第27話 王女の正体に迫る手がかり

 ざざざーっと真っ白な答案用紙が廊下に広がる。あー、やっちまったな。

 星野は顔を真っ青にしてフリーズした。こういうとき動けなくなるタイプらしい。

 僕は持っていた機材を廊下の隅に置いて答案用紙を拾っていく。すると我に返った星野が慌てて拾い始めた。


「ご、ごめんなさい!」

「いいよ。早く拾おう」


 軽めに言ったそのとき、僕の人差し指と彼女の小指がかすかに触れた。


「はゎゎゎすみませんっ!」


 星野はシュバッと手を引っ込めて廊下の壁まで後退する。まるで地震が起きたときの猫のような反応だ。

 その赤と青を繰り返す表情を見た途端、凄まじい音量の声が頭の中に響いた。


『ひええええ触ってもうた接触恐怖症の人にこんな軽率に失礼なことしてウチ絶対に嫌われたどうしよ怒ってはる絶対に怒ってはるみーちゃんさんに告げ口されてこのまま生徒会に居場所なくなるんやあああ!』

「あの、ちょっと触ったくらいだし、僕は気にしてないから」


 声をかけると星野はビクリとして、コクコクと頷いた。


『気にしてないってほんまかな。信じてええんかな。一応才賀くん誠実そうに見えるけど……誠実そうな人に限って裏で怖かったりするし。でもでもみーちゃんさんにはすっごい優しいし生徒会のために頑張ってくれはるし頼りになるし、ちょっと格好いいとこあるし。そうや信じ……待ってまだ気を許したらあかん』


 お前は人間に保護されたばかりの野生動物か。

 とツッコミたい衝動を堪えながら書類を拾いきり、彼女に渡す。


「どうぞ」

「あ、ありがと」

『あ……やっぱり気にしてない? 怒ってない? セーフ? セーフ?』


 僕は頷き、実験道具を拾って先に歩き始める。このまま近くにいても声は途切れない。何度も心の中で確認した星野は、ややあって僕の後を追い掛けくる。

 僕は彼女に見えないように苦笑いした。


(相変わらず凄いな、星野の心の声は)


