決戦と突破口
そのオークは明らかに通常のモンスターとは雰囲気が違った。
手にした野太い鉈のような得物には赤黒い液体がこびり付いている。
それは犠牲になった兵士か市民の残滓であることは想像するまでもない。
イアンはオークが放つ異様な殺気を肌で感じている。
しかし、気圧されるよりも同胞が餌食になったことへの怒りが勝っていた。
「くっ、忌々しいオークめ!」
「ちょっと隊長、落ち着いてください。いきり立たなくてもあれぐらいの相手なら冷静に戦えば倒せますって」
エレンが苦笑交じりにイアンを制した。
「……すまん、頭に血が上っていたようだ」
「いいですって。それより早く決着をつけましょう」
イアンとエレンは鋭い眼差しでオークを見据えた。
一方のオークは血走った目で二人を交互に見定めている。
「いくぞ!」
「はいよ」
イアンは素早く突進して、オークが武器を持つ手を攻撃した。
オークは反射的な動作で腕を引き、彼を退けようとした。
エレンがその隙を突いて、がら空きの胸元に打突を見舞った。
人間と同じように急所があるらしく、彼の一撃でオークはその場に崩れ落ちた。
「やれやれ、呆気なかったですね」
「先を急ぐぞ。皆が待っている」
二人は動かなくなったオークに気を留めず、その場を後にした。
イアンは前に進みながら、一度だけ突き飛ばされた仲間を振り返った。
しかし、致命傷を負っていることが見てとれて正面に向き直った。
「ひどいですね。町がこんなことになるなんて」
「ああっ、完全に想定外のことになってしまった」
イアンとエレンは足を運びながら、燃えさかる炎に包まれる町を見ていた。
「……この借りは必ず返すぞ」
「もちろんです。やられっ放しは性に合いません」
二人は物見がある塔の前を通過して、防壁近くの地下通路の入り口に着いた。
「イアン隊長、エレン!」
「待たせたな。私たちで最後か?」
「はっ、生き残った者たちは通路から外に向かっております」
イアンはその場を振り返って周囲を確認した。
「この辺りにはまだモンスターが来ていないな」
「隊長、ここは塞いで置いた方がいいと思いますよ」
「そうだな。そうしよう」
彼はエレンの進言に深く頷いた。
「私とエレンが地下へ入ったら、入り口を塞いでおいてくれ。……可能か?」
「はっ、こちら側から土砂を崩せば可能です」
「よしっ、それでは頼む」
イアンは兵士にそう伝えると、足早に地下通路に進んだ。
彼とエレンが地下に入った直後、先ほどの兵士が入り口を塞ぎ始めた。
「これで追撃は防げるだろう」
「市民もいるので、戦闘は避けたいですからね」
二人がその場を駆け出すと、地下通路に足音が鳴り響いた。
「緊急事態なので、とりあえず従いましたけど、作戦や当てはあるんですか?」
「この期に及んで体裁をかまってはいられん。エスラに潜入して戦力を集める」
「うんうん、それが一番可能性がありそうですね」
エレンは満足そうに相槌を打った。
「……最初からこうしておけばよかったか?」
「この期に及んで、そんな無粋な事は言いませんよ」
「モンスターの知恵を侮りすぎていた。ここからどうにか挽回せねば」
イアンは誰にともなく無念そうに呟いた。
二人は勢いよく地下通路を駆け抜けると防壁の外側にある出口に向かった。
すでに他の仲間は通過した後で、出口を埋めた兵士が遅れてついてくる以外に人の気配は見当たらなかった。
普段の生活で使われる場所ではないため、埃や蜘蛛の巣が目に入る。
日中でなければ真っ暗で何も見えないだろう。
苔むした薄暗い空間を抜けた先には眩しい日光が差しこんでいた。
イアンとエレンは軽やかな身のこなしで石段を駆け上がり外に出た。
「……無事な者は多かったか」
イアンの視線の先には無事に逃げ延びた市民や兵士の姿があった。
彼は短く安堵の息をついた。
「隊長、女王陛下は無事だったみたいですよ」
ほらあそこにとエレンが視線で示した。
「陛下、ご無事で!」
「おおっ、イアン。事情は皆から聞いた。素晴らしい判断だった」
「苦渋の決断でした」
イアンは少しの間、項垂れるように頭を下げた。
そして、彼は見慣れない存在に気づいた。
外見の雰囲気などから、彼らがエスラの者であると判断した。
「陛下、エスラの者たちがなぜここに?」
「それなんだが、彼の者たちも似たような状況にあるようだ」
女王の澄んだ瞳は儚げ色を浮かべながら、遠くを見据えているように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます