第14話 ぐいぐい来る王女

「では、八十五期生徒会執行部のメンバーが確定したということで、具体的なお話に進みたいと思います。活動開始は春休み明け、新入生の入学式からです。希海とみゅーちゃんは受付。次郎さんは案内係。孝明くんは撮影係。私は在校生代表として入学式に参加します」


「わかったわ」「うーす」「みゅ……」三者三様に反応する中、僕だけはうまく飲み込めなかった。


「撮影って、僕がするんですか?」

「はい。校内報を作るのも生徒会の仕事の一つです。入学式の様子を伝える文章は全員で考えますが、編集はやはり書記のあなたにお願いすることになります。であれば他人に任せるより、孝明くんに担っていただいた方がご自身の構想に見合った素材を用意できるはず」


 まじか。書記の仕事が多いとは前にも聞いていたが、これはなかなかに負担が大きいぞ。


「あのかいちょ、じゃなくて美波、さん」

「はい。なんでしょうか」


 美波さんは鈴の音のように機嫌良さげな返事をしてきた。

 佐伯は殺気混じりの視線を送ってきた。

 とりあえず無視。


「校内報をまとめるのは何とかなりそうですけど……写真撮影は正直、自信がないというか」

「なら撮影の練習をしましょう。私にもちょうど良い機会ですし」


 美波さんが即座に提案してきた。もしかすると計算済みか?

 どうしよう嫌な予感がする。


「孝明くんは祝辞を読んでいる私を撮影してください。あなたの練習にもなるし、私も人前で読む練習になります」


 あれ、普通?


「それなら、まぁ」

「では毎日二人だけの練習時間を作りましょう」


 お約束を裏切らない人だな!


「ええと、美波さんなら一日練習すればうまくできるのでは」

「見くびらないでください。私だって緊張しますし間違えます」

「なぜ威張る。じゃあ数日くらいでどうです。毎日はさすがに時間を作るのも難しい」


 毎日二人きりだと凄まじい脳内攻撃で頭が茹で上がる危険性がある。しかし僕には彼女の本音と恋心を抱くに至ったきっかけを聞き出す使命もある。数日程度ならば十分に耐えられるし、チャンスもあるだろう。

 自宅に招いたときは聞き出すことに失敗したが、今回は成功させたい。そして頭ゆでガエル状態を早く脱したい。


「むぅ、そう仰るなら仕方ありません。先日のようにあなたの家にお邪魔しますのでそこで練習しましょう」

「ちょっ……!」


 軽率に火種を巻くな! 

 しかし僕が釈明をする前に「先日? 家で?」と佐伯が食いついてきた。剣呑な目つきで僕と美波さんを見比べ始める。


「どういうことかしら美波」

「孝明くんは課題をこなすために土日も作業をこなす必要がありました。ですが自宅だと集中力も散漫になります。そこで私が監視係として見守っていたわけです。一日だけですが、ずっと彼と一緒にいました」


 佐伯があんぐりと口を開け星野が両手を口に当てる。

「おいおいやるな会長!」おいやめろ次郎囃し立てるな。


「な、なにしてんのあんた!」

「大丈夫です私は手伝っていません」

「そういうことじゃない!」


 佐伯は疲れたように額を押さえた。ツッコミ役として気持ちはよくわかるぞ佐伯。


「そんな簡単に男の家に上がり込むのがおかしいって言ってんの。っていうかあんた妙に才賀に拘るけど、実は意識してんじゃないでしょうね」

「……………………違います」


 間! その間は怪しいよ美波さん!

 佐伯が胡乱げに目を細めると、美波さんはふるふると首を振った。


「心配せずとも何もしていません」

「加害じゃなくて被害の心配よ!」

「才賀くんからですか? それはきっと大丈夫ですよ」

「どうして――ああ、そういやこいつ、そうだっけ」


 急にテンションを下げた佐伯は、僕を見て鼻を鳴らした。

 おそらく僕が接触恐怖症だからすぐに女性を襲わないだろう、と解釈したのだ。別にそれでいいんだけど男としての威厳は地に落ちた気がする。

 ……いや、ちょっと待て。

 今の言い方だと、僕が襲わないということを事前に想定していたことになる。なのに当日は、そういう可能性も考慮の上で身構えていた。

 今の発言と心の声、どちらかが嘘ということになる。

 普通に考えれば、本音は嘘にならない。


(まさか、僕の演技に気づいていながら皆の前では知らないふりをしているのか?)


 自分で自分の考えに困惑する。意味がわからないからだ。

 なぜ彼女が僕の演技を知っている?

 そして、知らないふりをする理由はどこにある?

 

「でも前とは事情が違うでしょ。こいつの家じゃなくて本番に近い環境にしたら?」

「そりゃそうだよな。休日にやるとしても学校がいいと思うぜ会長」


 僕が考えている間に佐伯と次郎が説得を始めていた。

 美波さんは唇を尖らせながらもこくりと頷く。


「わかりました。では孝明くん、好きなおかずの種類を教えてください」

「おかず? なんで?」

「お弁当を作っていきますので。二人で食べましょう」


「ずるい!」「ずりぃ!」なぜか佐伯と次郎が叫ぶ。


「そんな楽しそうことすんなら俺も混ぜてくれよ~」

「そうよ才賀だけ抜け駆けは許さないわ!」

「ですが練習は二人のほうが効率もいいはずで」

「あんたもそう思うでしょ星野!」

「ふぇぇ」


 生徒会室の中は騒々しくなる。僕は騒ぎに巻き込まれてさっきの疑問を考える余裕がなくなってしまった。

 だけど生じた疑問は、僕の心の底でくすぶり続けることになる。

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