戦いの終わり

 クルトとカルマン王のやりとりが終わった。

 誤って残存兵が反撃してこないように、王自ら俺たちの帰還に同行するということになった。


 街を歩いていると、物陰から殺気めいたものを感じることはあったものの、目立った問題が起きることなく、カルマンの城下町を出ることができた。


「カルマン王、見送りはこの辺りで構わない」

「承知した。我が国の部隊は残り少ないだろうが、貴殿らに刃を向けぬように伝令を出しておこう」

「それは助かる。今後はフォンス側から使者が来るので、彼らを攻撃しないようにもしてほしい」


 城壁を出たところで、クルトとカルマン王が話している。

 側近たちはうなだれたまま、王の後ろに佇んでいた。


「そこのドワーフ殿」

「私はオラシオだ」

「失礼した、オラシオ殿。ドワーフの者たちは国が落ちたと知れば、必ず反乱を起こすだろう。今更言える立場ではないが、争いにつながらぬように説得してくれまいか?」

「少々虫のいい気がするが構わん。内乱で住処が荒れるのは本意ではないのでな」


 カルマン王とオラシオの話はまとまったようだ。

 元々、オラシオはカルマンに住んでいたので、そのまま残ることになった、


 一通り話し合いが済んだところで、俺たちは帰路についた。



 敵将を討ち取ったシモンはお疲れのようで馬車に乗っていた。

 代わりに空いた馬でクルトが手綱を握っている。


 これから、フォンスやウィリデに戻るまでの長旅。

 カルマンを出てからいくらか時間が経っていた。


 移動の途中で、クルトが全員に向けて話し始めた。


「援軍に来てくれたウィリデの魔術師たち、森のエルフたち、君たちの協力で戦いに勝利することができた。遠征を強いることになってしまったが、活躍の報酬は何らかのかたちで返すと約束しよう」


 俺は報酬と言われてもピンとこないが、そうでもない人もいるようだ。


「ついに、豪邸キター」

「エルフは現物派なので物資でお願いします」

「私が一番活躍したよ。ちゃんと覚えてる?」


 わちゃわちゃと、女子エルフたちの馬車から大きな声が届いた。


「豪邸……そうか、ヘレナがそんなことを言っていたな。わかった、できる限りのことをしよう」

「わーい」

「さすが、話が分かる~」


 今回の戦いに決着がついたことで、全体の空気は緩んでいた。

 俺自身は、少し前まで命がけの戦いをしていたことが夢のように思えた。

 

 ――まるで、歴史の一幕のような戦いだった。


 こちらが勝利したことでフォンスがカルマンを治めることになった。

 しかし、それが逆だったなら、また違った歴史になっていただろう。


 シモンやディアナ、他のエルフたち。

 共に戦った仲間が揃わなければ、俺はクルトと共に全滅していたかもしれない。


 パズルのピースが噛み合うように、今回は上手くいった。


 おそらく、ウィリデは平和なので次はないと信じたい。

 それに同じように他の戦いが起きたとして、生きて帰れる保証はない。


 クルトやシモンは平然としているが、俺には荷が重い気がした。

 やはり、日本で生まれ育ち、平凡な生活をしてきたことは無視できないようだ。


 自己鍛錬が求められ、戦いが身近にあるような彼らとは違う。

 特に卑下するつもりはないが、遠い世界の存在なのだと改めて実感した。


「カナタさん、お疲れさまでした。ようやく帰れますね」

「はい、ようやくって感じです。ついさっきまで戦ってたので変な感じです」

「僕も同じようなものです。当たり前のことですが、獣や魔獣、生身の人間を相手にするのとでは感覚が違いますね」


 俺はエルネスの言葉に頷いた。

 きっと、彼もこの戦いの中で色んなことを感じ、色んなことを考えたのだろう。


 戦いの余韻を感じる雰囲気のまま、俺たちは移動を続けた。



 それからひたすら馬に乗り続けた。

 ようやく、国境までたどり着いた頃、見覚えのある人影を見つけた。


「……リカルド」

「カナタ殿、ようやく追いつきましたぞ」

「徒歩でここまで?」

「ええ、ウィリデでは馬が貴重なようで、物資の支援だけでも助かりました」


 俺は他の面々に先に行ってもらうように伝えた。

 一度、馬を下りて彼の近くへ歩いた。


「その様子では、決着がついたようですな」

「はい、フォンスの連合隊がカルマンを制圧しました」

「おおっ、やはりそうでしたか。これで私たちも圧政から逃れられます」


 リカルドは感慨深げに遠くを見つめた。


「本当は一緒に来てもらいたかったんですけど、タイミングが合わなくて……」

「いえ、気になさらないでくだされ。カルマンと戦ってこられたのでしょう。私の頼みを聞いてくれただけで十分です」

「……必死で戦っただけなのに、そこまで言ってもらえるなら」


 彼は優しげな表情で感謝の気持ちを伝えてくれた。

 レギナで出会ってから、まさか自分が戦乱に巻きこまれると思わなかった。


 味方に大きな被害がなく、戦いが終わってホッとする気持ちだった。


 正直なところ、自分がしたことが正しいかは分からない。

 それでも、面倒を見てくれたウィリデの人たちや信念を持ったクルトに協力できてよかったと思う。


 一連の騒乱は、平和の尊さを実感させるような出来事だった。

 

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