第23話 王女と僕らの抜き打ち検査 下

 打ち合わせ通り、僕と次郎だけで野球部の部室を調べ始める。これはプライバシーを配慮して同性だけが触ると決めていたからだ。

 あといないとは思うが、女子が触って異様に興奮する輩が混ざっているかもしれない。いないとは思うけど。露骨に残念そうな顔をしている野球部員のほうが多い気はするけど。


 しかし検査を始めても目立っておかしい箇所は見つからない。むしろこの部室は体育会系にしては珍しく小綺麗だ。道具は整理整頓されているし個人のものはロッカーに全てしまってある。模範にしていいくらいだろう。

 それでもさっきの部員の慌てぶりと、僕の動きに注がれる針のように鋭い監視の視線を考えれば、なにもないとは言い切れない。

 問題は、僕と次郎でソレが見つけられるかどうかだ。


「うーん、普通だな。変なところはないと思う」

「ほらな。時間の無駄なんだよ」


 次郎の発言を聞いて部長は口の端を吊り上げる。

 逆に顔を青ざめさせた佐伯は勢いよく僕の方を見る。ちょっと涙目になりながら物凄い剣幕で口をパクパク動かし何かを訴えかけてきた。

 気づいていないフリをしても面白そうだったが、後が怖いので一応頷いておく。


(……さて、やるか)


 僕の能力なら隠し事は簡単に見つけられる。しかもこの抜き打ち検査という状況は当事者にやましいことを連想させるので、それこそ僕は相手に近づくだけでいい。誘導尋問する手間も要らない。

 つまり抜き打ち検査の場にいる限り、否応なく他人の秘密を知ってしまう可能性が高い。だから僕は日和見案を選びたかったのだが、ここまで進んでしまったのなら仕方がない。

 とりあえず部長の隠し事は偶然を装って気づいたことにする。その後は相手の機嫌を逆なでしないよう配慮するしかない。


「ったく、生徒会長の、ええと葛城って言ったっけ? 勘違いもほどほどにしとけよ」


 すると余裕ができたらしい部長が、偉そうに笑ってそう言った。


「勘違い、ですか?」

「どうせ人気投票されただけなんだからさ、頑張って仕事しなくてもいいんだよ。誰も生徒会長に期待なんかしてねぇし」


 へぇ……彼女の前でそんなことをほざくのか。

 よろしい。配慮はなしだならば戦争だ


「なによその失礼な言い方!」

「いけません希海」

「失礼なやつはどっちだっての」


 部長は肩を竦める。その間に僕は彼に接近する。


『女ってのはどうしてこう融通効かねぇんだ、めんどくせぇ。まぁ段ボールの二重底は気づかねぇだろうし、脅して早く退出させるか』


 なるほど二重底ね。僕はすぐにスポーツ用品の入った段ボールに近づく。

 そのとき美波さんの声が響いた。


「お気遣い痛み入ります。ですが私は、どんな理由で投票されたとしても生徒会長の職務に手を抜くつもりはありません。もちろん野球部の皆さんの隠し事も見逃すつもりはありませんので」

「は? 隠し事なんてなにを根拠に――」

「孝明くん、その段ボールの中身を全部出してみてください。底が外れるはずです」

「「えっ」」


 つい今しがた段ボールを触ろうとしていた僕と部長の声が重なった。


「二重底になってる、ってことですか?」

「私の予想が正しければ」


 予想? まさか名探偵ばりに推理したとでも言うのか?

 しかし彼女の言うことは当たっている。当人がそう白状していたのだから。

 困惑を抱えたまま、僕は言われたとおりに中身を一つずつ出していく。程なくして底が見えたが、空になったというのにまだ重い。中身が残っている証拠だ。


「ま、ちょ待ってくれ!」


 部長が慌てるが既に遅い。僕は底を開け、入っていたものを取り出す。

 それは漆喰色の箱だった。中身を開けると長方形の駒がずらっと入っていた。


「麻雀牌のセット、か?」


 次郎が確認するように呟く。その通り、これは麻雀で使う牌や点棒が入った箱だ。親父とやったことがあるからよく知っている。雀卓は中央の卓にマットでも敷いて代用していたのだろう。

 部長は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。部員達の中には「あーあ」と天を仰ぐ者もいる。

 逆に生徒会のメンバーは美波さん以外、拍子抜けした表情だった。


「才賀、入ってるのそれだけ? 他にヤバそうなものは?」

「ないな」


 佐伯は眉をひそめる。実は僕も同じ心境だ。部員の落胆ぶりと内容のレベルが結びつかない。


「そ、それは監督に、佐藤先生に私物のことは……」

「報告します」


 美波さんが断言すると部長は急に飛び跳ねた。

 そのまま両手両膝を地面につけて頭を垂らす。


「すんませんっしたぁ……!」

 

 人生で初めて見る、ジャンピング土下座だった。

 部長の挙動に生徒会(美波さん以外)が驚愕すると、部員達も次々に跳ね上がった。

 そして土下座する。


「すいませんでしたぁ!」


 合唱のような謝罪の声が部室を揺るがす。

 なにこの部活ジャンピング土下座がデフォルトなの?


「さっきの暴言の数々は謝ります! 早く帰ってほしい一心だったといいますか……で、できれば見逃してもらえるとありがたいっす!」


 打って変わったしおらしい態度に、僕らは呆気にとられた。

 もちろん美波さんだけは全てを悟ったように泰然としている。


「どうしちまったんだこれ? 麻雀の持ち込みなんて普通じゃん」

「確かに部費の査定にもあまり影響しないでしょう。ですが私たちの報告書は全職員が目を通すことになります。当然、野球部顧問の佐藤先生も知るところになる」


 次郎の疑問に美波さんが答えると、部長の肩がビクリと跳ねていた。


「それはつまり、麻雀の件が顧問にバレることを恐れてるってわけ?」

「佐藤先生は心身の健康がスポーツに大事だと常日頃から仰っていますから。自堕落な態度や生活空間を嫌いますし、ギャンブルなどもってのほかでしょう」


 なるほど、野球部の部室がここまで小綺麗なのは顧問の方針だったのか。

 そんな徹底を強いる教師に、麻雀を持ち込んで遊んでいたことが知られたら。

 ……いや、この怯え具合からするとまだ弱いな。

 となると。


「もしかして先輩たち、小遣い賭けて勝負してました?」


「そこまではしてない!」がばっと部長が顔を上げる。


「せいぜい昼飯を賭けるくらいだから!」

「賭博罪に問われないケースのことを仰っているのかもしれませんが、それでも賭け事をしていた事実は変わりません」


 美波さんの冷静な言葉に、部長はぐうの音も出ないようだった。


「まぁまぁそれは残念でしたわねぇ。美波の慧眼に感服しながら反省してくださぁい」


 急に令嬢口調になった佐伯がおほほほと口に手を当てて勝ち誇る。

 敗者に石を投げる行為はやめてさしあげろ。

 すると美波さんは僕を見た。正確には僕が持っている麻雀セットを、だ。


「孝明くん、その麻雀道具は部長さんに返してあげて」

「「は?」」


 佐伯と部長の困惑の声が重なる。僕も思わず聞き返した。


「返すんですか? 没収じゃなくて?」

「はい。私物ですので持って帰ってもらうのがよいかと」

「でも賭け麻雀のことは書くのよね、美波?」

「いいえ」


 全員の頭の上にはてなマークが浮かぶようだった。


「私物の持ち込みが一点だけあったとは書きます」

「待ちなさいよ! 賭け麻雀は問題でしょ!?」

「生徒会の仕事は部室や備品を適正に使っているかどうかの検査です。


 僕は唖然とした。どんな屁理屈だそれは。

 けれど――


「……はは、確かに。美波さんの言うとおりだ」


 気付けば僕は笑っていた。次郎も釣られるように笑う。佐伯と星野は目を丸くしていた。


「じゃあ、黙っておいてくれるのか?」


 すっかり弱気になってしまった部長がおずおずと訪ねる。美波さんはこくりと頷いた。


「ただし二度とこういうものを持ち込まないでください。次はバレても責任は持ちません」

「わかってる、もう絶対にしねぇ……! 恩に着るよ生徒会長!」


 僕が麻雀を返すと、部長は何度も頭を下げた。

『うぉぉぉ死ぬかと思ったぁぁぁぁ! 生徒会長がこいつで助かった……!』などと都合の良い声が聞こえてくる。


「良かったですね、今期の生徒会長が彼女で」


 皮肉を返してやると、部長は苦笑いを浮かべ黙り込んでいた。

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