第30話 王女、小学生にナンパされる
(マジか……マジで、心が読めるのか……?)
証拠はないが、状況的には限りなく黒に近い。
現実に突きつけられた途端、動揺なのか困惑なのかよくわからない、焦りにも似た気持ちが溢れてくる。
自分で疑っておきながら今更に心の整理が追いつかない。
もしこの予想が真実なら、彼女も心を読めるなら、これまでの僕の心も読まれていたのだろうか。思い返してもあんなことやこんなことを読まれて――。
(ぐいやぁぁぁぁぁ! 違う違うそうじゃない言い訳させてくれぇ!)
僕は一人立ち止まって頭を抱えた。
やばい。こんなときどんな顔をすればいいかわからない。笑えばいいと思うよってそんなの開き直った変態じゃねぇか。
……いやいや待て待て落ち着け僕。まだそうと決まったわけじゃない。違う理由で誘いを断られた可能性もある。
そう例えば、急に二人きりで話そうと誘ってきた僕にドン引きして逃げたとか。キモさを我慢するあまりカタコトになったとかね!
(どっちも嫌だぁあああああああ!)
ぶんぶん頭を振った、そのとき。
公園のランニングコースから外れた場所、雑木林の中に隠れるように立つ少年が視界の端に映った。
(ん? あの子……)
彼は軍手をはめてゴミ袋を持っている。となると課外授業に参加している小学生の一人だ。どうして一人きりでいるのだろう。
気になって観察していると、彼はすすっと移動した。そのまま合流するかと思いきや、また死角になる位置に隠れて先を歩いている小学生たちを眺め始める。ゴミを拾う気配はない。一体なにをしているんだ。
美波さんは別の子の相手をして気づいていない。他のメンバーも同様だ。
仕方ない。ちょうど冷静になりたかったし、僕が声をかけよう。
音を立てないようにそっと彼に近寄る。
「あのさ」
「っ」
ビクっとした少年が振り返る。
あどけなさの残る顔には鋭い両目があった。その二つの目が僕を訝しげに捉える。
「驚かせてごめん。僕も大峰北高の生徒会メンバーだから」
警戒を解くためにそんな自己紹介をしたが、少年はやや目つきを険しくさせた。
「皆から離れすぎてるし、もっと先に行かないか? 混ざりづらいなら僕も一緒についてくからさ」
「邪魔すんな!」
少年の放った蹴りが僕のスネにヒットした。
「~~~~~っ!?」
思わずうずくまる。小学生の蹴りなので威力はそれほどでもないが、弁慶の泣き所を打たれたのがまずかった。
その間に少年は逃げるように去っていく。
「な、にすんだ、あいつ……!」
『あぶねぇあぶねぇ。見れなくなるとこだった』
脳内で声が聞こえる。蹴りを食らうほど近づかれて能力が発動していた。
声の内容からして、皆を遠巻きに眺めていたのは確定だった。
『あ、いたいた。やっぱ佐伯って女が良いな。大人っぽいし。星野ってのはおどおどしててなんか嫌だ。でも佐伯は性格キツそうなのがなぁ……一番いいのは葛城って女だけど、こいつは落とすの難しそう』
「はぁ!?」
僕は痛みも忘れて立ち上がる。
まさか女子高生三人を品定めして愉しんでいた? 小学五年生なのに?
僕を蹴った後もあのくそ坊主、もとい小生意気なお坊ちゃんは物陰に隠れ、舐めるように女子高生三人を見つめている。
これは確信犯だ。
(いまどきの小学生は色気付くのが早すぎないか。ったく)
注意するため少年を追いかけると、偶然にも同じタイミングで美波さんが少年の存在に気づき近寄り始めていた。
彼女は僕より先に少年に声をかけ始める。近づくにつれて二人の会話が聞こえてきた。
「だからさぁ、こんなのかったるくてやってられねぇの」
「そうは言っても授業ですから。我慢しましょう」
「はぁーあ。なにかご褒美でもあったら頑張れるのになぁ」
「ご褒美、ですか」
いかにもな悪ガキ発言だが、この少年はたぶん美波さんに構ってほしいだけで適当なことを言っている。現に彼はニヤニヤ笑っていた。
子どもとはいえ、下心のある相手を彼女に近づけさせたくはない。早く代わらないと。
(――いや待てよ。心の声が聞こえるならあいつの下心だってわかるはずだよな?)
