戦乱の余波
足早にレギナを抜けると、再び街道に出て馬に跨(またが)った。
街の中心を離れてしまえば、人影はまばらで閑散としていた。
「ここからは様子を見ながら、先へ進みます」
エルネスが手短に説明した。
クルトたちがこの先にいることは間違いないものの、どこにいるかまでは予想できない。すでに戦闘状態になっているのか、あるいは移動中なのかも。
地球ならスマホ一つで連絡が取れるが、そんな代物が使えるはずもない。
距離の隔たりばかりはどうにもならないので、追いつくしかないだろう。
エルネスが馬を走らせると、俺やクリスタ、ヘルマンが後に続いた。
様子を見ると口にしたばかりだが、状況が状況なだけにエルネスが操る馬は勢いがついていた。彼もエルネスのことが気にかかるのだと感じた。
マナ強化された馬は生身の動物ではあるものの、ほぼ無尽蔵のスタミナを持つ。
多少の高速移動で疲れることはないだろう。
すれ違う通行人も少なく、街道を快調に走った。
比較的短い時間で、レギナの次の町に着いた。
たしか、少し前にクルトの回復を待った場所だ。
俺たちは馬を引いて、町の中に入った。
すると、以前と雰囲気が違うことに気づいた。
「エルネス、今日はずいぶん人が多い気が」
「もしや、この先の町から逃げてきた人たちでしょうか」
この前は長閑な農村だったが、今は道の脇で疲れ果てた様子の人たちが休んでいて、まるで戦地周辺の難民街のように見えた。
「あっ、あなたたちは騎士様と一緒にいた方々ですね」
辺りを見回しながら歩いていると、見覚えのある女性に声をかけられた。
「たしか、宿屋の……」
「はい、そうでございます。町の様子がこのような状況なのは、他の町の人々が戦火を逃れて避難してきたからなのです」
「なるほど、やっぱりそうなんですか」
くたびれた顔で道端にいる人たちは、戦火を逃れてやってきたということだ。
町と町の間はそれなりに離れている。徒歩の移動は大変だっただろう。
「ところで、皆様は先へ進まれるのですか?」
「ええ、俺たち四人はウィリデから援軍として来たんです」
「それはまた、フォンスのためにありがとうございます。宿をお使い頂きたいところなのですが、逃げてきた人たちに部屋を貸していて満室でして」
「すぐに移動するのでお構いなく」
宿屋の女性と別れて、町の中を道なりに進んだ。
その後、町の途中で飲み水を分けてもらい、それを口にして給水した。
平らな桶を借りて馬にも飲ませると、実に美味しそうに喉を鳴らした。
「皆さん、休憩は大丈夫ですか?」
「俺はまだ大丈夫です」
「わたしも大丈夫だよ、エルネスちゃん」
「私も問題ありませんので、お気づかいなく」
俺以外の二人が疲れを感じさせない声で答えた。
果物を口にして軽食を取った後、町を出て移動を再開した。
エルネスが先頭、そのやや後方に俺、さらに後方にクリスタとヘルマン。
そんな隊列で移動を続けている。
「町で見かけた避難した人たちは、カルマン兵を見てないみたいですね」
「前線まで距離があるということでしょう。早く追いつければいいのですが」
俺とエルネスは短く言葉を交わした。
先を急がねばならないので、雑談するような雰囲気ではなかった。
街道を走っていると、時折避難中と思われる人たちとすれ違った。
皆、長距離を移動して疲れているようで、どこか弱々しく映った。
安易に声をかけられる雰囲気ではなく、複雑な心境で通り過ぎた。
乗り手の気分に構うはずもなく、馬は好調な走りをしていた。
このペースなら、今日中にずいぶん遠くまで行けるはずだ。
それから、次の町、また次の町へと通過した。
どの町でも避難者が身を寄せ合うように集まっていた。
先へ進むほど避難を早く始めた人たちが多く、住んでいた町の現状が分からないという答えがほとんどだった。
初めからそのつもりだったが、現地まで足を運ばなければ、クルトたちのことも含めた状況確認はむずかしいということだろう。
街道沿いを馬で進み続けていたが、途中から避難してくる人たちとまったくすれ違わなくなっていた。
途中から人の気配さえもしなくなり、何だかイヤな予感がした。
クルトたちが生きていることを願いながら、さらに先へ馬を走らせた。
やがて、移動を続けるうちに先の方で騒がしい気配がした。
言葉では上手く言い表せない、胸の奥がざわつくような感覚。
こんな感覚は生まれて初めてだった。
「この様子は……前方で戦いが行われています。馬の速度を下げて下さい」
俺は慌てて手綱に力をこめた。
馬が何事かと言わんばかりに身体を反らす。
「エルネス、町が見えますけど、もしかしてあの辺りで」
「ええ、そうだと思います」
「エルネスちゃん、ここら辺で馬は下りましょ」
「……判断が遅れてすみません。そうしましょう」
数百メートル先に町の入り口が見える辺りで馬を停めた。
「無事で戻って、ちゃんと馬を返さないとね」
「ええ、もちろんです」
エルネスとクリスタがエルフ同士で話していた。
「いやはや、腕が鳴りますなあ」
「ヘルマンは怖くないんですか?」
「日頃の鍛錬が試せる場はそうそうありませんから、期待と興奮が九割以上です」
ヘルマンは腕の筋肉に力を入れる仕草を見せた。
三人とも、そこまで気負いがないような様子だった。
それなのに、一人だけ不安に苛まれるのはかっこ悪いだろう。
腕輪をくれたリサに誇れるような働きをしなければ。
俺は身につけた植物性の腕輪に触れて、一瞬だけ目を閉じた。
――ここまで魔術を鍛え上げたのだから、自信をもって戦おう。
前へ進めば進むほど、ものものしい喧騒に近づいていた。
前回は成り行きで援護に入ったが、ついに本格的な戦闘に突入する。
――全身を流れるマナに意識を向ける。
いつか、魔術を習い始めた頃とは比べ物にならないほど強い力を感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます