一週間の謹慎処分が待ち受けている。一時だけでもそれを忘れてもらいたい。


 次郎が望んだこととはいえ、藤堂の身代わりになれば処分は免れなくなる。

 たとえイベントのためであっても、友人相手だったとしても、無断で撮影した上に一時的に学校を混乱させた責任は取らなければいけない。停学より軽くなったのは不幸中の幸いだが、それでも無実の罪で食らった処分だ。ショックでないわけがない。

 でも次郎は、


 ――純ちゃんが助かる上に二人が文化祭に来れるようになるなら、一週間の自宅待機なんてバカンスみたいなもんだぜ。


 と笑っていた。

 本当はやっぱり落ち込んでいるのかもしれないが、表向きは僕らに心配をかけまいといつもの調子を保っていた。


(……お前はすごい奴だよ)


 次郎は文字通り、自分の身を挺して友人達を守ったのだ。

 そんな決断が僕にできるかといえば、きっとできない。

 次郎は、僕が唯一尊敬できる男だ。そうはっきりと言える。

 ひとしきり見届けた後に踵を返す。そのとき、人影がさっと階段の方に消えていくのが見えた。

 一瞬だったので誰だったのか確認はできなかったが――もしやと思い、僕はその人影を追い掛ける。


「おい!」


 階段の上からわざと大きな声をかける。

 その男は階段の折返しまで下りて僕の位置からは半分姿が隠れていたが、誰なのかはわかった。


「悪かったね。写真、勝手に使ってさ」

「……なんのことだよ」


 返ってきた声は、前に聞いたときより強張っていた。


「次郎は見捨てなかったよ。受けた恩があるからって。あいつの優しさに免じて、僕らも黙っておく。安心して特進クラスでも何でも行けばいい」

「……」

「その代わり今後一切、次郎には迷惑をかけるな。美波さんにも干渉するな。まだ余計なちょっかいを出すようだったら――次は容赦しない」

「だから、なんのことかわかんないって」


 辟易したように答えた彼は、再び階段を下りていく。


「……頭のおかしい連中に、これ以上関われるか」


 捨て台詞を残し、男子生徒は去って行った。

 足音が聞こえなくなった段階で、ぷはぁと緊張で止めていた息を吐く。


「今のは悪役みたいだったな」


 自分で自分に苦笑いしてしまう。

 だけどこれは予防だ。

 もし、僕の身に何かがあってもいいように。


(……まだ、そうと決まったわけじゃない)


 壁に背を預け、眉間を揉む。

 考えないようにしていても、炭酸の泡のように次から次へと悪い予感に襲われて、気持ちが無駄に不安定になってしまう。

 僕は深呼吸して自分を落ち着かせた。


(大丈夫。そうとは決まってないんだ)


 もう一度、自分に言い聞かせるように心の中で呟く。

 今はただ、彼女を信じるしかない。


「よし」


 頬をパンと叩き、僕は歩き始める。暗い顔で美波さんに会うのはよくない。

 今日はとにかく、文化祭を楽しもう。

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