第27話 王女と文化祭の最後に

 文化祭二日目が始まった。今日も朝から賑わっている。

 僕と美波さんは、掲示板に張り出された仲良しカップル投票戦にエントリーしている写真たちを、呆然と眺めていた。


「どうしてこうなったのかな」

「どうして、なんでしょうね」


 さすがの美波さんも困惑気味だった。それはそうだろう。

 僕らの写真にまでエントリー番号が振られ、投票可能になっているのだから。


「見本ていう話じゃなかったっけ?」

「私もそう聞いていたのですけど?」


 二人して腕を組みうーんと考え込む。

 あの写真をエントリー呼び込みの撒き餌にしたおかげで、写真自体は盗撮ではなくイベントのためだったという噂が広まってくれていた。事実上は役目を果たしたわけで、これ以上目立っても意味がないと思うのだが。


「ま、まぁでも、僕らに投票する人たちはいないよ、きっと」

「ですよね。他にも仲睦まじいお写真はたくさんありますし」


 二人で楽観視している間にも、掲示板の下に設置された投票箱の前には人だかりができていた。生徒達が張り出された写真を眺めてわいわい騒ぎ、投票用紙に名前を書いて入れていく。イベントとしては大成功だろう。

 そのとき、投票を終えたばかりの男子生徒二人と目が合った。同じクラスの小林と佐藤だ。佐藤というのは写真流出があった日に僕に話しかけてきた奴で、割とお調子者の男子だ。

 二人はニヤニヤしながら僕らに近づいてくる。うわ面倒くさそう。


「よう才賀。それに葛城さんも。仲良しですねぇ今日も」


 小林が馴れ馴れしく接近してくるが、ちゃんと僕には触れないよう止まってくれる。心を読んでわかったのだが、小林は実は周囲をよく見ている気配り屋さんだった。

 美波さんはぺこりと会釈する。


「こんにちは。こーくんのお友達ですか?」

「っすね王女サマ! もうマブよマブ」


 佐藤が悪のりする。表現が古いなお前。

 すると小林が佐藤を肘で突く。


「本人に王女サマは失礼だろ佐藤」

「あ、そうだな。ごめんね葛城さん」

「いえ、気にしてませんから。お好きなように呼んでください」

「じゃあ美波ちゃんて呼んでいい?」


 殺すぞ。


「殺すぞ」


 しまった心の声がつい漏れてしまった。

 佐藤はニヤニヤ笑いながら「こーくぅんこわぁい」とくねくねする。


「猫なで声とこーくん呼びをやめろ」

「そうですね。申し訳ありませんが、こーくんと呼ぶのは私だけにしていただけると嬉しいです」


 平然と言ってのける美波さんにちょっとキュンとした。なぜか小林と佐藤も照れ笑いする。


「ほんと羨ましいわ才賀。俺にもお裾分けしてほしいっ」

「ってことでお前らに投票しといたから。仲良しカップルの」

「えっ」

「えっ」


 僕と美波さんの声がハモる。

 驚いたのを悦ぶ反応と捉えたのか、小林と佐藤は揃って親指を立てた。


「ちなみに聞くけど、写真が回ってきたのってイベントの見本がうっかり拡散しちゃったってことでいいんだよな?」


 とは佐藤の質問だ。僕は慌てて頷く。

 事実関係をしっかり周知したわけではなく皆の想像に任せている状態なのだが、今くらいははっきりと認めておくべきだろう。こうして口で伝えることで盗撮疑惑も消えていくはず。


「そう、なんだ。ごめん黙ってて」

「いや怒ってるわけじゃないし。イベントのために隠しておきたかったのはわかるぜ。でもワザとだったら結構な策士だなって思ってさ」

「策士?」


 「ああ、それわかる」小林が同調する。


「イベントの宣伝だったって言われても納得する。種明かしされたとき乗り気になった人たちも、それでなんじゃないか」

「そ、そうなのか」


 エントリーが多くなった理由があの流出だったとは意外だ。完全に怪我の功名だけど。


「まぁとにかく影ながら応援してるから。あ、当番の時間はちゃんと戻ってこいよ才賀」

「そうだぞ葛城さんとイチャついてたら片付け増やすからな!」

「わかったわかった」


 しっしと手を振ると二人は陽気に笑って帰っていく。


「面白い方々ですね」

「うん、悪い奴らじゃない。それより」

「投票、ですね」

「うん」


 僕と美波さんは再び掲示板を眺める。少し騒いだせいで僕らの存在に気づいたのか、写真と見比べるような生徒がちらほら見受けられた。下級生の女子たちなんかは僕らをちらちら盗み見てひそひそと楽しげに会話している。


「……誰に投票するつもりなのか読んでこようかなぁ」


 ただでさえ大勢の人間に見られて恥ずかしいというのに、トップ10にでも入ったら恥の上塗りだ。可能性が高かったら妨害工作を実施したい。


「ダメですよ」

『めっ』


 美波さんが僕のシャツの裾をくいと引っ張り、肉声とテレパスで注意してくる。


『知りたい気持ちはわかりますが、大勢の人の心を読めばまた気分が悪くなってしまいます。今日は長い一日なのですから、無理は禁物です。わかりましたか?』


 過保護な美波さんはやっぱり僕の身体を一番に考えてくれる。

 では、彼女が変わったのはいつだ?

 元々の性分ではなかったはず。いつからか心配性になってしまったと本人も述懐していた。

 さほど昔のことではないだろう。時期が古ければ自覚するタイミングがいくらでもあった。僕が指摘するまで気づかなかったということは、ここ最近の変化だ。

 そして、保健室で聞いた声。

 全てのピースを揃えると、カチリと組み合わさって、ある図ができあがってしまう。


 一月二十五日。


 おそらくその日、僕が想像している通りであれば――


「……ひとまず生徒会室に戻ろうか。ここにいると余計に写真を意識させちゃうし」

「そうですね」

『ここで急に独り言してると変ですもんね』


 テレパスへの返事がなかったことに対し、美波さんは一人で納得していた。

 僕は曖昧に笑って、二人で生徒会室に戻る。


 ***


 後になって判明したのだが、僕らの写真がエントリーされていたのは、僕ら以外の生徒会メンバーの仕業だった。


「なんかやたらこの見本に投票したいって奴が多くてさぁ。いいかなーって」


 という次郎の言葉の通り、あまりにも軽い理由であった。

 そういうのは本人に許可を得るもんだと三人に怒ったのだが、佐伯も星野も僕らの写真に投票したいと言って聞かなかった。身内への投票は不正ではないかと詰め寄ると佐伯はたじろいでいたが


「身内だからやなくて純粋にお似合いカップルやと思うから投票するんよ! ウチと希海ちゃんの気持ちに不正や偽りなんてあらへんよ才賀くん!」


 などと星野に力説されて僕が折れた。こんな子だったっけなぁ星野……。


 僕らの写真はあえなくエントリー続行となり、後は集票結果を行うだけになる。しかし集計作業から僕と美波さんは追い出されてしまった。

 佐伯曰く「票を破棄されちゃ困る」という事情だった。おのれのぞみん察しがいい。

 でもそのおかげで僕と美波さんに僅かな時間ができた。集計発表は後夜祭に行われるので、それまでに戻ってくれば良い。

 だから僕は、二人きりになろうと美波さんを呼び出した。


 ***


 東の空が黒ずんでいく。フェンス越しに帰宅していく一般客や生徒達の姿が見える。

 夜が近づいて気温が下がり、風が冷たくなっていた。しかもここは屋上なので、体感的には地上よりも少し肌寒い。


「美波さん寒くない? 大丈夫?」

「平気ですよ、こーくん」


 風になびく髪を押さえながら美波さんが答える。口は引き結ばれているけれど、穏やかで落ち着いた眼差しだった。


「でもどうして屋上なんです?」

「今はどこに行っても誰かいるだろうしさ。その点、施錠までギリギリの今なら誰も来ないだろうって」

『なるほど』


 美波さんが僕の腕をぎゅっと抱きしめてくる。

 普段の屋上は施錠されているが、文化祭中は教室が立て込んでいるので臨時の準備場所として屋上が解放されていた。もうすぐ施錠時間なので猶予はあまりないが、何を聞くか、何を言うべきか事前に考えているので、きっと間に合う。


『いつになく忙しかったですけれど、メンバー全員のクラス企画を回れて良かったです』

「そうだね。どれも楽しかったな」

『希海のところではこーくんがパフェをおかわりしすぎてハラハラしました』

「せめてもの感謝の気持ちってやつで。まぁ次郎には負けたけど」

『ふふ、貢献度はすごく高かったでしょうね』

「ハラハラって言えば美波さんだって。僕のところの謎解きでずーっと立ち止まってるんだからさ」

『あれはクイズが難問でしたね』

「うそつけ。君に解けないようなレベルじゃ誰も解けないよ。そんなフリしなくても僕と居る時間は作れるのに」

『それ以上に多くあなたのそばに居たいんですぅ~』


 拗ねたように言う美波さんに僕はくすりと笑い、彼女もまた僕の腕に寄り添う。

 ……他愛ない会話で、時間は刻々と減っていく。辺りはもう暗くなって電灯がつき始めている。

 このままではいけないと思っても、本題に踏み込めない。


『本当に楽しい二日間でした……タイムリープ前よりも、ずっとずっと。やっぱり一年前に戻ってきて良かった。こんなにも大切な思い出が作れたんですもの』


 だけど、その台詞が契機となった。

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