彼女がどういう反応をするか別の意味で気になったとき、少年の声が耳に届いた。
「おねーさんが一日デートしてくれるってんなら頑張ってもいいぜ?」
は?
いやいやなにを言い出してるんだこのお子様は。相手にされるわけないだろまったく。
やっぱり子どもなんだなと生暖かい気持ちになりながら二人の前に到着する。
同時に、美波さんが答えた。
「いいですよ」
「はっ?」
僕が声を上げると美波さんが弾かれたように振り向く。「こ、孝明くん……!」なにか慌てたように呟いた彼女は、いきなり少年の後ろに引き下がった。その頬は微かに赤らんでいる。
え、なにその反応。
「マジで!? いいの!」
「え、ええ」
美波さんははしゃぐ少年に頷きつつ、ちらちらと僕を盗み見てくる。
彼女と僕の間にはちょうど少年が立っていて、距離を詰めようにもできない。まるで牽制されているみたいだ。
「じゃあ今週の日曜日ね! 場所は――」
「その話は後にしましょう。まずはゴミ拾いです」
美波さんは少年の腕を掴むとそそくさと歩いていってしまった。
信じられないものを目の当たりにするとは、こういうことを言うのだろうか。
***
清掃ボランティアは予定通り午前中に終わった。生徒会メンバーはテントの片付けなど撤収作業を手伝うことになっているが、小学生たちは各自解散になる。
なので僕は即座に動いた。
目当ての少年は周囲とは離れた場所で一人ぽつんと立っていた。
胡乱げに振り向いた少年は、僕の顔を見て眉をひそめる。
「なんすかお兄さん」
「お前、本気で美波さんとデートするつもりなのか」
「お前呼ばわりすんなよな。俺には足立悠って名前があるんだ」
足立という少年が挑発するように言う。
ダメだ、苛立つな僕。この少年の本気度を探るんだろ冷静になれ。
彼が本気でアプローチしているなら僕に止める権利はない。だけどイタズラ目的なら美波さんのために全力で止める。それだけだ。決して小学生相手に嫉妬しているわけではないぞ。
「あのさ、彼女は足立くんの話に合わせてあげただけって、わかるよな?」
「そんなことわざわざ言いにきたの? あんたあの姉ちゃんの彼氏?」
「…………違うけど」
「じゃあ片思いか。はは、小学生に嫉妬とかダッセー」
ぐおおおおおぶん殴りてぇええええ!
ダメだ、こいつのペースに惑わされてはいけない。僕は一歩進んで少年との距離を30センチ以内に縮めた。足立はビクリとしていたが、心配しなくても別になにもしない。
ただ少し、本心は調べさせてもらうだけだ。
その瞬間「足立くん」という聞き慣れた声が耳に届いた。
「さっきの話ですが――あっ」
こちらに近寄ってきた美波さんが、少年の肩を引いて自分に抱き寄せた。
「なにをしてるのですか?」
どこか警戒するような声音に、僕は戸惑う。その間にも『うおっやわらけぇ~いい匂いするなこの女』という足立少年のうらやまけしからん声が聞こえてくる。
「いや、その。さっきの話が気になって」
「それは二人だけの約束です。あなたは関係ありませんから」
はっきりと断言された。あの美波さんから、拒絶された。
言葉を失っていると『うわ、振られてる』少年の声が聞こえる。
それが余計にグサリと刺さった。
怒りすら沸かないほどショックを受けている自分に、ショックを受けた。
『あー、この兄ちゃんにはちょっと悪いことしちまったかなぁ……でも大学病院に行くだけだし、後で許してくれるよな?』
……病院?
足立を見る。勢いが良すぎたせいか足立は微かに驚いていた。
ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「心配ですか?」
気づいたとき、美波さんだけが僕に急接近していた。
ほとんど耳元で囁くような位置だ。
「大丈夫。一日だけ、小さな子の遊びに付き合うだけです」
『本当のデートはこーくんとだけだから』
ギシリと固まっていると、美波さんが反転した。彼女の髪の先端が優しく頬を撫でる。
そして二人は、僕を置いて離れていった。
しかし一分間の能力継続により、美波さんの声が脳内に響く。
『あれは確実にヤキモチ焼いてますね……小学生に目移りするわけないのに、こーくんたらもう。あぁでも心配してくれるの嬉しすぎますかわいいかわいい大好き』
僕はもう、どういう気持ちになればいいか、まったくわからなかった。
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