第22話 王女の仲間たち(確定)下
藤堂は、自分を負かした生徒会長が目立つことをして皆の人望を集めるのが妬ましかった、と言ったそうだ。だから醜聞でも広めてやろうと思ったとも。
盗撮したのは、たとえば生徒会室でサボっている姿でも撮れれば会長の株を落とせると考えたからだという。機材は写真家を目指しているという先輩のものを持ち出していた。
そうして実際に撮影できたのは、僕と美波さんがキスをする寸前の写真だった。
「ほんとに偶然だったらしいんだ。何枚もの写真の中にそれが映っててさ。で、面白そうだからってシェアしたらあっという間に拡散しちまって、生徒どころか保護者にまで盗撮だってバレて……純ちゃんは、すげぇ慌ててた」
次郎が言うには、美波さん個人への嫉妬心に駆られた衝動的な犯行、ということになる。
僕は少し前に同じことを考察していた。あのときは自分で却下してしまったけど、考えてみれば美波さんの内面を知っている僕だからこそ効果がないと切り捨てられたわけで、外野の人物――特に藤堂にしてみればやる価値があったわけだ。
僕は美波さんを確認する。彼女は眉間に皺を刻んで沈黙している。目の周りが暗い。
ほとんど逆恨みで盗撮され文化祭まで出られなくなった上に、藤堂自身は無計画だったなんて言われれば、怒りをどこにぶつけていいかわからず途方に暮れる気持ちになるだろう。
(……いや、本当に藤堂は計算していなかったのか?)
写真の拡散速度は尋常じゃなかった。送信元が藤堂だという情報も一向に掴めなかった。タイミングよく保護者から苦情が来たことといい、作為的な臭いが付きまとう。
それに藤堂の心を読んだとき、あいつは慌ててなどいなかった。次郎の説明とズレが生じている。
(僕が藤堂の立場だとしたら、どうする)
自問自答して、気づく。
もしかすると僕の推理は一部が合っていて、一部が間違っていたのかもしれない。
たとえば、美波さんを辱め文化祭に出られなくすることが目的だったとしたら、わざと写真を流出させ保護者の苦情を呼び込むというマッチポンプなのだと説明がつく。次郎への説明は嘘っぱちだ。
そして、結果的に文化祭に影響が出てしまっても、それすら責任転嫁する回避策を奴は考えていたのだろう。
口の中に苦々しいものを感じながら、次郎の話の続きを聞く。
「でさ、相談されたんだ。バレたら停学か、もしくは退学になっちまうって。純ちゃんは特進クラスに行くつもりで内申点も気にしてたから、なんとかならないかってさ。そんで、じゃあ俺がやったことにするか、って……」
「はぁ!? あんたバカぁ!?」
「のぞみんは赤いプラグスーツが似合いそうだな」
「こんなときに冗談言ってんじゃないわよ! そんな簡単に身代わりになるなんて頭おかしいんじゃないの!」
「はは……ほんとさ、俺、バカだからよ。純ちゃんを助ける方法がこれしか思いつかなかったんだ」
「どうしてそこまでして、藤堂さんを救おうとしたのですか」
美波さんが静かに問うと、次郎は過去を思い出すように遠くを眺めた。
「……俺さ、運動音痴なんだ」
唐突な展開に全員がポカンとする。次郎は恥ずかしげに頬を指で掻いた。
「昔から走りも遅いし球技も下手くそで、身体が大きくても全然役に立てなくてよ。身体がでけぇだけで全然大したことないとか、チームに入れたくないとか散々な言われようだったんだ……体育はほんとに嫌いだし、学校にも行きたくなかった。でも、そんな俺を純ちゃんが助けてくれたんだ」
懐かしさに頬を緩めた次郎の目には、一抹の寂しさもあった。
「あいつ頭が良いから色んな場面で俺に指示をくれたし、特訓にも付き合ってくれた。失敗したときどう振る舞えば笑いに変えられるかってことも教えてくれた。おかげで皆が面白がってくれたし、前よりミスも許してもらえるようになって……俺が学校に通い続けられたのは、純ちゃんのおかげなんだ。これまでも、純ちゃんに教えてもらったことを実践して、傷つかずにやってこれた」
「……だから、藤堂さんのために身代わりになったのですか」
「ああ、その通り。俺なりの恩返しってやつだな」
「あんた……そんなことくらいで……バレたら停学なのよ? どう考えても釣り合わないじゃない」
「希海ちゃん。ウチは、次郎くんの気持ちが、ちょっとわかる気がする」
静かな、それでいて慈悲のこもった声で言った星野が、嘆くように首を振る。
「些細なことかもしれへんけど、その人がおらんかったら次郎くんは学校に行けんくなってたかもしれへん。せやから、救ってもらった感謝の気持ちは、すっごく大きかったんやないかな……そういう人がおったら、ウチも違ったんやろうなって思う」
「ミュー……」
星野の過去を覗かせる発言に、佐伯は口をつぐむ。
「のぞみんの言うこともわかるんだよ。でもさ、遠くに行っちまった気がしてたあの純ちゃんが、困り果てて俺を頼ってきてくれたんだ。そこは友達として見捨てられねぇよ」
なはは、なんて次郎は空笑いする。
僕は、爪が食い込むまで拳を強く握りしめた。
(あんのクソ野郎っ……!)
