第27話 副会長と王女 上 ―希海side―

 佐伯希海は、自分が他人と違うとは思っていなかった。

 ただ人より負けず嫌いで、諦めが悪くて、妥協という言葉が大嫌いだった。手を抜いたり適当に取り組むことが何よりも気持ち悪くて、常に全力を出し切ったという満足感を欲していた。

 他人も同じなのだろうと希海は漠然と思っていたが――どうやら違うと気づいたのは、彼女が十歳の頃だった。

 周囲の人間は希海を好奇の目で見たり、理解できない存在としてひそひそ噂した。自分のような人間のことを完璧主義者と呼ぶことも、希海はそのとき初めて知った。


 とはいえ、知ったからといって自分の性質は変えられない。希海は勉強も、運動も、習い事も、学校行事も、交友関係も、自分が望む理想や目標を叶えるためにひたすら頑張った。全力で努力したし、友人やクラスメイトにもそれを求めた。

 しかし、希海が努力すればするほど彼女の好感度は下がっていく。

 あいつはウザい、暑苦しい、面倒くさい、融通が利かないという陰口はこれみよがしに聞こえてきた。合唱コンクールで一位を取ろうと皆を叱咤激励しても、命令するなとか、こんなことで本気になって寒いと、容赦なく嘲笑われる。運動会でも部活でも似たようなことを経験した。

 誰もが、物事に真剣に向き合うことを格好悪いことのように評した。


 希海にはその考えが理解できない。

 へらへら笑って適当にこなしたり、不真面目に過ごすことのどこが楽しいのだろう? 全力を出して努力して目標を達成したほうが絶対楽しいはずなのに、本気を出す価値もないとか、厳しく練習してもどうせ勝てないとか、勝手に自分を諦めていく。

 共感してくれる生徒もいたが、自他共に厳しく接する希海の元からは次第に人が去っていき、誰も話を聞いてくれなくなった。女子からは陰湿ないじめを受けたりもした。


 辛い日々を過ごした希海は中学二年生の頃、周りに迎合する術を覚える。

 クラスメイトの熱量や雰囲気を読み、努力するレベルを合わせ、楽をする方が賢いというスタイルで笑って過ごした。

 そうすることで取っ付きにくかった印象が代わり、友人もできた。クラスに馴染むことができた。親しみやすいと評してくれる人が増えた。

 結局のところ、希海は孤独に耐えられずパンクしてしまった。誰かに好かれ、求められたいという衝動に流された。

 しかしそれは、完璧主義な自分の敗北を意味する。

 辛くてたまらなかったけれど、希海はいつの間にか臆病になってしまった。

 空虚なものを抱えながら中学を過ごし、勉強だけは努力して進学校の大峰北高校に入る。

 そこで希海は出会った――葛城美波という存在に。


 入学した時点で美波の噂は学校中に広まっていた。モデルのように綺麗で、学年一位の秀才で、立ち振る舞いは常に凛として、全ての言動に筋が通っている……そんな周囲とは一線を画す存在として認知されていた。

 一方で欠点と呼べるものもあった。彼女はなぜか、一度も笑うことがないそうだ。無愛想なほどに表情筋は動かず、冗談にも反応しない。

 それは希海の常識からすれば孤立してもおかしくない要素だった。特別すぎるゆえに嫉妬され、愛想もないから女子グループに敬遠されてしまうだろう、と。

 予想通り、美波には仲のいい生徒ができないようだった。いつも彼女を遠巻きに眺める人ばかりだった。


 希海もそんな一人だったが、別に話しかけたかったわけではない。ただ観察したかった。

 彼女もいつか自分の立場に嫌気が差して変節するだろう。他人との関係が恋しくなって、ぎこちなく笑うようになるはずだ。

 自分の信念を折った希海のように。

 しかし、美波は変わらなかった。

 どころか変わっていったのは周囲の方だった。自分を貫く葛城美波に皆は一目置き、頼るべき時には頼るようになった。笑顔を見せないこともミステリアスな魅力として変化していった。

 ある種の孤高な存在として、葛城美波は認められたのだ。


 それは希海にとって衝撃的であり、ショックな事態だった。

 なぜ周囲が変わるのかわからない。

 確かに希海の場合とは違う。葛城美波は口うるさく言わないし持論を押し付けたりしない。しかし彼女だって正論を突きつけるし、時には厳しいことも言う。

 それでも鬱陶しがられず、彼女の言葉も一理あると受け入れられる。相変わらず美波を好奇の目で見る生徒はいたが、次第に少数派になっていく。

 なぜそうなるのだろう。なぜ認められるのだろう。

 不思議に思う希海は、いつしか美波のことを目で追い、美波のことばかり考えるようになった。

 そして彼女を尊敬し始めている自分に気づく。


 美波が生徒会長に立候補すると知ったとき、希海はすぐに副会長に立候補すると決めた。周りは驚いたり冷やかしたりしてきたが、そんな反応はどうでもいいと思えた。

 ただ美波と会話がしたい。一緒に生徒会を盛り上げたい。

 何より彼女なら、我を貫く美波なら、完璧主義にこだわる自分にも理解を示してくれる――そんな淡い期待を抱いた。


 しかし現実は希海の予想と違った。

 美波は異なる価値観を持ち、理解できない行動を取る人だった。

 そして希海が求める結果を、彼女は求めていなかった。

 例えば才賀孝明という男子のことだ。完璧な生徒会を作るなら彼は適任ではないと希海は断じた。孝明には悪いが、接触恐怖症というハンディを持つ人間にはあまりにも負担が大きすぎる。

 それを美波は、必要な人材だと言って聞かなかった。

 今でこそ希海は彼の能力を認めているし、美波の案をうまく調整する縁の下の支えとして頼りにしているが、やはり自分だったら別の生徒を選ぶだろうと考えてしまう。

 美波との間に、相容れない壁があるような気がした。

 逆に言えばそれは、美波に自分のことを理解してもらえないということでもあった。


 副会長としてどれだけ頑張っても美波と気持ちが通じることはない。

 彼女とは求めるものが違う。希海は完璧を、美波は違う何かを大切にしている。

 このままだと空回りして、迷惑をかける。昔の自分がしでかしたように彼女を困らせ苛立たせる。

 美波に嫌われることだけは避けたかった。希海はやはり美波を尊敬していたし、彼女に無視されるのは悲しすぎる。

 ではどうするか。答えは単純だ。

 美波に理解されたい、認めてもらいたいという欲を捨てればいい。

 お飾りの副会長に徹して、完璧主義の自分を殺せばいい。

 中学時代のように。


 その踏ん切りをつけるために孝明を呼び出し、美波の本心を知ろうとした。

 嫌われ始めていることがわかれば諦めも付く。孝明なら隠さずはっきり言ってくれると思った。

 そして今、希海はなぜか、美波と一対一で向き合っている。


***


(どうしてこうなったの……)


 孝明が去った後、希海は彼の部屋で美波と一対一で向き合っていた。

 ドア間際に座った美波は正座のままピシっと背筋を伸ばし、膝の上に手を置いてこちらを見ている。

 対する自分はどうか。冷房の効いた部屋でも冷や汗だらだらで、そわそわと身動ぎして、彼女とまともに視線を合わすこともできない。比較すら失礼なほどに狼狽えてしまっている。

 やっぱり葛城美波は特別な人間だと、希海は痛感する。


「希海」

「は、はひ」


 声が裏返ってしまう。みっともない反応をしても美波の表情は動かない。


「今までこーくんとお話してたのですよね? その上で私と話をする方がいいと結論づけた」


 こーくん。その呼び方を聞くと、緊張や興奮とは違う熱が体の奥から湧いてくる。

 孝明は言っていた。ショックに備えるように、と。

 信じがたい気持ちはあっても、もはや希海の中で確信に近い考えになっていた。





※※※長くなったので今週は水木金の3回更新です※※※

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