第25話 メイドな王女 上
美波さんのクラスまで来て、あれ、と思う。
教室の前には行列が出来ていた。盛況なようだが、僕にはそれが不思議だった。
(美波さんのクラス企画ってメイド喫茶だよな……?)
メイド喫茶は文化祭では定番ネタだ。あまりに定番過ぎて執事喫茶にしたり男女服装逆転したりと、工夫を凝らす方向に流れがちだったりする。
僕はスマホで、ネットにアップされた文化祭目録を確認する。メイドがテーブルごとに担当となって接客するという……うん、普通のメイド喫茶な内容だ。
列に並びながら先頭の方を覗き見る。うちの学校の生徒はもちろん、他校の制服を着た人たちも並んでいた。評判を聞いてやってきたのだろうか。
(なにがあるんだろ?)
好評の理由が気になる。うちの学校は火の取り扱い厳禁だから飲料品か菓子類しか出せないので、メニューに惹かれてではないだろう。
となるとメイドのサービスの方か。メイドが愛想良く話したり簡単なゲームをする以上に、何か楽しい仕掛けがあるとか?
それとも……僕の脳裏に美波さんのメイド服姿がほわんと浮かぶ。
(もしかして美波さん目当ての客じゃないだろうな)
学校一の美少女のメイド姿だ。接客してもらいたいと考える人はいるだろう。
でもそうなると大人気すぎて僕の相手をする暇がなくなってしまう。それは困る。むしろ他の男に甲斐甲斐しく接客する美波さんを見たくねぇ。
あまりに嫌で、僕は思わず別の可能性を模索してしまう。
(あの美波さんだしなぁ……大人気、とは限らないかも)
彼女には大変失礼だが、真顔で接客されて楽しいかどうかは、うん。本人だって自分は裏方が似合ってるのにと最後まで愚痴っていたくらいだし。
真顔で萌え萌えじゃんけんをやられたって一部の人間しか喜ばないだろうなっていうか僕の美波さんで興奮してる奴がいると考えるとクソむかつくな。
いかん取り乱しそうになった。落ち着こう。
僕は逸る気持ちを抑えながら列に従って進む。
教室が見えるようになって、ようやく合点がいった。
「お帰りなさいませご主人様! 本日の専属メイドはこちらの三人になります! どのメイドになるかはくじ次第! さぁどうぞ!」
入り口で説明する受付嬢の後ろには、言葉通り三人のメイドが居た。
ただし女子三人、とは誰も言っていない。
一人は正真正銘の可愛らしい女子だ。しかしもう一人は丸刈り坊主の爽やかな男子、もう一人は陽気そうな男子がいる。
その三人共にメイド服を着て愛想よく笑っていた。しかしメイド姿の男子からは可愛いらしさよりも威圧感を感じてしまう。
(ああ、なるほどね)
くじ次第で女子に接客されるか男子に接客されるか決まるスリル感を味わえるということか。女子一人に男子二人という比率もなかなか的確な調整だ。
お客として来ていた他校の女子生徒二人は、くすくすと控えめに笑いつつ、おっかなびっくりくじを引いた。
「はい佐藤君です! ご案内してくださーい」
指名されたのは坊主頭のメイドだった。ぎゃー!と女子二人が笑いを伴った悲鳴を上げる。
「っしゃお嬢様方こちらにお越しくださっせー!」
野球部なのか発音が体育会系の坊主頭メイドが案内を始める。女子二人は爆笑しながら男メイドについていった。
ふむ。つまりこのクラスは、単純なメイド喫茶にサプライズ企画を混ぜて話題を呼んだということか。やるなぁ。
……って感心してる場合じゃない! これ下手すると美波さんを指名するどころか、野郎に接客されるやつじゃないか。なにが悲しくてメイド服の男と一対一で会話しなけりゃいけないんだ。
(教えといてくれよぉ美波さん)
帰ろうか一瞬迷った。が、あの美波さんがずっと黙っていたというのは不自然な気がする。僕に隠していたことに理由があるかもしれない。