湧いてきた怒りで吠えてしまいそうだったから、内心で毒を吐く。
おそらく、いや十中八九、藤堂は次郎が庇ってくれると踏んで相談している。作為的な部分を隠し偶然を装うことで、次郎の同情心を揺さぶり責任を押し付けようとした。
絶対に許せない。
……許せないが、真実を話すことを僕は躊躇う。
今の次郎は藤堂に騙されていることに気づいていない。真実を伝えれば次郎に多大なショックを与える。
かといってこのままでは次郎が身代わりになってしまうし、僕と美波さんも文化祭に出られないままだ。
いい解決策がないか必死に考えていると『こーくん』美波さんの声が聞こえた。また彼女が僕のそばに寄ってきていた。
『私は、文化祭に出られなくてもいいですよ』
僕の心を読んだような台詞にハッとする。
『次郎さんが辞めずに済むのであれば、安いものでしょう? その代わり文化祭の二日間、私と一緒に過ごしてください。それで十分です』
「……美波、さん」
ぼそりと名を呼ぶと、彼女は僕の手の甲をそっと指でくすぐる。安心して、と言うように。
それから彼女は次郎の元へ歩み寄った。
「次郎さんは、藤堂さんの身代わりになると言いましたね。それで生徒会も辞めるおつもりなのでしょうけど、単純にずっと黙っておけばよいのではないですか?」
「……先生たちは調査を続けてるからな。いつバレるとも限らねぇし、純ちゃんだってビクビク過ごすことになる。俺がやったって言えば、それでこの事件は終わりだ」
「なるほど、そういう考えなのですね。では、口裏を合わせましょう」
「……え?」
「はっ?」「へ?」驚いたのは次郎だけでなく佐伯も星野も同様だった。
「次郎さんはちょっとした悪戯心で私達を撮影し、人に見せてしまった。それが誤って拡散してしまい、大事になって言い出せなくなった。しかし罪悪感から生徒会に謝罪し許しを請うた。生徒会は悪意がないこと、次郎さんのお人柄からこれを許し、一緒に報告しに行って情状酌量を得る……こんな筋書きでどうでしょう? うまくいけば停学は免れるかもしれません」
口をあんぐりと開けて聞いていた佐伯は、徐々に理解を示して神妙な顔つきになる。
「美波、それって藤堂の犯行をあたしらも庇うことになるわよ」
「ですがこのままだと次郎さんが生徒会を辞めることになってしまう。次郎さんの意思は固いでしょうから。私達が全てを飲み下せば、次郎さんも生徒会を辞めなくて済む」
「会、長」次郎はあまりのことに愕然としていた。
「……あんたはそれでいいの」佐伯が僕に振ってくる。僕は肩を竦めて頷く。
「美波さんがいいなら僕もいいよ」
「っとに、べたべたのカップルねあんた達は」
「そんなに褒ないでください」
「褒めてないんですけどね! ……はぁもう。この状況を受け入れるってことは、文化祭にも出られないってことよ? そこは悔しくないの?」
「仕方ありません」
さっぱりとした面持ちで美波さんは答える。
僕としては美波さんに文化祭を楽しんでほしいし、藤堂も懲らしめてやりたいのだが、彼女がそれでいいと言うのなら従うまでだ。
残念なことに、美波さんの提案以外に次郎を留める方法も思いつかない。
「あっそう。私は嫌よ」
そんな美波さんの潔さを台無しにするように、腕組みした佐伯が言い放った。
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