クリスタとヘルマン

 俺たち四人は、前方に見えていた町に向かって慎重に移動していた。


 以前、エルネスと話した時に気がかりなことがあって、大半の人がカルマンを恐れているものの、実際にどれだけ危険なのか把握できていないということだ。

 俺とエルネスでクルトたちを助けた時はあっさりと引き上げたので、偵察を兼ねた部隊だったような気がする。


 国同士の交流がない以上、カルマンのことは謎が多いのが現状だ。

 仮に本隊が想像を超えるような規模だった場合、シモンやエルネスのような個の強さが際立つ戦力がいても、押し返せるかは分からない。


「カナタちゃん、心配そうな顔ね」


 クリスタが無邪気な様子で声をかけてきた。

 ふと、エレノア先生やリサを幼くしたような印象を受けて、これから戦いに赴くには若すぎる気がした。エルフが若く見えやすいのを差し引いても年下に見える。


「それはまあ、さすがに実戦間近なので」

「大丈夫、大丈夫。わたしとヘルマンがいるから、大船に乗った気持ちでいて」

「彼女の言うとおりです。戦いの中で、我々の実力をお見せしましょう」


 二人の言葉は心強いが、カルマンと同様に彼らの実力も分からないままだった。

 

 距離が近づくほど、町から騒がしい様子が伝わってきた。

 単なる喧騒ではない。怒声や何か指示を出すよう声が混ざっている。


「敵と間違われるのは避けたいので、クルトたちと合流してから戦いましょう」

「はい」


 町の入口まで敵と遭遇せずに、移動することができた。 

 すでに戦いの火蓋は切って下ろされたようで、道のところどころに両軍の兵士が倒れていた。


 この前はクルトを助けるのに必死で気づかなかったが、その生々しい光景にめまいを覚えそうになる。


 なるべく目を向けないようにしながら、フォンスの兵士を探した。


 街道で戦いになっていればよいのだが、町の中では建物が死角になりやすい。

 どこから襲撃を受けるか分からず、神経がすり減るようなストレスを感じた。


「……カナタさん、こっちです」


 エルネスに呼びかけられて、民家の影に身を隠した。


「あっ、クルトにシモンが」

「ええ、二人はいるのですが、苦戦を強いられているようですね」


 クルト、シモン、それから彼らの友軍と思しき兵士が数名。

 それに対して、カルマン兵の数は十数人を超える。


 魔術で援護したいところだが、乱戦になっていて狙いを誤る可能性がある。

 エルネスも同じことを考えているようで、敵に気配を悟られないように注意しながら様子を窺っている。


「ふーん、なかなか大変そうなのね」 

「一際腕の立つ方がいますが、集中的に狙われて苦戦していますな」


 クリスタとヘルマンは半ば他人事のように、呑気な感想を述べた。


「……二人とも、敵に見つかりますって」

「カナタ様、我々にお任せを」

「さあ、はりきっていくわよー」


 観察の時間は終わったとばかりに、二人は身を乗り出した。

 カルマン兵はクルトたちに手一杯で気づく様子はなかった。


「カナタさん、実は僕自身も二人の実力を知らないところが多いのです」

「……えっ、本当ですか?」


 俺たちの反応にかまわず、二人は少しずつ前に進んでいる。

 個人差があるので正確には分からないが、マナのゆらぎと魔術発動の準備と思しき動きが確認できた。おそらく、これから魔術を使うのだろう。


「――せーの」


 クリスタが片手をかかげると、雷の塊のようなものが発生した。

 それらがピンポイントに敵の身体に飛んでいき、直撃した者から順番に痙攣を起こしていった。


「なんだ、援軍か!?」

 

 味方の兵士は驚きの声を上げ、敵の兵士はうろたえるように辺りを見回した。

 クリスタの雷撃が功を奏して、シモンを取り囲む兵士の数が減った。


 手前に視線を戻すと、ヘルマンがだいぶ進んでいて近くに敵がいた。


「おのれ魔術師どもめ、ふざけた真似を!」


 ヘルマンに気づいた兵士が剣を振り上げて襲いかかろうとした。

 彼を援護するべきか迷ったが、それは杞憂だった。


 彼は振り下ろされた剣を片手で掴んで防御した。

 素手のはずなのに手が斬られる気配はない。 


「なかなかに便利でしてね、人間にもマナ強化は使えます」


 ヘルマンが誰にともなくいった。  

 そのまま、空いた方の手で氷魔術を発動して、敵を氷漬けにした。


「……エルネス、いきましょう」

「ええ、今なら」


 シモンが自由に動けるようになった分だけ、フォンス側が押し返していた。

 乱戦の膠着がほどけて、同士討ちになる危険が減っている。


「おおっ、カナタにエルネスですか!」


 シモンが剣を振るいながら、俺たちの存在に気づいた。

 どれだけ広い視野を持っているのだろう。


「二人とも、来てくれたのか!」


 正面で背を向けて戦っていたクルトも声を上げた。


「さあ、一気に攻めよう!」


 思いがけず、そんなことを口にしていた。 

 もしかしたら、戦場の熱気にあてられたのかもしれない。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 俺は少し照れくさい思いになりながら、雷魔術を発動した。

 まだ動ける敵に向かって雷撃を放ち、痙攣させて動きを止めていく。


 前衛はクルトたちが引き受けてくれるかたちなので、そこまで注意を向けなくてもよかった。少し卑怯かもしれないが、安全に越したことはない。


 敵側は、シモンを数で抑えられなくなった時点で負けが確定したように思う。

 

 俺やエルネス、クリスタたちが助力するまでもなく、彼は怒涛の勢いで敵をなで斬りにしていく。

 日本にいる時なら恐ろしい光景に見えたはずだが、今はその圧倒的な強さに神がかったものを感じている自分がいた。


 周囲に動くことのできる敵がいなくなった頃、緊迫した空気が緩んだ気がした。

 カルマンの兵士が無数に倒れているが、フォンスの兵士と思われる人たちも何人か犠牲になっている。


「カナタ、エルネス、よく来てくれた。感謝してもしきれない」


 戦闘を終えたクルトがこちらに近づいてきた。

 美しい光沢をもっていた防具が血に染まっている。


「間に合って良かったです」

「それから、そちらの二人も仲間なのか?」

「はい、女性の方がクリスタ、男性の方がヘルマンです」

「二人とも、協力に感謝する。遠くまで危険を顧みず、よく来てくれた」


 クルトは二人に近づくと、手を握って握手をした。

 ヘルマンはにこやかに握手を返し、クリスタは恥ずかしそうな顔を見せた。


「マ、マジでイケメン。カナタちゃん、こんな人がいるなら最初から教えてー」

「ははっ、クリスタの緊張感のなさはすごいですね」

  

 俺は思わず笑ってしまった。

   

「ふむ、たしかにクルト様はイケメンだと、私も思います」


 ヘルマンが真面目な顔でいった。

 彼にそういう趣味がないことを願うが。 

 

「君の仲間は愉快な人たちだな」


 クルトは二人のコメントを意に介さず、穏やかに微笑んでいた。

 ひとまず、援軍としての最初の戦闘は無事に終了した。

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