いつか歴史になる戦い
シモンが強敵を倒したことで、それ以上の脅威が出てくるとは考えにくかった。
そこまでの戦力を温存できるなら、とうの昔にフォンスを侵略していただろう。
俺は一般人なので戦いについては素人だ。
ただ、これだけやられ放題の状況なのに、奥の手を隠している可能性が低いことぐらいは予想できる。
城の奥へと通路が続いているが、敵の姿は見当たらない。
「シモン、ここからは君が先を行ってくれ」
「それじゃあ、先頭を行くので、他のみんなは周りに注意して進んでください」
クルトからシモンに指示があり、全体に伝令があった。
優勢な状況とはいえ、柱の影から敵が飛び出したり、罠が仕掛けられたりしていてもおかしくはないだろう。警戒するにこしたことはない。
皆、シモンの言葉に従って、カルマンの城内を進み始めた。
一歩、また一歩と進むたびに、足元の砂埃がシャリシャリと音を立てる。
この城といい、街の雰囲気といい、どこかアラビアンな空気を感じさせる。
カルマン兵たちはターバンを巻いたりはしていないが、服装は同じように砂漠の民のような雰囲気をまとっていた。
もっとも、この周辺は乾燥気味な気候ではあるものの、砂漠の中ではない。
ここが地球ではなく、異世界だからと考えると、微妙なアンバランスなところは納得できるような気がした。
「オラシオ、城の中は詳しいですか?」
シモンがくるりと振り返っていった。
「すまんな、ドワーフは滅多に城へ入ることはないから分からん」
「なるほど、そいつは仕方ないですね」
シモンはオラシオの返事を確かめると、再び歩き始めた。
少し気がかりだった伏兵の存在も見当たらない。
このままいけば、王なり大臣なりのところへたどり着くだろう。
全員で道なりに進んだつもりなのに、屋外に出てしまった。
他に主(おも)だった通路はなさそうだったので、道を間違えているのかと思った。
「これで合ってると思いますよ。ほら、向こうにいかにもなところが」
俺や他の仲間に向けてシモンがいった。
彼の指さす先に、権威の象徴のような彫刻が刻まれた門扉が開いていた。
「ああっ、たしかにそれっぽい」
俺は納得して先へ進もうとした。
「――ねえねえ、ここの眺めすごいよくない?」
女子エルフの一人が盛り上がっていた。
彼女が言う通り、バルコニーのようになっていて、二階以上の高さがあるので周囲を見渡すことができる。
空は青く澄み渡っていて、異郷の市街は刺激的に映るだろう。
いや、それよりもそんなに顔を突き出して危なくないのか。
「ちょっと、弓兵がまだいるかもしれなから危ないって――」
「うわっ!?」
身を投げ出さんとばかりにしていた彼女がのけぞった。
「おいっ、大丈夫か!?」
「今、何か飛んできましたよね?」
俺は慌てて駆け寄った。
遠くの方から彼女に向けて何かが飛んできたのが見えた。
「……ふうっ、危なかった。ほらっ、やるでしょ」
彼女の右手には矢が握りしめられていた。
「危ないから、こんな真似はしないでくれ」
「は~い、わかりました」
シモンが珍しく真剣な様子になっていた。
彼女は反省しているのか分からない態度で、エルフたちの集団に戻っていった。
「さあ、行きましょう。あんまり時間をかけると、敵の大将に逃げられます」
シモンは気を取り直すようにいった。
「君の言う通りだ。カルマンの重鎮の顔を拝みに行こうじゃないか」
クルトは士気が高い様子で、シモンの横に並んだ。
「……何だか羨ましいな」
騎士として、あるいは一人の戦士として勝利の時を迎えようとしているクルトが眩しく見えた。
俺や他の仲間たちは二人に続いて正面の階段を上がった。
階段を上がりきって正面を見ると、二人が剣を抜いていた。
その向こうに怯えた様子の中年男性が数人見える。
この状況と服装からして、カルマンの人間ということは間違いないだろう。
構造的に一本道のようなので、城を逃げようにも逃げられなかったのか。
「見たところ、この者たちがカルマンの重鎮だろう」
「うーん、確認のためにオラシオに見てもらいましょう」
「うむ、その方がいいな。彼に見てもらおう」
