いざ魔王のもとへ

 シモンの一撃で魔人は地面に倒れこんだ。


 彼の攻撃が決定打になったようで、魔人はそのまま動かなかった。


「ふぅー、なかなか手強い相手でした」

「……サスケの話は本当だったというのか」


 シモンは額の汗を拭うような動作をしながら戻ってきた。

 そんな彼をオーウェンが神妙な面持ちで出迎えた。


 俺はシモンが常人離れした力を持っていることは知っていたので、驚きはそこまで大きくなかった。しかし、サスケの言葉を聞いたオーウェンは訝しんでもおかしくないだろう。


 ところが、リュートやエレンの反応は異なっていた。


「何を今更。オレたちだけで魔王を倒すしかないんだ」

「リュートの言う通りだと思います。彼が味方であることは間違いない」


 二人はシモンを好意的に見ているようだった。


「いやー、槍使いの二人は優しいですね。オーウェンが疑いたくなる気持ちも分からなくはないですよ」

「シモンは悪くないだろ。サスケは魔王に操られていたわけだし」

「肩を持ってくれるのはありがたいですけど、一つ説明をしておきます」


 シモンは珍しく畏まったトーンで話を始めた。


「魔王がどんな存在かは知らないですけど、おれの能力と魔人と呼ばれてる連中の能力は似ています。力の源が近いというか何というか……」


 彼は少し話しづらそうな様子だった。


「シモン、疑ってすまなかった。魔王との決戦間近で仲間割れはしたくない」

「そうですか、そういってもらえると助かります」


 オーウェンは丁寧な態度でシモンに謝罪した。

 当のシモンはいつものフランクな雰囲気に戻っている。


「やれやれ、どうなることかと思ったぜ」

「誤解が解けたようでよかったです」


 リュートとエレンは胸を撫で下ろすように安心した様子を見せた。


「さあ、魔王のところへ向かおう。これだけ守りが固めてあったのだから、やつの居場所はそう遠くないだろう」


 オーウェンが気を取り直すように声を上げた。


 俺たちは再び列になって進み始めた。


 幅の広い通路の左右には、モンスターの軍団が飛び出してきた扉が開いたままになっていた。中を覗いてみようとは思わないが、何か飛び出してこないか気にかかった。


 それは仲間たちも同じようで、皆一様に鋭い視線で扉を見ていた。


 これまでとは雰囲気が違い、いよいよ魔王に近づいているという実感があった。


 俺たちは魔王討伐に来た勇者一行というわけではない。

 ゲームの中ならシナリオ通りに進めば、無事に帰ることができる。


 しかし、これは異世界にやってきた俺のリアルだ。

 約束された勝利などない。


 皆で力を合わせて戦い抜くしかないのだ。


 そんなことを考えていると、今までの出来事が浮かんできた。


 最初は魔術を使いこなせず、マナ焼けで痛い目を見ることもあった。

 それから、フォンスやカルマンで戦いに巻きこまれたりもした。


 ただのサラリーマンだった俺にしてはよくやった方じゃないか。


 そう思うと、自然と勇気が湧いてくるような気がした。



 モンスターの襲撃に注意しながら進んだので、思ったよりも時間がかかった。

 幅の広い通路の突き当りに、いかにもな扉が控えていた。


「……なあ、これって人力で開くのか」

「どうやって開けるんでしょう」


 槍使いたちは高さ十メートル以上はありそうな巨大な扉に戸惑っていた。

 俺は魔術を使えば、力ずくで吹き飛ばせそうだと考えた。


 オーウェンとシモンまで考えこんだところで、ふいに巨大な扉が動き始めた。

 扉が大きすぎるため、地響きのような振動が伝わってくる。


 やがて、左右に開き切ると扉は静止した。


 俺は仲間たちと共に恐る恐る扉の向こうへ足を運んだ。


 少し進むと、視線の先に深紅の玉座に腰かける人影が見えた。


 あえて口にしなくとも明らかだった。

 それは圧倒的な存在感を放ち、先へ進むことを躊躇させた。


 白銀の長く伸びた髪と闇に溶けそうな黒い肩当てと鎧。

 名乗りを聞くまでもなく、そこにいるのは魔王だと判断した。


「……オーウェン、どうする」

「出方を見たいところだが、先手を打たれるリスクは避けたい」

「まずはおれが行きましょう」


 シモンが率先して前へ出た。

 

「明らかに危険だ。用心して近づいてくれ」

「ええ、大丈夫です」


 シモンはオーウェンと言葉を交わして、魔王に近づいて行った。

 きっと、彼でなければ近づくことすらままならないだろう。


 玉座の魔王は微動だにしなかった。

 長い前髪でどこを見ているのか分からない。

 

 さすがのシモンも容易には近づけないようで、かなり慎重になっている。


 やがて、彼が魔王から十メートル以内の距離に近づいたところで、マナの反応がした。


「――シモン、魔術が来る!」

「はいよ! ここはお任せあれ」   


 さすがにシモンは異変に気がついたようだ。


 彼の周りの空間が歪んだかと思うと、鋭い氷柱が無数に降り注いだ。


 シモンは人間離れした跳躍力で地面を蹴り、高いジャンプで魔術を回避した。


 モンスターの王だけあって、その力は尋常ではないようだ。

 俺の魔術で真っ向勝負を挑んだとして勝てる可能性は低いだろう。


 シモン一人でも勝てるか分からない。

 ここは作戦を練るべきなのかもしれない。

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