 生徒会に入ったことで既にメンバー全員の心の声は聞いてしまっている。中でも星野は、美波さんとは別のベクトルで特徴的だった。

 星野は心の中だとかなり饒舌だ。普段ほとんど喋らない分、その落差が激しくて最初はかなり驚いた。

 更に彼女の繊細さが現れたようにネガティブ思考全開な声を聞くことが多い。今だって失礼なことをしてしまったと悪い方に捉えて不安に陥っている。

 でもこれは個性というものだ。裏表が違いすぎる人間よりは格段に好ましい。


『あれ、なんか無視されてる? やっぱり怒ってはるんやろか。どうしよ気まずい』


 ……接しやすいのと気を遣うのは別の問題でしたね、はい。

 単に能力を解除したいから先に行ってるだけで誤解なのだが。

 かといって聞こえてしまった声を無視するのはやはり胸の奥がもやもやする。

 ええい、仕方ない。


「そ、そういやさ、やっぱり美波さんは凄いよな」


 歩調を落として星野の隣に並ぶ。

 彼女はビクリとしていたが「凄い?」と僕の相手をしてくれた。


「ほとんどの部活で私物を見つけてさ。あんなことできる人はいないよな」

「そ、そうやね」

『なんか怒ってないっぽい? ほっ』


 相づちと共に安堵の声が聞こえてくる。とりあえずこれでいいかな。隣り合っているとはいえ30センチの距離は離しているし、そのうち能力も途切れるはず。


『あっ、せっかく話かけてくれたんやから話を保たせないと……!』


 しかし内心で慌てた星野は「う、ウチも驚かされてばかり」と続けてきた。

 優しいけど苦労性でもあるな、星野。美波さんがみゅーちゃんと構いたがる気持ちが何となくわかる。


「出会ったときから、みーちゃんさんは凄い人、でした。会計になってくれって、急に誘われて……ウチとは喋ったこともあらへんのに。えらいびっくりしました」

「え? 星野もそうだったんだ?」

「も、っていうことは、才賀くんも初対面?」

「そうそう。僕も話したことなくてさ。急に書記になってくれって来たときは凄く驚いたよ」


 更に僕に好意を寄せていることまで突き付けられたものだから、もう驚天動地と言っていい。


「星野も会計の才能があるからって口説かれたんじゃないか?」

「う、うん。あなたは会計に相応しい能力を持ってます、って……」

「はは。やっぱりな」

「あの、でも、驚いたのはそこだけやなくて」


 なにか含みのある言葉だ。星野は躊躇うような素振りを見せたが、内緒話をするように僕に告げた。


「口説き文句に言われたことが、あまりにも意外やったっていうか……不思議なんです」

「不思議?」


 はて、会計の才能云々の話はどんなものだったっけ。確か佐伯との会話で出ていた気がするな。


「ええと、数学のセンスがあるのと、根気もあるから誘った、っていうやつだっけ」

「です。数学のことはテストの点とかで知ることはできるやろうけど、根気のほう……ドミノ倒しを完成させた云々を、なんでみーちゃんさんが知ってはるんやろうなって」


 いまいち話の中心が見えてこない。僕が眉をひそめると、星野は伏し目がちになった。


「……ウチね、中学の頃は京都に住んでたの。親の都合でこっちに引っ越してきてんから、美波さんと会うたんは高校が初めてで」

「へぇ。関西弁ぽいからそうかなとは思ってたけど、京都に住んでた、なら……」


 疑問が急浮上してくる。

 それは僕の胸をざわつかせた。


「待てよ。じゃあなんで知ってるんだ、


 あのとき美波さんは説明していた。星野は中学の文化祭でドミノ倒しを一人で完成させていたと。だからその根気を買って会計に誘った、とも。

 けれどそれは星野が京都にいる時代の話だ。美波さんは確か近隣の中学校から進学していたはずなので、物理的な距離が離れすぎている。

 情報が耳に入ってくる状況じゃない。


「星野はそれ、誰かに話したりした?」

「ううん。ウチそんなん自慢せぇへんし……あんまり言いとうないから」


 彼女は急に語尾を濁した。声にも暗さがある。なにか事情があるようだが、能力は途切れているので考えていることは読み取れない。

 しかし今はなにより事実確認が先だ。


「じゃあ美波さんはどうやって星野の中学のことを知ったんだ?」

「ウチにも、わからへん。だから不思議やなって」

「……おかしいとは、思わないか」

「そら、おかしいと思うし、京都時代のことを知られてたんは怖かったよ?」


 星野は苦笑いした。けれどそこに言葉ほどの恐怖感はない。


「でもみーちゃんさんは凄い人やから。なんでもお見通しっていうか、ウチのこともどうにか調べたんやないかな」

「どうにかって……」


 確かに美波さんならやってのけそうなイメージがある。あるが、じゃあ具体的にどうする? 興信所でも使ったのか? たかが生徒会のために?

 

「調べた方法はようわからんけど、でもあの人と接してるうちに、その目的がちゃんと正しいことのため、うちを傷つけるためやないこともわかって。だからどんな方法でも別にいいかって、今では気にしなくなりました」

「だとしても、星野は怖かったんだろ? なんで生徒会に入ろうって決めたんだ」

「……みーちゃんさんに、言われたんです。絶対にあなたを見捨てたりしません、って。それが嬉しかったっていうか、絆されたっていうか」


 星野は苦笑いを照れ笑いに変えると「まぁ凄い人やねって話です」と話題を終えた。

 僕は、笑い返すことができなかった。

 思えば各部の私物を見つけ出した偉業も、星野の中学時代を知っていた経緯も、僕のバイトを知っていた事実も、全て『知る』という性質に繋がっている。

 彼女はなんでも知っている。いや、

 普通の方法でそんなことできるのか?

 むしろ普通の方法以外のものじゃないと、できないんじゃないか?


(たとえば、心を読む能力を使う、とか)


 僕と同じ力を持っていれば、全ては可能になる。

 それに、それにだ。

 この能力を持っている人間が世界でただ一人しかいないと、誰が決めつけた?


(馬鹿げてる……でも)


 僕は、否定しきることができなかった。

 となると、次に取るべき行動は一つ。

 真実かどうか確かめることだ。

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