第12話 王女と僕を巻き込む事件 上
凍りつき固まっている僕に「そうだよな?」クラスメイトの男子は聞いてくる。
「こ、これ、なんで……」
ようやく絞り出した声は、粘ついていた。
「入ってるグループから急に回ってきたんだよ。んで二人って付き合ってんの?」
興味津々な男子を無視してスマホの画像を食い入るように見る。キスをしていると思ったが、まだ唇は触れていない。寸前に撮影されたものだ。
しかし、こんな姿を誰かに撮影させた覚えはない。
(これ、夏合宿のときの服装だ)
ということは夜の生徒会室でのやり取りを撮影されたことになる。
でもあのときは誰も居なかった。
(……盗撮?)
ぞわりと、背筋を冷たいものが這っていった。
「あの笑わない王女と付き合うとかマジなのかよ。ドッキリじゃないよな」
「いや、それは……」
「才賀ってさ、書記に誘われてたよな」
別の男子も割り込んできた。こちらもほとんど話したことのない生徒だ。
よく見れば教室内の他の生徒も僕をちらちら盗み見ている。露骨に驚かず、しかし誰もが注目している。
これはもしかすると、ほとんどの生徒が写真のことを知っているのだろうか。
「付き合ってたから生徒会に入れてもらったとか」
「違う、断じてそれは」
「えー、じゃあ入ってから付き合ったのかよ。いいなー俺も選ばれてぇ」
「う……」
「葛城さんは才賀みたいのがタイプなんだよ。お前じゃ無理無理」
「うっせ。つうかこの写真なんで俺らに回ってきてんの?」
「それな。ちょっと意味わからん。これ才賀が回した?」
「それも、違う……」
「だよな。わざとだったらむしろ怖ぇよ」
「てかやばくね? 本人が知らないとか嫌がらせじゃねぇの?」
「あの、ごめん、ほんとごめん」
ぐいぐい来る男子二人を躱して僕は教室を出る。
「才賀!」
それと同時に僕を呼び止める声があった。
ギクリとして振り返ると、廊下を走って向かってくる佐伯がいた。
「……ちょっと来て」
息を切らせた佐伯がいつになく硬い声で告げる。
あの写真の件なのだとすぐにわかった。
***
僕と佐伯は人気のない階段の踊り場に移動する。
彼女は自分のスマホを見せてきた。そこには先ほどと同じ、キス寸前の写真が写っている。
「今朝、あたしのとこにこの写真が回ってきた。友達から一大事件だって言われて」
「……」
「直接あんたたちに聞こうと思って連絡してなかったけど……どうも既に拡散しちゃってるみたいね。相手があの美波だからしょうがないけど」
「……」
「いろんな子に聞き取りしてみたけど、写真の送信元が誰なのかはわかってない」
「……」
「これを送ったのは、あんた?」
「違う」
自分の声が異様に低くて、まるで別人のようだった。
想定通りだったのか佐伯は軽く頷くだけだった。
「じゃあ違うこと聞く。これ、校内よね。二人共ジャージだし、もしかして夏合宿のとき?」
「……ああ。夜、ちょっと」
躊躇いながら答えると、佐伯は盛大な溜息を吐いた。
「あんたらに言いたいこともあるけど、今は置いとくわ」
「……すまん」
「問題はこれを誰がどうやって撮影したのかよ。もう少し具体的に聞かせて」
僕はそのときの状況を掻い摘んで説明する。
「ねぇ、それって盗撮じゃん」
僕と同じ結論に至った佐伯が声を潜ませる。明確な動揺と不快感が滲んでいた。
「誰かが生徒会室にカメラを仕掛けてたってことよね。でも、なんで?」
「それは、わからない」
「気味悪いわ。あたしたちを盗撮してた奴がいたなんて……あれかな、イタズラとか? でもあんたたちの写真を拡散させるなんて、なにがしたいんだろう」
佐伯が腕を組んでぶつぶつと考察を続ける中、僕はただ黙っていた。
彼女と違って、僕には手がかりが二つある。
一つは美波さんの能力で得られた未来の情報。
もう一つは盗撮現場についてだ。生徒会室は常に施錠されている。鍵を持っているのは会長と副会長の二人だけだが、メンバーでの受け渡しは普通に行われている。
つまりメンバーなら、生徒会室に忍び込んで盗撮の機械を設置することは可能になる。
そして、未来の情報と今の状況を重ねた結果――可能性の高い人物が一人だけ浮上している。
そうであってほしくないと、心から願う相手だった。
(確かめないと)
決意すると同時に予鈴が鳴った。これから始業式なので教室に戻らなければいけない。
「さっき美波に臨時の生徒会ミーティング提案しといたわ。午後から集まりましょう。今回ばかりは冬子先生にも同席してもらうから」
「美波さんはなんて?」
「了解しました、とだけ」
「……わかった。僕も従う」
そう言うと佐伯は気遣わしげに眉を下げた。
「ねぇ、才賀。ショックだろうし、気落ちするなとは言わないけど……一番辛いのはあの子だと思う。あんたが支えてあげて。ね?」
僕はゆっくり息を吐きながら頷く。佐伯の優しさで、ささくれだった心が少し落ちついた。
「わかってる。ありがとう、のぞみん」
「あんたまでそれ使うんじゃないわよ」
照れたように返した佐伯はふっと笑って「じゃあまた後で」と戻っていく。
僕はその場に留まり、掌を開く。じわりと汗をかいていた。
「……違っていてくれよ……星野」
懇願にも近い思いを抱き、僕は足を動かす。
***
二学期初日は始業式の後にホームルームを経て午前中のうちに解散となる。
僕は相も変わらず質問攻めしてくるクラスメイトを振り切って生徒会室に直行した。
部屋の前では、佐伯と星野と次郎が三人で立ち話をしていた。
「あっ……才賀、くん」
「……孝明」
僕が近寄ると、次郎と星野がビクリとした反応をよこす。佐伯は渋面を浮かべている。
僕は神妙な顔を作りながら三人に近寄った。
もちろん、能力が発動する距離まで。
「ごめん。変なことになっちゃって」
「な、なに言ってんだよ! お前が謝ることじゃねぇだろ?」
「うん、そうや。才賀くんもみーちゃんも悪いことしてへん」
「でもあの写真の通りのことはしてた」
二人は、ものが喉につっかえたように口ごもる。
「そうね、そこはあんた達に落ち度がある。生徒代表組織のメンバーなのに節度を守らなかったんだから」
腕組みした佐伯の、歯に衣着せぬ叱責だった。
しかし今は、キッパリ言い切ってくれたほうがむしろ清々しい。
『なにもそこまで言わなくてもよぉ』
『うう、希海ちゃん厳しすぎへんかな』
二人の心の声が聞こえた。同情的な内容はいつもの二人らしくて、ありがたい。
そこに、悪意の欠片はない。
「だけどそれは風紀の問題であって、ミューの言う通りあんた達は悪いことなんて何もしてない。襟を正してもらえばそれで済む話。本当に駄目なのは盗撮した奴よ。そこは履き違えてないから安心しなさい」
「そ、そうだよな! 孝明は悪くねぇよ! 他のカップルなんか校内でもっと際どいことしてるっつうの!」
「それはそれで問題だから後で詳しく聞かせなさい次郎」
『藪蛇だった!』
「あの、ほんまに盗撮されてたん、やろか」
星野のぎこちない呟きで皆の動きが止まる。それから皆は廊下から生徒会室を覗き見る。
『ううう怖いよぉ入りたない』『……気持ち悪ぃな』星野からは恐怖、次郎からは嫌悪感が読み取れる。こうして三人が廊下で立ち話しているのも、まだ撮影されているかもしれないという不安からの防衛だ。
もしも犯人だったら、そんな思考に至るはずはない。設置されているかどうかわかっているし、聞こえてくるのは皆に合わせつつほくそ笑むような声だろう。
(……まだ安心はできない)
確証を得たわけじゃないと自分に言い聞かせる。もう少し踏み込んだ誘導尋問が必要だった。
「あのさ、皆は盗撮した奴に心当たりある?」
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