第21話 王女の仲間たち(確定)上

 考えてみれば矛盾していたのだ。

 笑顔を取り戻すために能力を封印したい、そのためにタイムリープした、というのはもっともらしい理由に聞こえる。

 だけど、タイムリープを使うということは、ということだ。


 過去に戻って同じ人物と付き合ったとしても、それまでに築き上げた思い出も、共有した気持ちも全て捨て去ることになる。美波さんの中には残るだろうが、僕の中には残らない。

 こんなにも僕との繋がりを大切にする美波さんが、本当にそんなことできるのだろうか?

 ましてや僕はきっと、笑わないままでもいいと美波さんに言ったはずだ。自分のことだから断言できる。彼女との記憶を全部失うのも耐えられない。

 そんな僕の意見を無視してまで彼女はタイムリープに踏み切った。

 ……嘘をついていると捉えるのが、妥当だろう。


 彼女の身体をそっと押して、見上げる。美波さんは僕の頭を撫でながら、全てを受け入れるような慈愛の眼差しを送ってくれる。

 彼女の唇に自分の唇を重ねた。すぐ離れて、もう一度重ねる。何度もそうした。美波さんは目を閉じて僕の好きにさせてくれた。

 キスを終わらせて、彼女のおでこにおでこをくっつけると『もう……』困ったような、拗ねたような声が聞こえる。


『校内でして怒られたのをお忘れですか?』

「バレなきゃいいかなって」

『あら、生徒会にあるまじき台詞』

「君の機嫌が直るなら危ない橋も渡る」

『これで私の機嫌が直るとでも?』

「違う?」

『わ、私そんなにチョロくないもん』


 などと言いながら美波さんは恥ずかしげに視線を逸らす。『うううなんか手玉に取られてる恥ずかしいドキドキする悔しい嫌いじゃない』なんてあられもない声まで聞こえてくる。

 美波さんの機嫌は直ったようだ。そして、ここには僕たち二人しかいない。

 切り出すなら、今だろう。


「美波さん。話したいことがあるんだけど」

『あ、はい。次郎さんのことですね?』


 彼女は勘違いしていた。油断させるようで気が引けたが、しかしもう、僕の中に留めておくことはできなかった。


(君の方こそ、僕に隠し事をしているよね)


 頭で考えて、それを口に出そうとする。でも閉じた唇が開いてくれない。

 ドクドクと心臓が高鳴るばかりで、一歩を踏み出す勇気が出ない。

 知れば後戻りはできなくなる――それが怖い。

 でも、僕らは運命で結ばれていると、彼女は言っていた。

 その言葉を信じよう。


『こーくん?』

「……美波さん、君は――」

「ほらもうそんなとこで突っ立ってんじゃないわよ次郎!」


 廊下から声が響いた。僕と美波さんはビクリと震えて振り返る。

 瞬間、ガラリとドアが開いた。

 そこには佐伯と星野、そして次郎が立っていた。次郎はなぜか佐伯と星野に両腕をがっちりと固定されて所在なさげに頭を垂らしている。


「え、あの、皆さん……?」

「二人だけね。ちょうどいいわ」


 つかつかと佐伯と星野が入ってくる。そんな二人に引っ張られる形の次郎はものすごく気まずそうだった。

 体感的には僕も言い合った直後なので、ちょっと顔を合わせずらい。


「のぞみん、やっぱ俺はいいって……」

「心配なあまり保健室の前まで見に来ておいてよく言うわ。才賀が倒れたのは自分のせいかもしれないって慌てまくってたくせに」

「えっ……」


 僕が軽く驚くと次郎は激しく目を泳がせていた。

 『こーくん話は後で』美波さんがテレパスを送ってさっと離れていく。僕は頷き、ベットに座ったまま呼吸を整える。

 出鼻を挫かれたことに思うところはあったが、今はこちらの話が優先だ。


「あの、才賀くん、大丈夫?」

「うん。もう落ち着いたから」

「じゃあ悪いけどこの場で話してもらうわよ。あんたと次郎の間に何があったのか」


 佐伯は両手を腰に当てて僕、そして次郎を交互に睨み付けてくる。


「才賀、あんたが二年生の教室をうろちょろしてたのは目撃されてる。それと次郎と言い争ってたことも。一体あんたは何をしてたの」

「……」


 どう説明しようか考えあぐねて、僕は後頭部を掻く。


「普段のあんた達は喧嘩するような仲じゃない。なのにあんたが倒れるまで掴み合ってたなんて、絶対に普通じゃないわ」

「掴み合ってた? なんか話が誇張されて――」

「すまねぇ孝明!」


 僕の声を遮って大声を発した次郎が、急に視界から消えた。

 いや、彼がその場で土下座をしたので消えたように映っただけだった。


「全部俺が悪いんだ! 俺がちゃんとしてれば、お前もこんなことにならなくて済んだ……!」


 「いやあの、次郎のせいでもなくて」僕はもごもごと口の中で言葉を転がす。二年生全員に能力を使ったせい、なんて説明できるはずもないが、次郎には罪悪感を感じてほしくない。


