第24話 佐伯の理想の王女 上

 待ち合わせスポットにもなっている駅広場に着いたとき、腕時計の針は午前八時を指していた。時間が早いためか、人がまばらにいるだけだ。

 なので、待ち合わせ相手である佐伯希海の姿はすぐに見つかった。


「お、お待たせしました」


 僕がおっかなびっくり話しかけると、スマホを見ていた佐伯が振り向く。

 彼女はタイトなスカートに薄手のパーカー、キャップを目深に被るという私服姿だった。なんとなく、佐伯らしい格好だと感じた。


「なんで敬語なの」

「癖、かな」


 苦笑いしながら答えると佐伯がじろじろと僕の全身を観察してくる。今日の僕はジンズにTシャツという超ラフな格好だ。お洒落な佐伯からしたら変に見えるのかもしれない。


「そういやあんた、初対面から美波にだけは敬語よね。最近は変わってきたけど」


 服装に言及するかと思いきや、まったく別のことを聞かれる。

 佐伯の言う通り、美波さんに対して敬語を使う頻度はめっきり減った。恋人になっても敬語のままなのはどうかと考えて意図的に変えたのだが、気取られていたらしい。


「なんで美波だけ?」

「あー、その。彼女は凄い人だからさ。あんまり同級生って感じがしなかったっていうか、最初は気圧されてたんだよ」

「あたしは凄いと思われてなかったわけね」

「そこ対抗するか普通?」

「べっつにー。言ってみたかっただけ。まぁ美波だし、別次元なのはわかるけど」

「そうだろ。むしろ近づきやすさはお前の方が上だったくらいだ」

「あ、そ、そーなんだ」


 ふいと横を向いた佐伯は急に前髪をいじり始める。よくわからない態度だ。

 と、その横顔を眺めて気づく。もしかしてこいつ、薄らと化粧してないか?

 眉毛も目元も唇も、あからさまではないが丁寧に仕上げられている。姉の化粧前と化粧後を見てきた僕にはどれくらい手がかかっているかもわかった。


(八時待ち合わせだから、それより前に起きてばっちりメイクしてきた、ってことになるよな)


 まるでデートのために頑張ってきた女の子みたいだ。

 ……いやいや、相手が僕でも外行きの化粧くらいはするだろう。


「じゃあ、移動しよっか。時間ないんでしょ」

「う、うん。悪いな、昼までで」

「別にいいわよ。予定があったのにわざわざねじ込んでもらったのあたしの方だから」


 今日と明日は美波さんとの勉強会が入っている。そこに佐伯から土曜日に時間がほしいと申し込まれたので、美波さんには勉強会を昼以降にずらしてもらって、午前中に佐伯との時間を作った。

 相談は他の日にしても良かったのだけど、佐伯が改まって連絡をよこすなんてよほど切羽詰まった状況なのかと心配になったし、僕も相談内容が気になって仕方がなかった。


「で、どこにする? 場所の候補があるならついてくけど」

「特にない」


 そう言うと、佐伯は冷ややかな視線を送って呆れたように首を振る。


「あんたね、女の子とデートするときはそんな間抜けなこと言うんじゃないわよ? 普通は下調べしておくもんだから」

「だってこれデートじゃないだろ」


「……そうだけど」佐伯はムッとしたように返してくる。


「一応、話が長くなるかもだし、休日だし。そこんとこ考慮して店を選んでくれてたら助かるなって、そう思っただけよ」

「僕に相談を持ちかけたの佐伯だよな?」

「ええそうですよそうなんですけど! 男の子と一緒にどこか行くの初めてだし、どうするのかなーって気になって……」


 最後は尻すぼみになって消えていく。もじもじしているその態度の由来がよくわからないが、要はあれか、男がエスコートすべきよ!論理か。

 挨拶運動のときも似たようなことを言っていたし、割と古風な価値観があるなこいつは。


「しょうがない……じゃあカラオケ」

「なに密室に行こうとしてんのよ!」

「内緒話したいんだろーが!」

「カ、カラオケはデートで行くものだし?」


 別にそうとも限らないと思うのだけど。こだわりが面倒くさいなぁもう。


「ならカフェとかは」

「うん、それなら」


 佐伯が納得したので僕らはカフェを目指して二人で歩く。

 しかしそこからが前途多難の道のりだった。

 駅ビル内のカフェは「学校の生徒に見られる可能性が高い」と却下。

 それではと少し離れたアーケード商店街で見つけたカフェは「オシャレ度高いしカップルと誤解される」と却下。

 もういっそ飯屋でいいじゃねーかと言ったら「デリカシーないのあんたは!」と怒られる。


(こいつは僕に悪いと思っているんだろうか?)


 このままだと謝ってくれた分が帳消しになるぞ佐伯よ。

 辟易しかけていたころ、クラシックな外装の喫茶店が視界に入った。

 奇しくもそこは足立少年の件で緊急的に使った場所で、僕が美波さんにうっかり告白をしてしまった店でもあった。

 存在を忘れていたわけではないが、なんとなく僕の中で特別な場所になっていて、軽々しく使う気になれなかった店だ。

 と言っても他に適当な店はない。これ以上進んでも住宅街に入ってしまう。

「……あそこはどう」仕方なく指さすと「いいじゃない雰囲気あって」佐伯は満足げに頷いた。

 僕はふうと息を吐いて店に入る。前回のように客がまばらだ。ウェイターも暇そうだし、経営大丈夫なのかなこの店。


「あそこ、周りに人がいないわね」


 佐伯が率先して窓際の席に着く。僕は歩きながら横目でカウンターを確認する。美味しそうにパフェを食べる足立少年の姿が幻視できるようだった。


(元気にしてるかな、あいつ)


 幼馴染がいなくなって時間も経っている。今度、様子を見に行ってもいいかもしれない。

 佐伯の対面の席に着く。彼女はメニューを広げていた。


「朝ご飯まだなのよね。頼んでもいい?」

「どうぞ」

「あんたは?」

「僕は食ってきた。コーヒーだけ頼む」

「ブラック派?」

「砂糖だけ入れる派」

「あたしと一緒かぁ」

「嫌がられたと受けとればいいんだな?」

「よくわかってんじゃん」


 くすくすと笑った佐伯はウエイターに注文し、その後もとりとめのない会話を続けた。朝食に頼んだパンケーキが運ばれてきた後も、生徒会の仕事の話ばかりで本題に入る気配がない。

 僕はコーヒーをちびちび飲みつつ相手をしていたが、時間のことが頭の隅にちらついた。

「そろそろいいだろ」仕方なく僕から切り出すと、佐伯のフォークを持つ手がピタリと止まる。


「相談って、なに?」


 佐伯はうつむき気味のまま、そっとフォークを置いた。


「あんたさ、美波と仲いいわよね」


 ビクッと肩が跳ねてしまう。

 まさか話というのは、僕と美波さんの関係のことなのか?


「仲、いいかな?」


 内心緊張しつつ、とぼけたように聞いてみる。


「うん。あの子と気安い関係にあるっていうか、割と遠慮なくツッコんでるし」


 それは僕の悲しい性のせいであって遠慮していないわけではないのだが、今は置いておこう。


「だからさ、その。聞いてみたくて」


 ――あんた達って付き合ってんの?

 開いた口からそんな言葉が飛び出してくる気がして、僕はぐっと身構えた。


「美波ってさ、あたしのことどう言ってる?」




※※※長くなったので今週は水、木、金の3回更新です※※※

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