第21話 王女のいない間に 下
あの佐伯が僕に謝るなんて。明日は槍が降るな、これは。
などと茶化しても角が立つので黙っていると、佐伯はため息を吐いた。
「謝ろうって考えてたんだけど、その、なかなか切り出すタイミングがなくて。こんなときに、ごめん」
「それは別に気にならないけど……ちなみに、どのくらい前から?」
「抜き打ち検査が終わったくらい、かな。あんたのこと段々わかってきて、ミューとも話して……言わなきゃって」
あれは確か五月の頃だった。そこから約一ヶ月以上、謝るタイミングをずっと探していたことになる。
僕は鼻からゆっくりと息を吐いた。
「佐伯」
「な、なに」
「ツンデレにも程がある」
「ツンデっ!? ち、違うわよ! 誰があんたにデレてなんか!」
だから、そういうところが。
素直になりたいのにきつい態度を続けてしまう自分に悩むなんて、どんなテンプレキャラクターかって話だ。
「じゃあ言い換えよう。素直じゃないにも程がある」
「うっ……だ、だって仕方ないじゃん。生徒会ではこういう自分で過ごしてきちゃったんだから。今更あんたにしおらしく謝罪しても不気味でしょ」
「確かに」
「誰が不気味よ!」
「お前が言ったんだろが!」
「そんなことないって優しく言いなさいよ!」
「僕にそう言われたいのか?」
はたと止まった佐伯の顔の赤みが更に増す。
「ち、違う……! 優しくじゃなくてフォローしろって言ってんの!」
「女の子として大事に扱ってほしいと」
「だからあああああ!」
佐伯が悶え苦しんでいる。どうしよう、こいつイジるのちょっと楽しい。
「もう調子狂うわね! あたしこんな感じじゃないのに……!」
「安心しろ最初からこんなんだ」
「いちいちうるさいわよ! 予定ではもっと笑顔を振り撒いて穏やかに活躍してるはずだったんだから!」
ピリピリしてしかめっ面なあなた様が? と指摘したかったが更に険悪になりそうだったので黙っておく。
そのときふと、美波さんの話が脳裏を過ぎった。
もしかしてそのイメージを実行した佐伯こそが、美波さんがタイムリープする前に見ていた姿だったのではないだろうか?
確かに美波さんは佐伯のことを、いつもニコニコして優しく振る舞っていた、と説明していた。
となると、今回の生徒会では何らかの要因でそのイメージを実行できなくなったということか。
「最初はそうするつもりだったなら、なんでしなかったのさ」
「それは……美波が……じゃないから……」
うつむいた佐伯がごにょごにょと言葉を濁す。
「なんだって?」
「とにかく! 出だしから喧嘩腰でいっちゃって引っ込みがつかなくて謝れなかったのよ! ごめんなさい! これでいい!?」
「まるで僕が謝罪させてるみたいなんだけど」
「細かいことはいいでしょ! とりあえずこれでお互いスッキリしたし、生徒会メンバーとして気兼ねなくいきましょ」
早口で捲し立てた佐伯は確かにスッキリした面持ちだった。そりゃ抱えていたものを吐き出したのだから肩の荷が降りた気分だろう。
しかし僕はなにも変わらない。もともと佐伯のことは気にしていなかった、というより言われて当然だと思っていたから許すも何もない。
ただ、正直な気持ちを吐露することで僕へのわだかまりが解消されたのなら喜ばしいことではある。これなら接近してもキモがられたりしないだろうか。本人も気兼ねなく来いって言ってるし。
とりあえず消しゴムでも転がして接近を試みようと考えたとき「で、でさ、才賀」佐伯が恐る恐る言った。
「あんたに、ちょっと相談があるんだけど」
「僕に相談?」
今日はどうしたんだ一体。明日は天変地異か。
「そう。生徒会のことで」
「いいけど、僕だけ? 次郎とかも居た方がいいんじゃ」
「他の人がいたら話しにくいのよ」
それは僕だけに相談したいということか。俄然、内容が気になる。
「よければ、また今度時間をちょうだい」
「別に今でもいいのでは」
「そろそろミューたちが来そうだから」
どうあっても他人に聞かれたくないらしい。本人が言うなら仕方ないが。
僕は壁掛け時計を確認する。
「確かに結構時間経ってるな」
ここで他のメンバーが来たら能力を使った誘導尋問も難しくなる。残念だけど時間切れか。
「……おかしいわね。日直なんてそんなに時間かからないのに」
佐伯が不審げに呟く。そういえばそうだ。次郎にしたって勉強会があるから友人との雑談もすぐ切り上げるだろうに。
……待てよ、まさかあいつら。
僕は音を立てずに、そろりとドアに近寄る。「才賀?」佐伯が聞いてきたので「しっ」人差し指を口の前に立てて、黙っているように示す。
生徒会室のドアの真正面まで移動する。当たり前だが向こう側は見えないし、微かな物音も聞こえてこない。
なので僕はドアに手を当てた。厚みは三十センチもないから、たとえば盗み聞きするためにドアに耳をくっつけているなら、能力が発動するはずだ。
果たして、声は響いた。
『んん、音が聞こえなくなったな。勉強再開したのか? なんだよ~せっかくおもしれー話が聞けたのによ~。しっかしあの佐伯にも可愛いとこあんだな、ぷくく』
『あああああ希海ちゃん素直になれて良かったよぉぉ才賀くんにちゃんと伝えられたよぉぉぉデレてるし可愛いすぎるううう! 早く早く黙ってへんでもっとたくさん喋って! 仲良くなって! 希海ちゃんの可愛さに気づいて! あっ、でもみーちゃんさんがこれを知ったら……し、修羅場!?』
スライド式のドアをすぱーんと開く。
ドアに耳を押し当てていた次郎と星野が生徒会室に崩れ落ちてきた。
『なんだドア壊れたのか!? 太りすぎたか!?』
『重た!? 何なんこれ、って次郎くん!? ひいい近いいいい!』
床でジタバタ暴れる二人から少し離れつつ、僕は腕を組んで睨み付ける。
「まったく。来るの遅いと思ったら」
「なっ、なっ、なっ」
唖然としていた佐伯が、何が起こっているのか気づき慌て始めた。せっかく戻っていた顔色が再び朱に染まっていく。
「なにしてんのよあんたたち!?」
席から立ち上がった佐伯が金切り声を上げる。
びくっと肩を振るわせた二人は即正座になった。
「ははは。大したことじゃないんだって佐伯。ただ部屋から声が聞こえてきてだな。入りづらそうだなって、なぁ星野?」
「うんうん。ドアの向こうで落ちつくの待ってたんよ。ウチらは決して盗み聞きしてたわけやなくて」
「……どこから聞いてたの」
『男が好きなんだ、あたりやっけ?』
口には出ていないが、聞かれたことの答えはしっかり思考している。どうやら結構前から聞かれてたようだ。
「だ、だから、聞いてへんよ?」星野は白を切ろうとするが、残念ながら僕には筒抜けだ。
「日直終わりのタイミングから逆算すると、LGBTの話題の最後らへんなんじゃないか?」
二人には悪いが、僕も盗み聞きされた立場なので佐伯に与することにする。
何気ない予想みたく指摘してやると、星野と次郎が息を呑んでいた。図星を突かれたような分かりやすい反応だ。
佐伯の赤い顔は見る見るうちに青ざめていく。
「そんな、とこから……」
「ち、ちゃうよ希海ちゃん!」
「そうだぜ佐伯! 俺らはお前のツンデレなんて聞いて――」
『『あっ』』
二人分の間抜けな声が頭に響く。あとは手伝ってやれないので、頑張って生き延びてくれ。
ひくひくと頬を動かしていた佐伯は、急に柔らかな笑顔を浮かべた。
完全なる外向きスマイルの裏に、般若の仮面が透けて見えたのは僕の気のせいだろうか。
「打ち首獄門の刑に処す」
「ひい……!」
「待った! 待ってくれ佐伯! 俺達は悪気があったわけじゃないんだ!」
「じゃあなんの気があったのよ」
「……愉悦?」
「死にさらせ」
「次郎くんはもう喋っちゃ駄目ぇえ!」
ずんずん進んでいく佐伯に恐怖した次郎と星野が逃げまどう。もはや勉強会どころではなくなったが、楽しそうなので放っておこう。
そんな最中、開けっ放しのドアからひょこっと美波さんが現れた。
「遅くなりました。皆さん始めて……ないですね」
机を挟んでぎゃーぎゃーわめく次郎と佐伯の姿に、さしもの美波さんもポカンとしている。
「なにがあったんです?」
「あとで説明するよ」
僕は含み笑いしながら、事が収まるのをしばし傍観することにした。
佐伯も気兼ねなく接することができるようになって、何よりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます