不信と無念
ヘレナは町長たちと共にカセルを離れ、他の三人は馬に乗って移動していた。
二頭の馬が貸し出されており、クルトとシモンで一頭、アデリナが一頭というかたちで割り振られている。シモンは乗馬が得意だと聞いて、クルトは彼に馬を任せていた。
三人の中に魔術を使える者はおらず、クルトの持つ松明が唯一の光源だった。
カセルから街道に出ると、周囲は真っ暗で松明なしでは何も見えない。
次の町ルカレアまで、徒歩ならば半日以上は確実にかかるが、スタミナの万全な馬に乗っていけば、数時間もあれば到着する。彼らが順調に進むことができれば、ルカレアへは夜遅くに着く計算だ。
クルトは馬上で風を受けながら、松明を落とさないように注意していた。
それに加えて、反対の手でシモンを掴んでいないといけないため、手の力とバランス感覚が要求される状況だった。
「シモン、アデリナは君ほど乗馬が得意でないから、適度にスピードを抑えてやってくれ」
「はい、大丈夫です。これだけ暗いと馬も抑え気味に走りますから」
シモンは正面を向いたまま答えた。
日が沈んでから空気が冷え始めて、クルトは少し寒さを感じていた。
「風が少々冷えるが、君は大丈夫か?」
「これぐらいなら平気です」
クルトは会話をしながら、後ろを振り返った。
アデリナが同じぐらいの速度でついてきている。
「はっきり言って、十分な作戦が立てられない。ルカレアやメルスの人たちに危険を知らせに行くので手一杯かもしれない。ダメ元で、君と二人でカルマンを迎え撃つという方法は無茶だよな」
「捨て身で足止めするのは憧れますけど、実際にやったら命を落としそうですね。おれとクルトのペアで試してみたところで、そう長くは保たないはずです」
クルトは会話の中で、カルマンの戦力を想定できていないことに気づいた。
大まかな規模はアデリナから聞いているものの、対策を練るには不十分だった。
彼はアデリナに詳しく訊ねるべきか迷ったが、彼女が馬へ集中することを優先した。
風を切る音と共に、夜闇を駆けていく。
夜に街道を通る者はおらず、彼らは無人の道を突き進んでいた。
やがて、遠くに町の明かりが見えてきた。
夜間の移動で感覚が十分ではなかったが、方向と大まかな距離から、クルトはルカレアに到着したと確信した。
「シモン、町へ着いたら僕とアデリナで中に入る。君には馬の番を頼みたい。先へ進むのにも帰るのにもかかせないからな」
「はい、それでいいです。ルカレアの人たちは分かってくれるといいですけど」
「まったく、その通りだ」
クルトは説得する方法を考えていたが、ルカレアに行った回数は数える程度でカセルの町長ほど関係ができていない。
いくら騎士の身分であるとはいえ、いきなりカルマン侵攻の話をして信じてもらえるかは分からなかった。
他の町と同様に入り口には篝火が置かれていた。
クルトたちはその手前で馬を下りた。
「それでは、馬を頼む」
「はい、任せてください」
クルト、アデリナの二人は足早にルカレアの町に入った。
夜も更け始めて、町角に人の姿はほとんど見当たらない。
通りで街灯代わりに置かれた篝火の炎が風で揺らめいた。
クルトは、この町の町長とは面識がほとんどなかったが、町の人間を一人ずつ説得するよりも町長の一声で動いてもらうという考えだった。
まずは町長の居所を知るために、彼は通りがかった女性に話しかけた。
「すみません、町長に会いたいのですが」
「町長ですか? この時間なら家にいると思います」
クルトはその女性に頼んで、町長の家に案内してもらった。
カセルの町長ほど立派な家ではないが、質素で清潔な佇まいだった。
彼はそそくさと玄関に近づいて扉をノックした。
すると、眼鏡をかけた40代ぐらいの男性が顔を出した。
突然の来客に戸惑いと警戒の色を浮かべている。
「えー、こんな時間になんですか?」
「騎士のクルトといいます。重要な連絡があり、失礼を承知で訪ねました」
「騎士様が一体、どんな用件で? 盗賊とか?」
クルトは相手が聞き入れるか不安を覚えながら要件を伝えることにした。
「信じられないかもしれませんが、カルマンが侵攻しようとしています」
「そんなまさか、フォンスに? それはひどい冗談だ」
町長はうんざりするように温かみを感じさせない笑い声を上げた。
その様子にクルトはどうすべきか考えていた。
「残念ですけど、冗談じゃありません」
「……アデリナ」
動向をクルトの隣で見守っていた彼女が口を開いた。
小馬鹿にするような町長の態度に、怒りのこもるような声音をしている。
「……わかりました。仮にそれが本当だとしましょう。それでどうしろと?」
「今から一斉に避難すればまだ間に合います。なので、町民の避難を町長から頼んでほしいと思います」
クルトは誠意をこめて伝えた。
どうにか分かってくれという思いがあった。
「あなた、騎士相手ならこちらが何でも言うことを聞くと思ってます?」
「いや、そんなつもりは……」
ルカレアの町長はあろうことか、食ってかかるような態度を見せていた。
クルトは戸惑う様子を見せ、アデリアに至っては拳を握りしめて口を真一文字に結んでいる。
「何がしたいのか分かりませんが、嘘をつくならもう少しマシな嘘をついてください。町がもぬけの殻になったのを見計らって、盗みでもするつもりですか」
「ちょっといい加減に――」
「アデリナ、もういい……行こう」
クルトは胸の痛みを感じながら、その場を離れた。
アデリナは険しい表情のまま彼に続き、町長を振り返った。
「ここよりもメルスの方が先に危険になる。それに戻ってきた時に、もう一度話ができるかもしれない」
「ク、クルト……」
彼自身、先ほどの様子では見込みは少ないと理解していた。
しかし、カルマン進軍の通り道になる可能性が高い以上、どうにか説得したいとも考えていた。
「まずはメルスに行こう。どうにかしてメルスの人たちに逃げてもらわないと」
「ええ、そうね。次の町へ行かなくちゃ」
二人は素早い足取りで、馬の番をするシモンのところへ向かった。
「おっ、おかえりなさい。反応はどうでしたか?」
「……ダメだった。聞く耳を持ちそうになかった」
クルトは無念の思いを隠さずに話した。
彼の様子を目にして、シモンは少し悲しそうな顔を見せた。
「仕方がないですね。馬はもう少し走れますから、次の町へ行きましょうか」
「……そうだな、そうしよう」
シモンの言葉を聞いて、クルトは少し元気を取り戻した。
「アデリナ、また出発する。乗馬が続くが、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫だから、私のことは気にしないで」
アデリナは力のこもった声でいった。
そして、三人は馬に乗って、再び移動を開始した。
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