第16話 お見通しの王女

 たじろぐ僕を保護者たちが物珍しそうに見ていく。色んな意味で凹む。


「本当のことを教えてください」


 美波さんは語気を強める。

 たぶん彼女に下手な誤魔化しは効かない。すぐに見破られる。

 僕は数秒ほど躊躇ったが、結局は折れた。


「……僕だけ甘やかされるのは違うと思うんだ。いくら美波さんが許してくれても、皆が大変なときに自分だけ楽してるのは嫌だから」


 美波さんが静かに瞬きをする。

 心の声が聞こえてきた。


『はぁ、そんなことだろうと思いました。せっかく撮影係にして人から離れてもらったのに』

「えっ」

「え、とはなんですか」


 僕は慌てて「なんでもない」と首を振る。

 撮影係への任命はやや唐突感があったが、それは美波さんなりに僕の体調を考えてくれた配慮のようだった。

 なのに僕は彼女の気持ちを無視していた。怒られて当然だ。


「孝明くんは誤解しています。あなたを甘やかしているわけでも楽をさせているわけでもありません。無理をしないで、と言ってるのです。入学式のときのように気分が悪くなられても困りますから」


 軽い衝撃を受ける。僕は改めて美波さんの顔をまじまじと見つめた。


「知ってたんですか」

「生徒会メンバーになる方のことはお調べしたと言いました」


 そういえばそうだった。何もかもお見通しというわけか。

 僕はため息を吐き、首の後ろを掻く。気遣ってくれているのに意地を張るわけにもいかないし、まさに気分が悪くなっていたので彼女の言い分は正しい。


「ごめん、勝手なことをして。今すぐ撮影の位置にいくよ」

「よろしい」


 美波さんは腰に手を当ててふんと鼻息を吐く。小さな身体でぷりぷりしているのが逆に可愛らしい。


「それと孝明くん、今後は私の指示にないことをしないと約束してください」

「え、それは困る」

「困る? どうして」


 美波さんの目つきがまた剣呑になる。僕はすぐに釈明した。


「メンバーのヘルプとか思いついたことを試したいとか、そういう自由さはあったほうがいいと思うんだ。美波さんのやり方にケチをつけたいわけじゃなくて、その、言われたことをするだけだとつまらないし?」


 彼女は無言で僕を見つめてくる。能力は切れているのでもう何を考えているのかは読み取れない。

 果たして彼女は、僕のもう一つの考えまで見透かしているだろうか?

 ――トラウマを克服したいがための行動であるということを。

 ややあって美波さんは「いいでしょう」と頷いた。


「もちろんあなたの自主性は尊重します。ですのでまずは相談してください。ごく稀に了承します」

「それしないと言ってるようなものでは? ちなみにごく稀ってどのくらいですか」

「年末宝くじの一等前後賞が当たるくらい」

「0.00001%じゃねぇか! もっと確率を上げてくれ!」

「ではSSRが当たるくらいにします」

「なぜ急にガチャで例えた」


 ボキャブラリーがバグってないか。

 しかしレアキャラが当たるくらいだと0.2%程度にはなるな。一等前後賞よりは破格に上がっているので一応譲歩はしている、のか?

 なにか美波さんの術中にハマっている気がしないでもない。


「はぁ。とりあえず、できるだけ前向きにお願いします」

「善処します」

「ていうか美波さんもゲームとかするんですね」

「なにを言っているのですか。教えたのはあな――」


 そこで美波さんは言葉を切った。急に背を向けて「では後ほど」素っ気なく言うと、そそくさと生徒会長の席へと戻っていく。

 今のは何だったのだろう。よくわからないが、こちらからの行動を絶対に止めるわけではない、という言質は取れた。

 超過保護な彼女がすんなり許すとは思えないけど、これで色々試せるだろう。


 ***


 入学式は滞りなく進み、在校生代表の挨拶になった。壇上に美波さんが登っていく。彼女は背筋を伸ばし、しっかりとした足取りでマイクの前に立った。

 一礼し、ゆっくりと喋り始める。


「桜の雨も降り止み、葉桜が萌えいづる季節となりました。新入生の皆さん、このたびはご入学おめでとうございます。在校生を代表して歓迎の言葉を述べさせて頂きます」


 体育館に声が響く。大勢の新入生を前にしても顔色一つ変えない凛とした態度とその美貌、そして聞く人を惚れ惚れさせるような淀みのない美声が、当然のように皆の耳目を集める。


(ほんと凄いな……君は)


 美波さんにカメラを向けながら、僕は改めて彼女の非凡さを痛感していた。

 祝辞はありふれた内容だ。それでも彼女が読むだけで人を惹き付ける。練習の場ですら僕らは何度も彼女に見惚れてしまった。

 中身はちょい変態で天然で超過保護という癖の強い部分が幾つもあるけど、その才能は誰もが認めるほど秀でている。彼女の価値は誰よりも高く、きっと今後も多くの人を魅了していくのだろう。


 その事実は僕を不安にさせた。

 美波さんが僕を好きでいることは、彼女の時間を無駄にしていることと同じじゃないかと思えた。

 僕が彼女の時間を独り占めにしなければ、もっと有意義な人間関係を築けるかもしれない。もっと大事なものを見つけられるかもしれない。

 祝辞の練習に付き合う間、ずっとそんなことばかり考えていた。

 シャッターボタンを押しながら体育館の隅を移動し、彼女を真正面から撮れる位置にくる。

 そのとき、ファインダー越しに美波さんと目が合った気がした。

 僕はカメラを下ろして、祝辞を読む彼女を眺める。


(最初は、好きになった理由を知るために入ったけど……それとは別に、居続ける理由ができちまったな)


 不安になって、どうするか考えて。

 結局のところ、僕が変わるしかないのだという結論に至った。

 惚れられた理由は未だわからないが、きっと彼女の気持ちはそう安々と変わらない。僕を強引に生徒会へ勧誘したり、計画とやらを虎視眈々と練るくらい常人とは考えもメンタルも違いすぎる人だ。

 たぶん、僕がいくらヘマをしても庇おうとしてくれる。味方になってくれる。

 そんなことが続けば、佐伯がえこ贔屓と断じたように、他の人間からも顰蹙を買う。生徒会の評判も落ちていく。美波さんへの落胆が広がる。

 考えるだけでもおぞましい未来。

 そんなものは来させやしない。

 僕のトラウマのせいで彼女の生徒会が汚れるなんて、大切な時間が無駄になるなんて、あってはいけないんだ。


 当初の目的通り、美波さんの抱えた謎や僕を好きになった理由をなんとしても聞き出すつもりでいる。

 でもそれとは別に、書記の仕事は責任を持ってやり遂げる。

 どんな真相が待っていようと、彼女のために力を尽くす。

 僕は壇上に立つ彼女を前に、そう誓った。 

 祝辞が終わり、万雷の拍手が向けられる。

 笑わない王女はやっぱり、笑わなかった。 

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