はるか彼方の地
工房に出向いたことでいい収穫が得られた。
リカルドから受け取った優れた装備は大事に扱うようにしよう。
装備が揃ったところで行き先を決めなければと思ったものの、なかなか決断ができなかった。
さらに数日が経ち、下見を兼ねた冒険をするために空を飛んでいた。
いつもは近い距離で引き返していたが、もう少し距離を伸ばそうと飛行を続けた。
眼下に見える景色が目新しいもの変わっていき、そのまま高度を上げていった。
「上がれば上がるほど空気が冷えてくるな」
徐々に風が強まり、制御が難しくなりそうだったので、そろそろ引き返そうと思ったその時だった。
背中を押す風が勢いを増して、身体が紙のように軽々と吹き飛ばされた。
「まずい! 上手くコントロールできない――」
俺は追い風に乗ったまま、どこまでも流されてしまった。
「……ここは?」
強風に煽られたまま着陸できず、かなりの距離を移動する羽目になった。
風が弱まったところで地面に下りると見慣れない場所だった。
どこかの森のようで近くにせせらぎの流れる沢が目に入った。
吹き抜けるそよ風に乗って、緑のさわやかな香りが漂ってくる。
とりあえず、周りを確認した感じでは危険はないようだ。
大森林のように猛獣が生息する森だったり、カルマンのように過激な人間がいたりすることもあるので、無警戒では命がいくつあっても足りない。
ここにいてもどうにもならないし、まずは移動することにしよう。
さらに遠くまで流されるのはご免なので、風魔術を使うことはやめておくことにした。
俺は着陸したところから歩き始めた。
日常的に通る人がいるようで、踏み固められた道を辿ることにした。
道の脇に生える木々の隙間から日光が差しこんでいる。
さほど深い森ではないようなので、どこかから出られるだろう。
ただ、見知らぬ土地で天気が崩れるのは厳しい。
まずは晴れているうちに森を抜けてしまおう。
道沿いを歩き続けると開けた場所に出た。
前方には平野が広がり、その先に小規模な村があった。
情報が不足しているので、まずはあそこへ行って情報収集をしよう。
とりあえず、今の装備品は……
・リカルドにもらった護身用の剣
・ミスリルの胸あて
・驚くほど軽い金属の鎖かたびら
――こんなところだろう。
中に着ている服やズボンは日本から持ちこんだ物で、足元には運動用の靴を履いている。この靴ならスニーカーよりは足場が悪くても平気なはずだ。
森を抜けて周囲を確認しながら道沿いに歩き続けた。
移動中に気になる出来事もなく、目的地の村に着いた。
「……うーん、これは何だか」
ところどころ傷みのある平屋の民家が何軒か建っていた。
その外観から精巧な造りには見えず、粗く木材を切って組んだだけのようだ。
ウィリデと比べてしまうと、お世辞にも裕福ではないような印象を受ける。
「――あ、あの、この村に何か用ですか?」
若そうな声に振り返ると、やせ細った少年がこちらを怯えた様子で見ていた。
こちらの視線が向いた瞬間、彼は怯えるように目を伏せた。
「いや、用はあるような無いような……。とりあえず、ここはどこかな?」
「……ここですか? ここはアルヒです。アルヒ村」
「アルヒ? なるほど、知らない地名だ」
少年の容姿はウィリデでよく見かける金髪ではなく茶色に近い。
それに辺りにある民家は、見かけたことがない雰囲気だ。
「えーと、他に村の人はいないの?」
「……大人たちは、農場へ働かされに」
「んっ、強制的にってこと?」
意味は分かったものの、聞き返したくなるような情報だった。
少年の答えを待っていると、どこからか人の気配が近づいてきた。
「――おら、とっとと歩け」
人の声とは思えないような耳障りな響きだった。
声の後に複数の人間の足音が聞こえてきた。
「あっ、いけない! お兄さん、こっちへ」
少年に促されて反射的についていった。
彼と二人で物陰に隠れて振り返ると、声の主を目撃してしまった。
「……えっ、何あれ?」
ハロウィンの仮想に本気を出したような姿のやつが立っている。
人型のブタ、あるいはイノシシ。
ひどい悪ふざけに思えてしまう。
くぐもったような変な声も着ぐるみを着ているせいなのかもしれない。
「よくできてるなー。ちょっと話しかけてみよう」
「――ダメです。大人はみんな農場で働かされるから、お兄さんも同じになるよ」
「……えっ、何それ?」
二度目の説明で、強制労働みたいな言葉の意味が理解できた。
おそらく、あの悪趣味なやつが労働を強いているということか。
「オッケー。そこはお兄さんに任せなさい」
「いやいや、ダメに決まってるでしょう」
「――はっ?」
背中から誰かに肩を掴まれた。
魔術でイノブタもどきを懲らしめるつもりだったのに。
「あなたが騒ぎを起こせば、村の人たちが迷惑を被(こうむ)ります。自重してください」
「わかった、わかったから離してもらえるかな?」
「頼みますよ」
振り返ると、こちらを掴んでいたのは細身で鋭い目をした人物だった。
髪を一本に結っており、革製にと思しき茶色の衣服を上下に身につけている。
そのまま待っていると奇妙なやつは去っていき、少年と謎の人物の緊張が緩んだように感じた。
「監視役のモンスターが去ったので、出ても大丈夫ですよ」
「……モンスター?」
「おやっ、あなたは旅の人のようですが、どうも話が噛み合いませんね」
こちらで話しましょうと、俺は一軒の民家に案内された。
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