第14話 王女と僕を観察するモノ 上
心臓が痛いほどに早鐘を打っている。先生からは片時も目を離さないようにしているが、さりとて緊張が和らぐこともない。
この人がどんな行動を取るかまったく読めないのだ。警戒しすぎるということはない。
「ふーん?」先生は机に肘を乗せて頬杖をつく。
「君は心が読めるんだっけ? なのにどうして説明を求めるのかしら。私の心を読めば済む話なのに」
「そこも教えて欲しいところなんですよ」
わざわざ聞いてくるのは何かを確認するためなのか。
警戒心が跳ね上がるが、これを告げないと話が始まらない。
「なぜかあなたの心だけが読めない……どうしても」
そう言うと、先生の目尻がゆっくりと上がる。
「僕が心が読めなかったのは先生、あなただけなんです。それはあり得ないんですよ」
「へぇ」
「最初は偶然なのかと思いました。でも何度もそういうことがあって、これは異常だって気付いたんです。今まで例外はなかった」
「そうなんだ」
「普段は心を読むことでどういう人間か見極めます。先生の場合はそれができないので、関係する人たちの心を読んで支倉冬子という人間の本質を埋めていくしかなかった。そのおかげで監視されている事実を知りましたが、正直すごく驚きました。あなたという人間がますますわからなくなった」
「そりゃ難儀なことで」
先生は適当に相槌を打っている。
だが、その目は一切笑っていない。無機質な光を宿して僕を凝視している。
まるで爬虫類に眺められているような錯覚すら覚えた。
「冬子先生、もう一度問います。あなたはなぜ、僕たちを監視しているんですか」
勇気を振り絞って声に出す。先生の背後では美波さんが身構えていた。
この人は普通の教師ではない。様々な人間を動かし生徒二人を監視するような、言ってみればヤバい部類の人間だ。できたら外堀から埋めていきたかったが、監視対象が近づけば警戒されるし報告もされてしまうだろう。
だから首謀者である冬子先生本人に詰問するしかなかった。
生徒会室にわざわざ呼び出したのは、職場なので騒ぎにくいこと、人目が多い割に部外者が入ってこれないこと、そしてここが僕たちのテリトリーだからだ。録音機器を密かに設置しているので、決定的な証拠が残せる。
果たして冬子先生の目的は何なのか。
そして、僕が考えているような存在なのか。
運命を変える方法を見つけるという予定が大幅に狂ってしまったが、これを避けては進めない。
「あなたは、何者なんですか」
「……」
「なぜあなただけ心が読めないんですか」
「……」
「ディバイダーとはなんですか」
矢継ぎ早に質問を重ねる。もうはぐらかしたりはさせない。
「答えてください。さもないと」
「警察にでも突き出す?」
先生は肩の力が抜けたように笑い、部屋を見回した。
「生徒会室に呼び出したのは仲間が割り込みにくい、勤務先で騒動を起こしにくい、録音できるようあらかじめセットできる、そんな理由かな。よく考えてはいるが、止めておきなさい。通用しないから」
心臓が跳ねる。僕らの魂胆が見抜かれている。
何より、今の台詞はどういうつもりで言った。
「彼を監視している人の写真があっても、ですか」
黙っていた美波さんが口を挟む。彼女は怯んでいない。
美波さんの言うとおり、言い逃れできないようこの一ヶ月で揃えるだけの証拠は集めておいた。
先生は肩越しに彼女に振り向く。
「その通りよ、葛城。この国の保安機構なんぞいくらでも止められるの。たとえ決定的な証拠があってもね。時間の無駄だから止めておいた方がいいよ?」
美波さんは息を呑み一歩後退った。
突き付けられた事実に、というより、先生の放つ胡乱な気配に圧倒されていた。
もはや先生は、隠そうとすらしていない。
「なんなんだよ……あんたは」
「なんなんだ、はないでしょ才賀。私はお前たち生徒会の顧問じゃない」
その姿はいつもの冬子先生と何ら変わらない。
変わらないからこそ、不気味だった。
「度胸は買うけどね、気づかなきゃよかったのにって思うよ。こんな裏方を捕まえたところで君たちの望みは叶わないんだから」
「なにを、言ってるんだ」
「答え合わせだよ」
先生は項垂れるように両膝に肘をつき、感慨もなくそう言った。
