第15話 王女と僕を観察するモノ 下
「我々は今の世界が好きなんだ。作り替える気はない。無闇に引っ掻き回すこともしない。そして、それを許すつもりもない」
抑揚なく言い切った冬子先生は「さて、どういう解釈ができるでしょーか?」などと急に教師然として振る舞う。
「……組織とやらは能力者も普通の人も差別しない。逆に言えば能力者に肩入れして社会を変えたり、その存在を公表する気もない。この世界の均衡を保つことこそが支倉先生たちの目的、ですか」
冬子先生は唇の端を釣り上げ「さすが優等生」と褒めた。当の本人は渋い表情を浮かべているが。
「私たちは双方にとってより良い関係を維持していきたいのよ。ちょーっと監視はさせてもらうけどね。能力の私的利用だって少しならお目溢ししてあげる。君たちが小学校でやってたみたいな。あ、才賀はもう無理なんだっけ?」
僕と美波さんは思わず目を見合わせた。彼女の瞳には驚愕と動揺がある。
いつから気付いていたのかと思っていたが、まさかそんな昔からなんて。
「監視だって本当は気づかせるつもりなかったの。変な連中が身の回りをウロウロしてるなんてストレスでしょ? だから決して気取られないように見守ってきたんだけど……今回は私の落ち度だった。少し油断しすぎたね。君を侮っていたというのもあるが、メンバーにも私と同じ措置をさせておくべきだったな。ああ、それでも心が読めない人間が複数出てきて余計怪しいか。難しいものだな」
「……えっ」
ぶつぶつ独り言のように話す先生の説明の中に、気になる点があった。
問おうとした矢先に「理解は、できました」美波さんが真剣な様子で告げる。
「均衡維持のために監視する。それはつまり、均衡を破る者かどうか見定めるということですよね。あなた達が対象と接触しないようにしていたのは、決してプライバシー保護のためではなく、対処するとき有利になるからあえてそうしているのではないですか」
彼女の指摘に思考が流れた。
美波さんの言う通りだ。先生は、騒ぎを起こした場合に何もしないとは一言も言っていない。むしろこの状況を揺るがす人間を許さないとさえ言っている。
決して額面通りには受け取れない、ということだ。
「んー、まぁそうなんだけどね」後頭部を掻く冬子先生が渋々といった感じで肯定した。
「確かにいるっちゃいるのよ、迷惑な奴もね。空中浮遊を撮影されちゃったとかさ。でも現代はそんなに大事になることも多くない。オルレアンの乙女みたいに手遅れになることだってない」
オルレアンってなんだっけ。そう考えたとき、ガタッと音がした。
先生の後ろにいた美波さんがドアに背を預けていた。腰が抜ける途中みたいに膝を折り、両眉が上がっている。
「まさか、では、ジャンヌも……!」
「うんそう」先生は軽く頷いていた。両者の温度差が激しいな。
「ほ、ほかには?」
「ほか? えーと、楊逸とかハンニバル、日本だと塙保己一とか。近代ではシモ・ヘイヘ」
「~~~っ!」
美波さんは慌てたように手で口を塞いだ。驚愕の声を抑え込もうとしているみたいだ。一体なにに驚いているのかよくわからない。
美波さんはブルッと身震いした。「――すっ」
「凄い……! リアルチートの謎がこんな形でわかるなんて……!」
僕の頭に疑問符が幾つも浮かぶ。なんだか彼女の瞳がキラキラ輝いているし、もしかして感動しているのか? なぜに?
置いてきぼりの僕とは対象的に、肩越しに振り返る冬子先生は愉快そうに笑った。
「そうか、葛城はそういうの好きなのね。組織に来たらいくらでも話してあげるけど?」
「おいっ!?」
「い、嫌ですいや!」
ブンブンと美波さんは首を振る。そりゃそうだ、こんな怪しげな組織の勧誘を引き受けるわけがない。
先生は残念そうに肩を竦める。
「そっかー。創始者が西暦発祥の人とか色々面白い話あるのになぁ」
「~~っ!」
衝撃を受けたらしい美波さんが頭を抱えた。いや悩むなよ。
先生も先生でニヤニヤしている。
「あの先生。うちの彼女で遊ぶのやめてくれませんか」
「はいはい。しっかりした彼氏君ですね」
なんだかこうしていると普通に冬子先生と雑談しているみたいだ。調子が狂う。
「……惜しいですが、話を戻しましょう」ため息を吐いた美波さんが気を取り直して言う。やっぱり聞きたいのかな。
「あなた達が看過できないと判断した能力者もいる、ということですよね。そうした対象者はどうなるのですか。まさかとは思いますが……」
「まぁ、昔だったら手っ取り早く暗殺してたろうね」
いつもの先生の口から物騒な言葉が飛び出てくるのが、やたらと違和感があった。
「昔と言うからには、今は違うのですか」
「現代社会って色々なしがらみあって大変なのよ。君たちの証拠をもみ消すことはできても、人一人を後腐れなく抹消するって簡単なことじゃないんだ。いずれボロが出て情報が露見する。だから殺しはしない。眠ってもらうだけ」
「眠る?」
「そう、永遠の眠りにね」
どこか芝居がかって言った冬子先生は、次に「ディバイダーって普通の人とどこが違うと思う?」と聞いてきた。
急に話題の方向性が変わった。眉をひそめる美波さんに代わり、僕が答える。
「能力を持っているかいないか、ですか」
「正解。つまり能力を消してしまえば普通の人間と大差はなくなる。余計な真似もできない。殺すなんかよりよっぽど建設的な解決策だと思わないかい」
「……っ! まさか、能力を消す方法があるってことですか!?」
「いいや、まだない」
こみ上げた勢いを削ぐように、冬子先生が首を振った。
「我々も途中の段階でね。脳組織を変異させ能力発動を抑制する薬剤を試作したまではいいんだが、なんせ脳はデリケートな部分だ。打つと植物状態に陥る重大な副作用がある。起きてくれりゃ使えなくなったかどうか聞けるんだけどさ、これが誰一人として起きないんだ。だから成功したかわかんない」
先生が説明をしている間に、美波さんがこっそりと机を迂回するようにして僕の近くに来ていた。
『こーくん……おそらく、それが向こうの処分方法です』
警戒を剥き出しにした声のすぐあと「まぁ同じことなんだけどね」先生が酷薄に笑う。
「眠ったままでも、そいつが能力が使えなくなることに変わりはない。むしろ原因不明の脳障害扱いになるから事件性もなくて面倒事にならない」
「……むしろそれが狙いなんじゃないんですか」
「いやいや、起きて欲しいとは思ってるんだよ? 貴重なデータも取れるし。まぁ成功例はないからこうなっちゃってるだけで。医療機関には申し訳ないけど」
垂らした手に触れる感触があった。美波さんが僕の手をぎゅっと握りしめている。少なからず怯えの気配が伝わる。僕も似たような心境だ。
僕らとは別世界に生きている――そう思えるほど、目の前の女性は僕らとは違う価値観を持ち合わせている。まったく理解できない。
「先生は、僕らにもその薬を打つつもりですか」
そんな人間だからこそ、僕らをこのままにしておくとは思えなかった。
監視の事実に気づき、こうして詰問している僕ら二人は組織にとって不穏分子に相当するのではないか。
(まさか自分の寿命が尽きる前にこんな危機が来るなんてな……)
笑ってしまうくらい冗談みたいな展開だが、実際に笑い飛ばすことは出来ない。心臓が高鳴り、嫌な汗で服が肌に貼り付く。
せめて美波さんだけでも守らないと……そんな焦燥感を抱いていると「早とちりしなさんな」先生が失笑した。
「さっき言わなかったっけ? 君たちはいい子の部類なんだから監視してるだけよ。ちょっとの能力使用も、別に世間を騒がせなきゃお咎めなしなんだから」
「でも、僕たちはあなたの正体に気付いてる」
「それって本当?」
先生は、まるで試すように聞き返した。
「本当に気付いた? 君たちが気付いたのは監視だけじゃない?」
なにが言いたいのかわからず眉をひそめる。
すると『そうだ……確かに私たちはなにも気付いていなかった……』隣で思考する美波さんの声が聞こえた。
『では、なぜ先生は、私たちにここまで教えてくれた……?』
美波さんが心の中で疑問を呟く。
その答えはすぐにやってきた。
「私は自ら正体を明かしたのよ。別に追い詰められてなどいないし、やろうと思えばはぐらかすことだってできた。さっきも言ったでしょう。頑張ったご褒美の答え合わせだって」
「善意で自白したと言うのですか? ……なんのために」
美波さんの訝しむ声を受けて、先生は愉快そうに笑う。
「だって可哀想じゃない。二人とも一月二十五日で死ぬっていうのに、なにも知らないまま天国に行くのは嫌でしょう?」
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