考え直して順番待ちをしていると、入口横にいた受付嬢が僕の顔を見て、ん?という風に小首をかしげた。そしてこそっと近寄ってくる。僕は思わず身を引いてしまう。
「君、才賀くん?」
「そう、ですけど」
「葛城さんの彼氏の」
「……はい」
「ちょ~っと待ってて!」
受付嬢は慌てた様子でバックヤードの方に駆けていく。なんだろうと考えていると声が響いた。
『来た来た王女の彼氏来たー! どうなるか楽しみだなぁくふふ!』
……なにかこう、物凄く楽しそうな声です。よからぬことを企んでいるのは間違いない。
そうして僕の順番が来ると、受付嬢は三人のメイドを引き連れて戻ってきた。
そのうちの一人に僕は目を奪われる。
紅一点の女子は美波さんだった。ちゃんとメイド服を纏っている。
黒を基調としたフリフリのメイド服とニーソックス、そして猫耳カチューシャ。完璧に着こなした美波さんは相変わらず無表情を決め込んで――いや僕にはわかる彼女はかなり恥ずかしがっている表情の変化が希薄だけど組んだ手がもじもじしているし耳がちょっと赤い……!
萌。尊。辛。死。
……おっといけない語彙力が宇宙の彼方に消えていた。時を戻そう。
しかし僕を上目遣いに見つめてくる美波さんの愛くるしさで再び死にそうになる。ぐはぁ破壊力がやべぇ。
ちなみに彼女の左右の野郎二人は視界に入れたくないので強制シャットアウト。
「お帰りなさいませご主人様! 本日の専属メイドはこちらの三人になります! どのメイドになるかはくじ次第! さぁどうぞ!」
受付嬢の言葉で現実を直視する。
まずい、ここで美波さんを当てないと彼女のサービスを受けられない。むざむざ彼女の前で野郎の手厚いサービスを受けることになる……!
生徒達の視線が僕に集まる。わざと彼氏の僕に美波さんをぶつけて、運良く引けるかどうか見届ける魂胆か。どう転んでも彼らには面白い展開だろう。ちくしょう純情を弄びやがって~。
あたふたする僕を美波さんがじーっと見つめる。
信じてます、と言いたげな目つきだった。
(……ん、もしかしてこれが狙い?)
こうなることを事前に教えなかったのは、僕が気づけるか試しているということだったら。
僕はバレないようにそっと美波さんに近寄る。
能力発動距離に入った直後、彼女の声が聞こえる。
『三番のくじです』
やっぱり準備してたな。
僕は内心で苦笑いしつつ三番のくじを引く。それを見た受付嬢は「おおっ」と微かに驚きの声を上げた。
「はい葛城さんです! ご案内してくださーい」
「こちらへどうぞご主人様」
いつもより少し声高なのは接客モードだからだろうか。
おおーっと教室から歓声が上がる。僕はホッとしつつ、彼女に連れられて席に案内されていく。バックヤードからは盛り上がる女子達の楽しそうな声が聞こえた。
完全におもちゃになってるがな。
『ごめんなさいこーくん。あなたの担当になりたくてワガママを聞いてもらったんです。えこひいきと却下されないように私を選べるかゲームしましょうと持ちかけました』
って王女の発案かーい!
『結果的にズルしちゃって皆さんには申し訳ないことをしました……でも、どうしてもこーくんのお相手したかったんですもん。私以外の子がするのも嫌だし』
あーくそ、
僕からもクラスの皆には謝罪しておこう。心の中だけど。
「……先に教えてくれなかったのは?」
席に座る音に混ぜて小さく聞く。僕の隣に立つ美波さんからは『私なりのフェアプレイのつもりでした』と答えが返ってくる。
律儀な人だ。美波さんらしさに少しほっこりした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます