戦いが残したもの
俺は町の中にある水場で顔や頭の汗を流した。
肌を流れていく冷たい水が爽快感を与えてくれた。
「はぁ、すっきりした……」
先ほどまで戦後処理のための作業をしていて、ずいぶん汗をかいていた。
近くには俺と同じように汗を流す人たちが何人かいる。
荷物からタオルを取り出して顔を拭く。
今は自由時間みたいなものなので、休んでいても咎められることはない。
俺は休憩しながら、作業中の出来事を思い返した。
戦いで建物が破壊されることはなく、住民が巻きこまれた痕跡はなかった。
負傷者や戦死者の多くはカルマン兵で、あちらこちらに遺体が転がっていた。
あまり気乗りはしなかったが、クルトたちの部隊が戦後処理を始めることになったので、俺たちも手伝うことにした。この先の行動は一緒なので、別行動を取るわけにもいかない。
それから、クルトの指示で二人一組で遺体を運ぶことになった。
俺はエルネスとペアになり、治癒魔術要員にクリスタとヘルマンが申し出た。
エルネスも治癒魔術は使えるが、消耗が激しいので控えるという話だった。
バラバラに動くと手負いの兵士に襲われる危険があるため、まとまった人数で順番に遺体を運ばなければならない。
死んだふりをしていないか確かめるということで、クルトやシモンたちが手早く確認していった。そして、安全な箇所から運び出すという流れだった。
この町の住民がいれば手伝ってもらえるはずだが、彼らは避難して不在だった。
そんな状況では、自分たちでやるしかなかった。
「成り行きとはいえ、大変な手伝いを引き受けてしまいましたね」
「ええ、僕も人間の死体には慣れていないので気が進みません」
珍しくエルネスが弱音を吐いた。
そもそも、遺体に慣れているやつがいたら、それはそれで怖ろしい。
俺たちは、フォンスの兵と一緒に確認が終わった遺体を運び始めた。
「――せーの」
俺が足の方を持ち、エルネスが肩の方に手を入れて持ち上げた。
死んだ人間は重くなるというが、たしかにかなり重かった。
力持ちのエルネスとペアでなければ、大柄なカルマン兵を持ち上げるのはむずかしいだろう。
俺たちは足元に注意しながら、一箇所に集められたところに遺体を積み重ねた。
ひどい気分だったが、空気が比較的乾燥していて涼しい点は幸いだった。
日本の夏のような天候だったら、遺体がどんどん傷んでいって、悪臭が漂い、虫が飛び回る地獄絵図が展開されていただろう。
フォンスの兵士たちは、クルトに助力するだけあって誠実そうな人たちだった。
一言も文句をこぼさずに、淡々と遺体を運んでいた。
「クルト、よく仲間が集まりましたね」
俺は次の作業場所へ移動するタイミングで、クルトに声をかけた。
「ああっ、何とか内通者の件を信じてくれる騎士や兵士に頼んで来てもらった。君も見ていたと思うが、いくらシモンが強くても二人だけではどうにもならない。本当に助かっている」
「死ぬかもしれない状況に協力してくれるなんて、他の人たちも勇敢なんですね」
「それは少し違うな。皆、フォンスをカルマンから守りたいだけだ。僕以外の者が旗を振ったとしても、彼らは集い戦っていただろう」
理屈は分かるものの、平和な日本で育った自分には共感しきれない考えだった。
崇高で気高く、尊敬に値するが、その在り方はひどく眩しすぎた。
二人で話しながら遺体の残る場所へ到着した。
本来なら閑静な町のはずが、血を流し、息絶えた者たちが転がっていた。
目を背けたい気持ちになるものの、最初よりも慣れ始めた感覚もあった。
前を行くシモンやフォンスの兵士たちが、絶命しているかの確認を始めた。
素人の俺の目からは、全員死んでいるように見えた。
細かく確認しなくてもいいのではと思ったところで、倒れていたカルマン兵が勢いよく起き上がって剣を振るおうとした。
しかし、無双の戦士であるシモンがそんな隙を見せるはずがなかった。
素早くコンパクトな動作で剣を抜き、襲いかかろうとした兵士を斬り捨てた。
彼の流れるような技に、フォンスの兵士から感嘆の声が上がった。
「あんな感じで死んだふりをする輩がいるので、気をつけましょう」
シモンは剣を鞘に収めると、その場にいる全員に向かっていった。
それ以降は不意打ちを狙う敵は出てこず、順調に遺体運びが進んだ。
一通り作業が片付くと、整理して置かれたフォンス側の戦死者と雑然と積まれたカルマン兵の戦死者に分かれていた。
宗教的概念があれば、敵兵でも丁重に弔うものかもしれない。
しかし、この世界に宗教は存在していない。
祈りの言葉などは唱えられないまま、カルマン兵の遺体に火がかけられた。
油の類が先に撒かれていたようで、遺体は見る見るうちに燃えていった。
それから、フォンスの戦死者が離れた場所に並べられた。
彼らは全員、剣の使い手だったようで、遺体のそばに剣が置かれていた。
「犠牲になった仲間の活躍を忘れないよう、彼らの剣は取っておこう」
クルトとフォンスの兵士が剣だけを回収していった。
そして、カルマン兵の時と同じように火がかけられた。
こちらも油の類がかけられていたようで、勢いよく燃えていた。
クルトや他のフォンスの兵士は感慨深くその炎を眺めていたが、シモンやエルネスなどのフォンスに所縁のない人たちは少し離れた場所にいた。
力仕事の後で疲れが出ていたこともあって、俺も遠くから見守ることにした。
やがて、炎の勢いが治まった頃、カルマン兵の遺体を全て埋めるのは重労働なので、町の人たちが戻ってから手伝ってもらうという話を聞かされた。
作業にきりがついてから知ったのだが、遺体をそのままにせずに燃やしてしまうのは衛生的な要素が大きいそうだ。
ひょんなことから、この世界の人たちの死生観に触れられた貴重な機会だった。
作業に区切りがついたので、休憩後に移動を開始することになっている。
この先へ進むのならば、カルマンの兵士たちと戦うことになるだろう。
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