成長したカナタ

 エルネスと歩きながら、魔術を使うのは久しぶりであることを思い出した。

 オオコウモリとの戦いでマナの上限が上がっているならありがたいことだが、こればかりは実際に試してみないと分からない。


 城壁の外につながる門を通過して、近くに森があるところに到着した。

 以前は座って様子を見ていたエルネスだが、今回はこちらと向かい合うようにして行おうとしている。


「治療が終わってから魔術を発動していませんか?」

「いえ、クラウスの許可があっても、なかなかその勇気が出ませんでした」

「分かりました。まずは低い出力から試していきましょう」

 

 エルネスは小さく頷いて、魔術を発動するように促した。

 こちらもそれに応じるように構えに入る。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 感覚に集中したところで今までとは異なる手応えに気づいた。

 マナの流れが今までよりも大きく感じられるようになり、その感覚を繊細に感じやすくなっている。


 これなら出力の調整も容易に行えそうな気がした。

 

 ――右手をかざして意識を集中させる。


 掌の先でかろうじて可視化できる程度の火を発現させた。


「これはすごい! やはり身を削っただけの価値がありましたね」

「ええ、まあ、そうですね……」


 エルネスが自分のことのように喜んでくれるのは嬉しかった。

 俺は満足いく手応えを感じながらも、どれだけ出力を上げられるかに意識が向いていた。


「それでは、少しずつ強くしてみましょう。こちらで防御するので発現した後はそのまま狙ってください」


 エルネスの指示に従い、今度は火の玉を飛ばすように調整することにした。


 右手の先に指先で掴めるサイズの火球を発現した。

 それをそのままエルネスの方へ飛ばす。


「――うん、お見事。マナに問題なければ次にいってみましょう」


 彼は余裕をもって防御した。


 今度はさらに出力を上げて、片手で握れるほどの大きさに決めた。

 かざした掌の先に炎をまとった球体が浮かび上がる。


 これを防御できるか一瞬迷ったが、エルネスを信じる気持ちの方がはるかに大きかった。そのまま彼に向けて火球を放った。


 それは勢いを保ったまま飛んでいったものの、彼の正面で見えない壁にぶつかったようなかたちで消失した。


「うんうん、素晴らしいですね。身体は大丈夫ですか? 問題なければもう少し出力を上げて試してみましょう」


 エルネスの言葉に頷き、次の準備に入る。

 今までならこの辺りで息切れするようになっていたはずだ。

 

 ――しかし、今回はそうなってはいない。


 すでに十分な成果を得た気がするものの、より強力な魔術を発現してみたいという欲のような感情が芽生えていた。前方ではエルネスが名キャッチャーのように確信めいた表情で待ち構えている。

 

 十分に余裕があるとはいえ、これまでのことがある。

 俺はもう一度集中力を高めることにした。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 今この瞬間、しっかりと手綱を握れているような安心感がある。

 これなら、あの時と同じだけの魔術を発動してもいけるはずだ。


 右手をかざして出力を上げる。

 掌一杯に広がるような大きな火の玉が発現した。


 エルネスの方を確認して、十二分に狙いを定める。

 これが見当違いな方向へ飛べば事故になりかねない。


 俺は息を整えて火球を放出した。

 それはまるで炎の弾丸のようにエルネスへ飛んでいった。


「――はっ!」 


 彼は短い声を上げて右手をかかげた。


 今度の一撃も見えない壁にぶつかるようにして消失した。

 目立つ技術ではなくとも、エルネスの防御魔術は高度なものだとわかる。

 こちらが全力で魔術をぶつけたとしても、決して破れることなないだろう。


「ここまで可能なら、あとは修練あるのみです。だいぶ威力が出せましたが、身体に違和感はありませんか?」


 エルネスはこちらに歩いてきて、気づかうようにいった。


「全然大丈夫ですね。オオコウモリの時はさっきのを出した時点でバテました」

「経験が浅いうちにあれだけの魔術は危険が伴います。そのような状況に追いこんでしまったのは心苦しく思います」

「いやいや、気にしないでくださいって。洞窟の一件でだいぶ成長したような気がしてますから」

 

 それは心の底から思っている。

 二度と経験したくないことではあるが、成長の糧になったことは間違いない。

 

「……そうですか。今回試した感じで大丈夫なら、少しずつ出力を上げられるようになります。一人で危険に遭わないかぎりは魔術を連発することはないと思うので、今の実力で大森林に行っても問題ないはずです」


 それを聞いて何だか安心した。

 選択肢が増えるのはいいことだ。


「ほ、本当ですか!? この調子でがんばります」

「今回はこの辺にして戻りましょう。病み上がりで魔術を使いすぎるのは身体に負担がかかりますから。あと、僕の方はまだ仕事が残っています」


 そういうわけで、俺とエルネスは修練を切り上げることにした。 

 

 彼とは魔術組合のところまで移動してそこで別れた。

 別れ際、大森林に出発するまでは同じように修練をしようと話していた。

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