第34話 譲らない王女
「しっかし全然気づかなかったな。美波さんにそんな考えがあったなんて」
『私のポーカーフェイスは筋金入りですからね』
「……自虐ネタにしてはちょっと」
「……すみません」
美波さんがスンとなる。雰囲気を変えよう。
「それにしても舵取り大変じゃなかった? 君にとっては運営がやりにくくなるメンバーっていうか」
僕にしても星野にしても適性を理由に生徒会役員に選ばれたわけではない。佐伯が指摘するように生徒会を機能させるには十分ではないメンバーが集まったことになる。あいつの心配は当たっていたわけだ。
下手をすると運営が困難になる。その要因である僕が心配するのも何だが、不安はなかったのだろうか。
『そんなことはありません』美波さんが僕の髪を撫でながら優しく言う。
『タイムリープ前のあなたやみゅーちゃんを知っていたからこそ、生徒会でも活躍していただけると思ったのです。そもそも適性がなければ別の居場所を作ってあげていました』
「星野に会計を任せても大丈夫って、信じられるくらい?」
『はい。結果はご覧の通りです』
美波さんが自慢げに胸を張る。たおやかな胸が更に強調されてちょっと目のやり場に困る。
「……すごいなぁ、君は」
『私の力ではありませんよ。私が信じたところで結果が伴わなければ意味がありません。あなたやみゅーちゃんが頑張ってくれたおかげです』
「そうじゃなくて。僕のことはまだわかるけど、星野は君と直接関係ない。それなのにリスクを背負ってまで星野を生徒会に誘った。そんなこと普通はできない」
『なにを言っているのですか。全部あなたの影響ですよ?』
わかってないな、と言いたげに美波さんが首を振る。
『事件が起きたとき、正直に言えば私は騒動を収めることしか考えていませんでした。でもあなたは彼女を救うことを考えていた。いつだってあなたは誰かのために行動できる人なんです。そんな人とお付き合いするのですから、ちょっとでも近づこうと思うのは当然です。いわばあなたの功績です』
「いやいやいや。事件を解決したのは君の能力のおかげだし、黙って星野の面倒を見ようとした君は十分に凄いよ。それこそ僕には真似できない」
『自分を貶めるようなことは言わないでくださいまし。あなたという人がいなければ私は変わろうとも思わなかったんですよ? それに真似できないと言いますけど、あなたは絶対に私と同じ、いえ私以上のことをやってのけるんです。その度に惚れ直してきたのでわかります』
「そ、そっちこそ自分の凄さは認めなよ」
『いいえ。まずはこーくんがその素敵さを自覚してください』
「美波さんから!」
『こーくんから!」
僕らは一歩も譲らずにいがみ合う。膝枕された状態で。
「……ははは」冷静に顧みると大変滑稽で、僕は思わず笑ってしまった。
『――ふふ』美波さんも心の中で笑ってくれる。
ごろりと仰向けになってみる。美波さんの眼差しは柔らかいけれど、表情筋は動いていない。
(……早く見たいな、笑うところ)
きっと、とても可愛くて可憐で、何度も見たいと思うような笑顔なのだろう。
「とりあえず二人の力を合わせた結果、ってことにしようか」
『円満な解決策ですね。賛成です』
「それで星野のことはわかったけど、次郎を誘ったことにも理由があるんだよね?」
心の声を聞いて彼に悩みがあるのは知っている。美波さんはその解決のために生徒会に誘った、あるいはタイムリープ前の問題を起こさないようにと誘ったのではないか。
『次郎さんはこーくんのお友達だったので誘いました』
「ほう」
『はい』
「……それで?」
『それだけですけど?』
つまり、僕と仲良いから選んだ、というだけになる。
解せぬ。
「あの、もう少し詳しく」
『二学期の中頃くらいでしょうか。こーくんは次郎さんと一緒にいることが多くなりました。波長が合うのかとても仲がよくて、妬けちゃうくらいでした。ちょうど庶務の席が空いていましたし、こーくんもやりやすくなるかなと思って誘ったのです』
「星野みたいな問題があったわけではない?」
『はい。次郎さんは単純に今回のメンバーの潤滑油になる方だと思って誘いました。他意はありません』
言っている意味はよくわかる。次郎のおかげで僕らはギスギスせずにやってこれた。そこは美波さんの思惑通りなのだろう。
「……ちなみに、僕らが仲良くなった理由って知ってる?」
『いいえ。気づいたらそうなっていましたけれど』
内心で首を傾げる。美波さんがいたとはいえ、僕の対人恐怖症はまだ人を寄せ付けなかったはず。友人になるには相応のキッカケが必要だ。生徒会に入っていなかったのにどこで接点があったのか。
「ほかに僕はなにか言ってた? 次郎の悩み相談を聞いていたとか」
『そういうことは特に……』
僕がお節介を焼くという可能性は有り得そうだが、美波さんが知らないのでは確かめようもない。
今のところ次郎に変調の兆しはないし、心配する必要も薄いかもしれないが、心の隅には留めておこう。
『さ、お話はこれでおしまいです。ちょうど耳かきも終わりました』
終了宣言されると途端に名残惜しさが出てくる。話が激重だったせいもあって膝枕を堪能できていない。やだやだ離れたくない。
「……タイムリープ前のこと、もう少し聞きたいな」
膝枕を続ける建前をひねり出してみる。おねだりみたいで恥ずかしいけど。
『えっ!?』美波さんが上ずった声(思考)をあげた。
『ま、前のことって、なぜ今になって……ええ、ど、どういうつもりでしょう。どうやって話せば。待って落ちついて』
「? 美波さん?」
心の声が乱れていた。目が合った美波さんがハッと息を呑む。
『あ、ご、ごめんなさい。びっくりする提案で』
「もしや僕に言えないことでもあるのかなぁ?」わざとらしくニヤリと笑って指摘してみる。
「ち、違います! ……そんなことはありません」
美波さんがムキになったように言い返してくる。しまった。冗談が過ぎたか。
「ごめん。気に障ったなら謝るよ」
「あ……いいえ、そうではなくて」
『いけない、しっかり』
深呼吸した美波さんは『わかりました』と頷く。
『なにから聞きたいのですか?』
「そうだなぁ。前の生徒会を結成したときのこととか」
『面白いかどうかは保障しませんよ?」
そう前置きをして美波さんが話し始める。口調は既に元通りで、さっきの慌てぶりはなんだったのか疑問が残るくらいだった。
その疑問も、僕の知らない生徒会という話の新鮮さですぐに薄れた。
美波さんは色々なことを語ってくれる。彼女の膝枕で横になっていると、まるで子守歌を聞かされているような心地いい気分になった。
瞼を閉じても、彼女の声が聞こえる。
****
『……ふぅ、なんとかやり過ごせました』
美波さんの声が、とても遠くから聞こえた。
『この感じだと疑っているわけではないのでしょうね……でもこーくん鋭いからな。用心しないと』
声が聞こえるのに彼女の姿が見えない。どこにいるのだろう?
『はぁ、やっぱり一月二十五日まで結構長いな。予定より早く付き合い始めたから……でもあの告白、凄く嬉しかった……思い出すとまた、泣いちゃいそう』
美波さんはなにを言ってるんだ? 内容がさっぱりわからない。
『……予定外だけど。これで良かったのよ、美波』
わからないけれど。
自分に言い聞かせるような声は、とても悲しそうだった。
『ごめんなさい、こーくん。最後までこのままでいさせてください。大好きなあなた』
胸を掻き毟りたくなるほどの焦燥感が生まれる。
今すぐ彼女を抱きしめたい。
『……あなた、なんてほんと奥さんみたいふへへへやばいドキドキしちゃいますぅ。でもいいですよねちょっとくらい? どうせこの先はそんな夢なんて――』
もがくように手を伸ばし、柔らかいものを掴む。
僕は一心不乱にそれをたぐり寄せる。
「ぇ……?」
水面に顔を出すように目を開ける。
顔面に柔らかいものが当たっていた。ドッドッドッドという小刻みなビート音が聞こえる。
なんだこれ、と手で触ってみると「ひゃぅ」色っぽい声と共に当たっているものがビクリと動いた。
彼女の声は僕の頭の上あたりから聞こえる。
……もしかして、これ。
『あ、あの……ちょっと、お胸がくすぐったい、です』
ふおおおおおおおおおおおおおおばばばばばば!?
僕は即座にその場から頭を引っこ抜いてベットの上をごろごろと転がった。
見れば正座した美波さんが顔を真っ赤にして両腕で胸を抱きしめるようにしている。
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