第10話 王女と僕らの怪談話
夕飯の片付けを終えた僕らは、シャワー室を順番に借りて、女子は茶道部の部室に、男子は談話室を間借りして就寝となる。
――のだが、熱帯夜ゆえに校内はまだ蒸し暑さを保っていて、シャワー後でも寝苦しさを予感させた。
そこで僕らは昼間に話し合った案を実行に移すため、再度生徒会室に集まった。
「これは韓国の昔の話、です。あっちは日本より受験戦争が過酷で、受験の失敗で自殺する子も結構おったんやそうです」
いま怪談話を始めているのは星野だ。じゃんけんの末、彼女がトップバッターになっていた。
生徒会室はカーテンを閉め切っていてほぼ真っ暗になっている。机の上に置かれた小さなライトだけが唯一の光源で、皆の位置を把握するくらいしか役立っていない。雰囲気はばっちり醸し出されている。
「それはある学校の生徒が、閉校後に忘れ物を取りに行ったときのこと。当時はセキュリティが厳しゅうのうて簡単に入れたんですが、電気がついてないもんやから校内は真っ暗でした」
彼女の繊細な声音は、これまた怪談にはうってつけというか、ほんのり不気味な感覚をより醸成させている。
僕らは誰も口を挟まず静かに耳を傾けた。
「なんとか教室に辿り着いたその子は捜し物を見つけました。ホッとしたそのとき、廊下の奥から、床を叩くような音がちいちゃく聞こえてくることに気づきました」
星野は自分の手を使って、机をぺたぺたと優しく叩く。
「その子は学校で流れる噂話を思い出しました。この学校は夜になると、床を叩くような音が聞こえてくるんやそうです。それは去年、受験に失敗して自殺した子の仕業やって言うんです」
(なんか星野、いつもより流暢に喋るなぁ)
どもることもないし、なんなら話し方も芝居がかってる感じだ。
さては星野、ノリノリだな?
「なんでかていうと、生徒は学校の屋上から飛び降り自殺したから。自殺者は両足がぐちゃぐちゃに折れとって、足が原型を留めてへんかった。せやから、自殺者の怨霊が手でこうして床を這うように学校を移動してるんやないかって……その噂の音と、その子が聞いとる音は、おんなじでした」
星野がまたぺたぺたと机を叩く。
ゴクリと、誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
「床を叩く音はどんどん自分の教室に近づいてくる。その子はあまりの怖さで、廊下を出て次の教室に逃げ込みました。そんとき廊下には誰もおらんかったのに、床を叩く音は近くまで聞こえてきとる」
星野がまたぺたぺたと机を叩く。
「隠れてた子は、我慢できひんくて次の教室に逃げ込みました。けど、床を叩く音はずぅっと近づいてくる」
星野がまたぺたぺたと机を叩く。
「次に次にと教室を移るうち、ついに校内の端っこの教室まで来てしまいました」
星野は勿体ぶったように言葉を区切り、
「……そのとき、床を叩く音は」
ダダダダダダダダダダ!
「「ぎゃあああああ!」」
叫び声と共にどんがらがっしゃんと激しい音が鳴り響く。
一瞬後、パッと部屋の電気が点いた。
「っていうお話、なん、やけど……」
入口で部屋の電気を付けていた星野は、目をぱちくりして固まっていた。
床には頭を抱えた次郎と佐伯がうずくまっている。
もしかして、暴れた拍子に互いに頭をぶつけたのかな。
変わらずに座っているのは僕と美波さんだけだった。彼女はびっくりした様子もなくちょこんと椅子に座っていたのだが、僕と目が合った途端「き、きゃー」棒読みの叫び声を上げて僕に抱きついてくる。
『怖かったですぅ』
「はいはい」
僕はおざなりに彼女の頭を撫でておく。
『うへへへこの大義名分があれば抱きつき放題です湯上がりのこーくんの生臭くんかくんか』
どう見てもそこに大義はないし何なら声を読まなくてもバレバレです。あと美少女が生臭とか言うな。
「ええと、希海ちゃん、平気?」
「へ、平気よ。ちょっと足を踏み外して頭を打っただけで」
「わりぃのぞみん。俺も、足を踏み外しちまったみてぇだ」
「ふっ、この程度の軽症で済んで良かったわね」
「へへ、お互いにな」
「「はははは」」
正座をした二人が向かい合って笑う。まるで過酷な戦場をくぐり抜けてきた戦友のようだった。星野は二人を不憫そうに眺めていた。
「それにしても結構怖かったね、星野の話」
「ええ。音が前振りになっていて楽しかったです」
「やっぱり怖くはなかったんだ」
『こーくんのいじわるっ』
美波さんが僕のうなじを甘噛みする。あふんとか言いそうになったけどぐっと堪える。
「それで、次は才賀くんやっけ……ってひゃあ!」
文字通り僕に食いついている美波さんの行為に、星野は頬を赤らめて両手で顔を隠した。いかん星野には刺激が強すぎる! 僕と美波さんが夢に出てきてしまう!
「ほら美波さん離れて。次は僕の番だから」
瞬間、次郎と佐伯が弾かれるように振り返った。怯えを覗かせた瞳を向けて子犬のようにぷるぷる震えている。死地をくぐり抜けたんじゃないのかお前ら。
まったくもう……とはいえ、怯える友人に更にトラウマを植え付けるほど僕も鬼ではない。僕だって人と密着するゲームを延々やれと言われたら二人のような反応をしてしまうだろう。
「でも、さっきのだけで結構涼くなった気もするけど……気がしない?」
『ここでちゅーって吸うとキスマークつけられないかなちゅー』
「美波さん」
『ハッ』
「そ、そうですね、効果はあったと思います」
僕のうなじにくっついていた美波さんがそっと離れ、真面目な返事をする。僕の首の後ろべったべたなんですけど。
「う、うん、止めとこか? こういう話してるとほんまにくるって言うし」
あははと笑う星野は、多分止めやすいように気を利かせてそう言ったのだろう。
次郎と佐伯の青ざめた顔を見るに思いっきり逆効果なのだが。
そのとき、生徒会室のドアがコンコンと叩かれた。
「「ひぃ!」」
次郎と佐伯が抱き合ってか細く悲鳴を上げる。同時に生徒会室のドアが開かれた。
「おーい、消灯時間よ。こんなところでたむろってんじゃないのー」
物凄いベストタイミングの冬子先生の登場だった。佐伯と次郎が九死に一生を得たように放心していた。
こうして突発的な怪談はお開きとなる。ちなみに冬子先生も顧問として学校に泊まることになっているのだが、白衣ジャージ姿は変わっていない。
まさかそのまま寝るつもりなのだろうか。それを聞く方が怖い気がした。
***今週から1月末まで連続更新いたします***
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