第29話 逃げる王女
よく晴れた六月の日曜日。
地域で一番大きな公園にはテントが張られ、その前には幾人もの大人と学生が集まっていた。
今日は有志による地域清掃活動の日だ。まずはペットボトルや煙草の吸い殻を拾いながら公園を一周ぐるりと回り、そのあとは外に出て指定ルートを通りながら掃除をして公園に戻ってくる。そういうイベント内容になっている。
大峰北高校の生徒会は地域交流を兼ねて毎年この清掃ボランティアに参加していた。ただ今年はもう一点、ボランティアとは違う役目も仰せつかっている。
軍手にゴミ袋という装備をした僕ら生徒会メンバーの周囲には、同じ装備の小学生たちが集まって雑談したりふざけ合ったりしていた。
「じゃあ皆、高校生の皆さんに迷惑をかけないように、隅々まで掃除をするんだよ?」
ハキハキとした口調で小学生たちに伝える女性は小学校教諭だ。小学生達は個性豊かに返事をしている。確か小学五年生だと聞いているけれど、休日の課外授業であってものっけからテンションが高い。
「あー……君らは粗相のないようにな」
一方、我らの顧問である冬子先生はいつにも増して不健康そうな土気色の顔をしていた。朝が早かった上に蒸し暑いせいで既に活動限界に達している。
小学校教諭と冬子先生がテントに戻っていくと、美波さんが集合した小学生たちに向かって凛とした声で告げた。
「では始めましょうか。私たちについてきてくださいね」
美波さんを先導に小学生たちもぞろぞろと歩き始める。まるで引率のお姉さんだが、まさにそれが仕事なのだった。
本日の生徒会の役目は清掃活動と、課外授業の名目で参加している小学生との交流の二つ。『普段接しない人たちと地域を回って、身近な環境に新たな発見をしてみよう』という社会科の勉強を手伝ってほしいと小学校から要請があり、冬子先生がこれを了承した。
お目付け役は大人でも良かったのだろうけど、元々清掃ボランティアはお年寄りが多いため自由気ままな小学生を抑えつけるのは難しいという判断になり、僕らに白羽の矢が立ったわけだ。
その想定通りというか、小学生たち、特に男子は密集して雑談するだけでゴミを拾う気配がない。
美波さんと佐伯がすぐに反応した。
「駄目ですよあなた達。遊ぶのはあとです」
「そうよ~お姉さんたちの言うこと聞いておかないと先生に怒られるんだからね~?」
「うわーでたよ急に保護者口調になる年増」「手伝って欲しかったらもっと丁寧に言うべきじゃね?」
「……さ、最近の小学生は口が達者ね~」
笑い飛ばそうとする佐伯だが口元はぴくぴく痙攣していたし、こめかみにも青筋が立っている。頑張って我慢しているのは伝わるので、心の中だけでよしよししておいてやろう。
「うらぁ! しっかりやれてめぇら!」
すると次郎が大声を上げて走り出した。
サボっている子たちはビクリと振り返り、熊のように突進してくる次郎の姿に慌てふためく。
「うわなんかでけぇの来た!」
男子たちは一目散に逃げていく。しかし次郎はわざと追い回しているようで、散らばっていた男子はゴミ拾いコースに戻ってきた。そこをすかさず佐伯が注意している。
「はは、まるで羊飼いと忠犬だな」
僕は最後尾を歩きながら、首からぶら下げたカメラで彼らの様子を撮影した。この行事も校内報に載せる予定だ。
生徒会メンバーの姿を探すと、星野は真面目にゴミ拾いをしている女の子に果敢に声をかけていた。星野らしい優しい配慮だ。次郎も集団に混ざれない男子に声をかけているし、佐伯も小学生の女の子たちと笑い合っている。微笑ましい光景だった。
(あれ、そういえば約一名いないな)
確か先頭を歩いていたはずなのに、姿が見当たらない。
カメラの望遠機能で探してみようと、ファインダーを覗いてみる。
美波さんのどでかい顔が映った。
「どわぁ!」
思わず仰け反ってしまう。バクバク脈動する胸を押さえながら向き直ると、僕の真正面に美波さんが立っていた。
「どうしたのです?」
「……至近距離に君の顔があって驚いた」
「ちゃんと目は二つ、鼻と口は一つあります」
「そういう意味じゃない」
「では私の顔が見るに耐えなかった?」
「だから違うしむしろ君のはずっと見ていられ――」
途中で口を閉じる。ツッコミの勢いで危ういことを言いそうになった。
くりくりした目でじっと見つめる美波さんの視線に恥ずかしさがこみ上げ、僕はわざとらしく咳払いした。
「レンズ越しに見たから、美波さんの顔が大きくなって驚いたんだよ」
「そうでしたか。良かった」
本気で言ってるのか冗談なのか相変わらずよくわからない。心が読めれば別だけど、互いの距離は30センチ以上離れていて能力は発動していない。
「ところで撮影は順調です?」
「ああ、うん。ちゃんと撮ってるよ」
僕はカメラを軽く上げて主張する。
すると美波さんは誰かを探すようにキョロキョロと周囲を見渡したあと、もう一度僕に向き直る。
「わかりました。本日はその調子で撮影係に専念していてください。小学生の方々との交流は私達で引き受けます」
「心配してくれてるのは嬉しいけど、少しくらいは――」
「ダメです」
またこれか。過保護王女め。
「でもそれだと僕の写真は撮れないよ? 今回の趣旨は小学生との交流だから、一緒にいる写真じゃなきゃダメだろう」
「その点は非常にものすごく大変残念なのですが、四人だけで構いません」
えらく強調するな。それくらい我慢した上でのやむを得ない選択だと言いたいのか。
確かに挨拶運動のときとは状況が違う。僕がいなくてもうまく回るだろう。
それでも、あれほど五人全員の写真にこだわっていた美波さんが諦めるのは、少し違和感があるな。
「ではまた後で」
「あ、ちょっと待って」
咄嗟に引き止める。考え事をしていたので気づくのが遅れたが、今はちょうど周囲に誰もいない。このタイミングなら伝えやすい。
「美波さん、このあと時間をくれないかな」
いつもと変わらない美波さんが、ピクっと反応した、ように見えた。
「イベントは午前中で終わるよね。そのあと二人きりで話がしたい」
うわぁ顔から火が出そうだ。
でもこれくらい直接的行動に出ないと事態は動かせそうにない。
ただし二人きりになればこっちのもの。どうやって誘導尋問するかは寝る間も惜しんでシミュレーションしておいた。
二人きりなら、真実を聞き出す自信がある。
「二人、きり」
美波さんはぽつりと呟いた。彼女は振り向いた態勢のまま硬直している。瞬きもしていない。あれもしかして呼吸もしてなくない?
「あの、美波さん?」
声をかけると「――んくぅぅぅぅぅ」という小動物の唸り声みたいな音が聞こえてきた。出どころは美波さんの唇の間からだ。
真顔で奇声を発し始めてるよなにこれ怖い。
「ゴ」
「ご?」
「ゴメン、ナサイ。ヨウジガ、アリマス」
なぜか片言の日本語で答えた美波さんは猛ダッシュで集団の方へ戻っていった。
あまりにも不自然な態度だった。
(逃げた……? 今の逃げたよな?)
間違いない、と思う。彼女は僕の誘いを断って逃げた。
でも、今のどこに逃げる要素があった? 別に変なことは言ってない。
考えられるとしたら、一つ。
僕の考えを読んだから。
僕がなにを企んでいるのか知って、慌てて断った?
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