「今回のことは全部、俺が責任を持つ。それで許してくれねぇか」


 取り繕う返事を探していると、尚も彼は謝罪の言葉を重ねてきた。


「……だから、生徒会を辞めるのかよ」


 次郎の頭頂部を見ながら告げると、佐伯と星野がギョッとしていた。


「辞める? 次郎くんが?」

「どういうことよ才賀!」

「言っていいか、次郎」


 彼から答えはない。ただ許しを請うように土下座を続けている。そんな次郎を、美波さんは痛ましそうに見据えていた。

 僕は、大きく息を吸ってゆっくりと吐く。


「何のためにそんなことをしてるのか僕にはわからないけど、誰も傷つけたくないから一人で全部背負い込もうとしてる……そうだよね」


 次郎から返事はない。僕は続ける。


「どんなに正当な理由があったとしても、嘘をついて勝手にいなくなられたら僕たちはちっとも嬉しくない。自分を犠牲にして良いことしたなとか思われても、そんなのは自己満足だ」


 「僕が言えた義理じゃないけどさ」ちらっと美波さんを横目で見る。彼女は微かに首を振ってくれていた。


「次郎は生徒会に必要なんだ。ね、美波さん?」

「はい。次郎さんはこの生徒会にとって、替えの効かない大事なメンバーです」


 ピクリと、次郎の肩が動いていた。


「だから教えて欲しい。どんなことがあったって、僕たちが力になる」

「……」


 次郎はまだ黙っている。顔も上げない。

 僕は溜息を吐き、ベットを下りて次郎に近づく。佐伯と星野が退いていく中、しゃがみこんで次郎の胸ぐらを掴んだ。それからぐいと引っ張って彼を強引に立たせる。


「才賀あんた……!」

「また倒れ……!」

「大丈夫」


 次郎と目が合う。『孝明……』瞳は困惑に揺れていた。

 僕は、始まった吐き気と頭痛を、笑顔の裏に隠す。


「だから、今日のことだって気にすんな」

「っ……」

「そんなことよりも、次郎がいなくなるほうが、僕は嫌だ」


 次郎が奥歯を噛みしめる。『こんな俺に、そこまで……』心の声が葛藤を示していた。

 僕が手を離すと次郎はふらりと後ずさる。

 その瞬間『ぁあああこーくん格好いいこーくん尊いほんとすこ推せるずっと愛してますぅぅぅぅ!』なにやらピンク色のキンキン声が頭に響く。

 振り返ると、今まさに僕を支えようと手を伸ばし近づいていた美波さんと目が合った。

 はたと我に返った美波さんは咳払いをしてすすっと元の位置に戻る。『あの、どうぞ続きを』

 ちょっとだけ笑いながら再び次郎の方を向くと、彼は天井を見上げていた。

 まるで浮かんだ涙をこぼさないようにしているようだった。


『……やっぱ生徒会が一番、楽しかったんだなぁ』


 述懐するように考えた次郎は、ふぅーっと深く溜息を吐く。


『悪い、純ちゃん。俺はこいつらも裏切れねぇよ……でも、お前のことはちゃんと守っとくから』


 誰に宛てるでもない声のあと、能力持続の一分間が過ぎた。

 まだ藤堂に肩入れしていることに胸がざわりとしたが、表面上は反応しないように努めた。


「わかった」


 次郎は、はっきりとした声で告げて、僕らに頷く。


「全部白状する。騙して悪かった、孝明」

「いいよ。今更だろ」

「……まずな、あの盗撮は俺の友達が――藤堂純一郎がやったことだ」

「なっ……!」


 佐伯が驚愕し星野が息を呑む。美波さんは「まずは話を聞きましょう」冷静になるよう促していた。


「わりぃ、会長。さてなにから言うかな……そう、発端は俺なんだ。純ちゃんが、藤堂純一郎が生徒会のことを色々聞いてくるからさ。そのとき孝明と会長が付き合ってることも、俺はぽろっと教えちまったんだ」


 次郎は主観を交えながら説明していく。

 藤堂とは小学校以来の付き合いなのだが、最近は所属グループも離れて話さなくなっていた。それが夏休み前に、藤堂の方から近寄ってくるようになったという。

 彼は落選した生徒会長にまだ興味があるらしく、次郎に色々と聞いてきた。そこで次郎はうっかり、僕らの関係も教えてしまっていた。

 他にも生徒会室は施錠されているのか、夏合宿は日中なにをしているのかとか細かいことまで色質問され、そのことが微かに引っかかっていたという。


 そして二学期が始まり、盗撮写真が出回った。

 そのとき次郎は真っ先に藤堂のことを思い浮かべたが、友人を犯人扱いしたくない彼は誰にも言わず黙っていた。

 だが、文化祭にまで影響が及ぶ事態に発展したことで、次郎は我慢できなくなり藤堂を問い詰めた。


「純ちゃんは俺に言ったんだよ、ほんの出来心だった、ってさ」




***次回から毎週2~3回更新に戻します。次は水曜日更新です***

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