そんなやりとりが聞こえた後、オラシオが呼ばれた。
彼は小走りで二人のところに向かった。
「間違いない。王にその側近たちだ。我らドワーフを虐げ続けた憎い顔を忘れるはずがない。お前たち、覚悟するんだな!」
長年の鬱積したものがあるようで、オラシオが興奮気味に話していた。
「君たちの主要な戦力は、ここにたどり着くまでにあらかた倒してきた。抵抗するのも構わないが、今度はフォンスから増援がくる。それにウィリデの魔術師たちも協力的だ」
「……くっ、何たる屈辱」
それなりに身分が高そうな顔ぶれが揃っているが、日に焼けて白い髭を生やし、小太りな体型をしている男が親玉に見えた。
この場にいる敵たちは一様に悔しそうにしており、その男が顕著だった。
「王よ、彼に抵抗するのは勝手だがな。ドワーフはフォンスに味方するぞ。徹底抗戦だ。そうなれば、武器防具の供給はどうするつもりなんだ?」
オラシオが決め手になる言葉をいった。
ここからドワーフたちの工房まで遠くはない。
彼らの反乱があっては、まともに戦えるわけがないだろう。
この期に及んでも、王と呼ばれた男は敵意を感じさせる目をしていた
ただ、状況が状況だけに、時間の経過と共に弱々しいものに変化しているように見えた。
「無益な戦いは好まないが、抵抗するつもりなら容赦はしない。カルマンのこれまでの行いを踏まえれば、フォンスの総力を上げて押さえこむことも躊躇わない」
クルトは淡々とした口調ながらも、明確に意思を表明した。
「おれも同じ気持ちです。他にも腕の立つ兵士がいたら、安心できませんから。あと、あんたらの切り札なら期待しない方がいいってもんです」
シモンが冷淡な態度でいった。
「ぐっ、兵士長を討ち取ったというのか。そんな、まさか……」
「美学に反しますけど、ご所望なら首でも持ってきましょうか」
「シモン、そのへんにしてくれ」
「ああっ、そうですね。趨勢は決しましたから、もういいでしょう」
シモンが引き下がり、クルトが説得を続けた。
「そろそろ、終わりにしよう。ここで降伏すれば、フォンス側から条件を提示する際、君たちの処刑が行われないように最善の努力をすると誓う」
「王様、どうかご決断を。フォンスが間に入らなければ、ドワーフ共になぶり殺しにされるかもしれませぬ。兵士長をも打ち倒してきたのならば、我々に抵抗の余地は……」
家臣と思われる男が悲痛な訴えをした。
敵ながら憐れに思えてしまった。
「……まさか、ここまでの反撃を受けるとは」
カルマンの王から敵意は消え失せて、放心状態になっていた。
「この次があるとしても、僕たちは何度でも同じように戦う」
「承知した。フォンスの勇士よ、カルマンは貴殿らの軍門に降(くだ)ろう」
「この場限りの言い逃れは認めない」
「全て今すぐにというわけにはいかぬが、宝物庫の宝を譲り、ドワーフたちの技術を好きにしてかまわん。その代わり、民と家臣の命は保証してくれ」
カルマンの王は敗北を認めたようだ。
抵抗しようとする意思が感じられなくなっている。
「容易には信じられぬだろう。己の命を担保にしてもよいが、子や孫を残して死ぬのは心苦しい。この王の証を譲り渡す故、容赦してくれ」
そう言い終えると躊躇するような手付きで、王は金の羽飾りがついた白い布製の帽子をクルトに手渡した。
俺はシモンと共に警戒して見ていたが、不審な動作はなかった。
「……お、王よ、ああっ、何てことだ」
「カルマンの歴史がこんな簡単に……」
家臣たちは人目もはばからずに泣き出していた。
それだけ、重要な意味のあることなのだろう。
「そうか、これで決着がついたか」
「クルト、それを被ってみたらどうです?」
「いや、さすがにカルマン王の前で不敬だ」
クルトは自重して、それを大事そうに掴んでいた。
「貴殿のような人物は生まれて初めて見た。どうか、カルマンを頼む」
カルマンの王が平伏してクルトにいった。
それは、この戦いの終わりを示すものだった。
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