第28話 みゅーちゃんバリアを張る王女

 冬子先生のお遣いを終えた僕と星野は生徒会室まで戻った。


「ただいま。書類提出してきたよ」


 戸をスライドさせて室内に入ると「お疲れさまです」一人分の声がかけられる。

 生徒会室には美波さん一人だけしかいなかった。彼女は腕を組みながら、机に置いた何かとにらめっこをしていた。


「あれ? 佐伯と次郎は?」

「希海は塾の特別講習だそうです。次郎さんは個人的な用事と聞いています」


 返事をする間も彼女はまだ机に視線を落としている。そこまで集中してなにを見ているのだろう。


「ところで美波さんはなにしてるんです」

「今月の校内報に掲載する写真を選んでいます。どれも甲乙付けがたいといいますか、すごく迷っていまして」

「へぇ、どれどれ」


 彼女が迷うとは珍しい。とても綺麗に撮れた写真なのか、それとも構図が抜群に良い写真なのか。校内報の編集係としては興味がある。

 僕は能力が発動しないギリギリのところまで近寄って覗いてみた。

 写真が三枚置いてあった。

 全部僕の顔だった。


「なに選んでるんですかあんたは!?」

「校内報の写真ですけど?」

「僕の顔のどこに載せるべき要素があるんだよ!」

「大いにあります」


 美波さんはきっぱりと言い切って顔を上げた。自信満々を絵に書いたような態度だ。


「これは挨拶を頑張っている孝明くん。これは中二病専用挨拶のために表情を決めている孝明くん。そしてこれは生徒の方と笑い合う孝明くん。どれも挨拶運動の効果を示すために必要な、素敵な写真です」

「力説してるとこ悪いけど僕ばかりの説明になってねぇ。ていうかいつ撮ったこんなもの」


 校内報に載せる写真撮影は僕の担当だ。挨拶運動のときも隙を見つけては生徒会メンバーを色々撮っていた。だから僕が被写体になった写真はないはずなのに。

 すると美波さんは「私が個人的に撮影しておいたものです」あっけらかんと答えた。


「他の生徒会メンバーはあなたが撮影していますが、肝心のあなただけ写真がありません。私は全員分を載せたいのです。だからあなたの分も用意しておきました」

「い、いつの間に……」


 挨拶運動のときなんて美波さんの前に女子行列が出来ていたはずだ。よくこっそり写真が撮れたな。


「しかし弱りました。どうしても決まりません」

「諦めればいいと思うよ」

「わかりました。全部載せられる構図を考えてください」

「わかりましたは何だったの!? っていうか校内報を僕の顔で埋める愚行は止めてくれ。そんなの佐伯も怒る」

「そうでしょうか?」

「そうです」


 むう、と唇を尖らせる美波さんは、黙って僕らを眺めていた星野に目を向けた。


「みゅーちゃんはどの写真がいいと思います?」

「ふぇ? ……ど、どれがいい、やろか。どれも素敵やと、思いますけど」

「三枚とも採用と」

「曲解するな」


 駄目だこいつ、早く何とかしないと。


「そう、やなぁ……才賀くん、いい笑顔してはるし。相手の生徒さんも楽しそうな三枚目のしゃし――」

「みゅーちゃん」


 ガタッと音を立てて美波さんが立ち上がる。

 びくっと肩を振るわせる星野に、美波さんがつかつかと近寄った。


「私もそう思います。尊いですよね」


 美波さんは星野の手を取ってぎゅっと握りしめる。困惑する星野はされるがまま頷いていた。なんだこのやり取り。

 ていうか本人の前で尊いとか言わないで恥ずかしいからやめてほんと。


「そ、そういえば美波さん、検査報告書と予算計画書の件なんだけど」


 話題を変えてみる。いつまでもこの雰囲気は居心地が悪い。

 同時に僕は、このタイミングであることを試すことにした。


「そうでした、お二人ともご苦労様でした。特に問題ありませんでしたよね? 孝明くんの報告書は完璧でしたし、計画書もみゅーちゃんがしっかりチェックしてくれましたから」

(その通りだったよ。僕は君にこの才能を見いだされたことを誇りに思う。君という人がいかに大きな存在かわかった)


 無言の時間が流れる。

 美波さんと星野は黙る僕に小首をかしげた。

 僕は鼻をこするふりをして目をそらす。


(はっっっっず!! 恥っっっっず!!)


 僕は心の中だけでのたうち回った。

 もし美波さんが心を読む能力を持っていたなら、僕の思考を読んで反応するに違いない。そう考えて彼女が赤面しそうなことをつらつら思い浮かべてみたのだが……歯の浮くような台詞と、中二病的な振る舞いをしている自分を認識して二重のダメージに襲われた。

 そして美波さんは無反応。やり損だ。これ以上僕にデバフをかけないでくれ。


(……でもこれは、能力者じゃないってことなのかな)


 一旦心を落ち着けつつ美波さんをじっと見つめる。顔色は薄っすらとも変わっていない。

 当たり前だ。普通は心の声なんて聞こえるわけない。

 だけど決めつけるのは早いと、僕の勘が告げる。

 能力には発動条件がある。僕と同じように距離が関係しているのか、それ以外の条件なのかはわからないが、今読めないだけで違う場面では読んでいる可能性もある。

 よし、別の作戦でいこう。


「どうしたのです?」

「いや、ごめん。書類は二つとも大丈夫だったよ。それよりどうしても話したいことがあるんだ」


 言いながら、僕は美波さんの元へ一直線に向かう。


「さっき星野と喋ってたとき気になることがあってさ。僕や星野を生徒会役員に誘おうとしたその事情をもっと詳しく教えてくれないかな」


 こういう聞き方をすれば、心の中ではそれについて否応なく考えてしまう。たとえ黙り込んでも無駄だ。

 当初はこの誘導尋問で彼女の恋心の理由を探ろうと考えていた。問題は繊細な内容であり、下手すると僕から恋バナを振ることになってしまうので、今までなかなか切り出すタイミングが掴めなかった。

 しかし能力があるかどうか、ということを探るだけなら、聞き方は色々ある。

 もう少しで能力発動距離に入る。

 その寸前――「きゃっ」というか細い悲鳴が響いた。

 美波さんは近場にあった椅子に腰掛けていた。

 星野を自分の膝の上に乗せ、抱きしめながら。


『はわわわわわわなになになに!? わわわ柔っこいぷにぷにするんきゃぁぁ触らんで嗅がんでぇぇぇ!』


 僕は思わず立ち止まる。顔を真っ赤にして「ふぇぇ」と泣きそうな声を上げている星野の心の声がなだれ込んでくる。

 美波さんではなく、星野に対して能力が発動してしまっている。

 もう少し踏み込めば美波さんも対象に入るが、星野が居るので距離を詰められない。


「……なにしてるんですか」

「みゅーちゅんを抱きしめています」

「なぜに今」

「そういう気分でしたので」


 気分、にしてはあまりに唐突すぎる。

「ところで話は変わりますが」美波さんは何事もないように話し始めた。


「生徒会は来月課外ボランティアに参加します。小学生の皆さんと一緒に公園を掃除することになりますので、その打ち合わせをしましょう」

「いや、聞きたいことがあるんだけど」

「個人的なことでしたら後日にお願いします。まずは打ち合わせが先です」


 星野のうなじあたりから覗き見してくる美波さんは、どこか僕を伺うような目つきをしていた。

 怪しい。凄まじく怪しい。

 例えばそう、僕に心を覗かれないために星野を盾にしているみたいだ。

 

(美波さんの後ろに回り込めば能力が使えそうだけど……星野の声に邪魔されるな)


 未だ星野のマシンガンのような慌てる声が聞こえ続けている。これでは美波さんの声が聞こえてもかき消されてしまう。

 まさかとは思うが、これも狙ってやっていたりしないよな……?


「不服でしょうか?」

「いや……わかったよ。打ち合わせを進めよう」


 ここは引き下がるしかない。星野がこのままじゃ粘っても無駄だろう。

 どうやら彼女の謎を突き止めるためには、入念な計画が必要のようだ。

 そうして僕が離れると星野はようやく解放された。彼女は軟体動物のようにぐにゃりと机の上に広がっていた。

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