「頑張ったご褒美に、君たちが欲している答えをあげる。確かに私は君たちを監視していた。物理学教師ってのも仮初めの姿。全てはディバイダーたる君たち二人を見守るための組織の命令だ」
「あっ……えっ、と……」
あまりにあっさり自白されたせいで思考がついていかない。組織ってなんだ。
「ディバイダーとは一体何なのですか」
固まる僕の代わりに美波さんが聞いてくれる。
それは監視している人間からたびたび聞こえてきた単語だ。どうも僕等を指し示す呼称のようだったが、どういう意味なのかわからなかった。
「正式名称は
美波さんは嫌悪感を示すように眉根を寄せる。「やはり私の分まで……」
監視されているのは僕、そして美波さんの二人。共通点は異能力者という正体だ。
ここから推測できるのは、監視の目的が僕らの正体に関するものということ。
ただ美波さんは能力の制限で一年間もタイムリープを使っていない。それが把握されていたということは、もっとずっと前から僕らの正体がバレていたことを示唆している。
彼女でなくとも不快感を抱いてしまう。
「では、そのディバイダーと呼ぶ私や彼を監視してどうするおつもりです。なにを企んでいるのですか」
「いやいや。私たちはただディバイダーを観察するだけだから。なにも企んでないよ?」
冬子先生が背後に向かってひらひらと手をふる。どうにも緊張感のない人だ。これも僕らを油断させるためなのだろうか。
「……さきほど、見守るための組織、という妙な言い回しをされていましたね」
「そう、文字通り見守っているのよ、あなた達をね。どういう生活をして、どういう価値観を持ち、どういう選択をしていくのか――私たちはそれが知りたいの」
まるで母親の親愛を込めているかのように、冬子先生は目を細めてそう告げた。
「知って、どうするのです」
「いい子かどうか見極める」
「いい子の定義とは」
「優等生な聞き方ね、葛城」
軽口には彼女はなにも反応しなかった。先生は肩を竦める。
「たとえば、能力と折り合いをつけ人社会に溶け込みちゃんと人間らしくいてくれるかどうか。君たちのように能力のことをバラさないのも大前提。まぁしたくてもできないんでしょうけどね。バレれば周囲に異端扱いされ、ともすれば攻撃の対象になる。優越感は抱いていたかもしれないけど、まずい事態になると理解していたから正体を隠していたんでしょう?」
まるで実際に自分の身で体験しているような理解度だった。
「でも、それは決して悪いことじゃない。むしろまっとうな人間の証明でもある。いくら超能力を持っていると言っても中身は何も変わらないわけだから。君たちみたいに素性を隠したり、能力だってひっそり使う人が大半だったよ」
(てことは、僕らの他にも能力者がいるのか)
話からそんな気がしていたが――正直なところ、雲の上を歩いているみたいな曖昧な気分だ。
僕ら以外にも能力者がいるのはまだ理解できる。しかし、その能力者のことをディバイダーと呼び観察する組織なんて、フィクション作品の話みたいで実感が沸かない。「冗談よ冗談」なんて今にも先生が笑い飛ばしそうだとすら思う。
「大半、ということは、そうでない人間もいるということですね。監視対象がいい子でなかった場合はどうするのですか」
美波さんが問う。その声はさっきよりも硬い。
僕に目を向ける冬子先生はニコリと笑った。
「殺すよ」
「――っ」
「嘘でーす」
「おい教師!」
ツッコんだ後に我に返る。ヤバい、深刻な雰囲気に水を指してしまった。自分の背負った業が恨めしい。
しかし冬子先生はケラケラと面白そうに笑う。
「あっはは、ほんといいキャラしてるね君は。葛城もとても個性的だし。というか今期の生徒会は全員面白い。見てて飽きないよ」
どういう反応をしていいかわからず黙っていると、冬子先生は涙の浮かんだ目尻を拭って話を続けた。
「まず私たちのスタンスを教えておこう。ディバイダーだって人間、人権を認め自由を保護すべきという理念が組織にはある。ただしそれは人間社会を基盤にした前提条件あっての話。我々に害をなさなければ同居させてやってもいい、と言えばわかるかな?」
僕と美波さんが同時に目を瞠る。
それは、脅し文句だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます