町長の説得

 クルト、シモン、ヘレナの三人に加えて、アデリナが同行するようになり、一行は四人で行動するようになっていた。

 町長にカルマン侵攻の危機を伝えるため、彼らは足早に町の中を歩いている。

 

 篝火が等間隔に並び、通行人の顔が判別できる程度の明るさは保たれていた。

 静養に訪れている者はくつろいだ様子をしており、緊張と焦りを感じさせるクルトたちに不思議そうな視線を向けていた。


 過去に町長の家を訪れたことがあるため、クルトはその場所を知っている。

 宿や店が立ち並ぶ一帯を通り過ぎて、民家が集中したところに着いた。


 周囲の家々よりも少し立派な二階建てが町長の家だった。

 門の向こうに家の入り口があり、照明代わりの松明が左右に固定されていた。

 

 クルトは開いたままの門を通り、玄関の扉をノックした。

 すると、すぐに町長が出てきた。


「――おやっ、クルト様。こんな時間にどうなさいましたか?」

「遅くに押しかけてすみません。単刀直入に話すと、カルマンがフォンスの領土に向けて侵攻を始めようとしています。予想される進路から、この町は通り道になります」


 町長はクルトの来訪に驚いた様子で、さらに彼の話を聞いて目を白黒させた。

 言葉に詰まり、どう返すべきか考えているように見える。


「そ、それはその……確実なことなのでしょうか」

「個人的にカルマンの調査を任せていた者に聞いた情報です。彼女は信頼できるので誤った情報という可能性は低いかと」

「うーむ、そうですか……」


 町長はもう一度考えこむように腕を組んで顔に手を当てた。

 クルトは焦る気持ちを抑えながら、町長の答えを待った。


「……リーフマンから守って頂いたことやこれまでのことも含めて、クルト様がとても嘘を言うようには思えません。このまま見て見ぬ振りをするようなことがあれば、町民や静養に訪れた方たちを危険な目に遭わせることになるのでしょう」

 

 町長はそこまで言うと、少しの間をおいて続きを話し始めた。

 クルトの心は期待と不安の間で揺れ動いていた。


「裕福な方も多いので、馬車もいくつか停泊しています。協力を得られることができれば、迅速な移動が可能になるはずです。静養に来られている人数が少ないのはせめてもの救いでした」

「町長、馬車があるのですか?」

「ええ、レギナからはだいぶ距離がありますので、馬車を使う人は多いです」


 管理が大変なこともあって、フォンスは騎馬として馬を保有していない。

 しかし、裕福な者の中で馬を私有している者は少なくなかった。

 

 その事をクルトも知っており、馬車が使えることは追い風だと感じた。


 町長は町民と協力してすぐに町を出る準備をするといって、その場を離れた。

 クルトたちもその場を離れて、四人で今後の作戦について話し始めた。


「アデリナ、この次の町のルカレア、国境の町のメルスの人たちにカルマンのことは話したのか?」

「……いいえ、私一人が話したところで、とても信用してもらえないから。無用の混乱を招くと思って、そのまま通過してきたわ」

「そうか、それが妥当な判断だと思う」


 クルトはルカレア、メルスについてどう対応すべきか迷っていた。

 馬車を使えばどうにかカルマン侵攻を伝えることはできる。


 しかし、二つの町の人々を馬車で連れてくることはできない。

 カルマン侵攻の話を聞き入れられるかも分からず、仮に聞き入れられたとして、無事に逃げてこられるかも微妙なところだった。


「見殺しにできないんですよね。優しいというか甘いというか」


 シモンが口を開いた。

 緊迫する状況ではあったが、いつも通りの呑気な口ぶりだった。


「……その通りだ。それに無事に帰ってこれるか分からないというのもある」

「ここで闇雲に突っこむような人じゃなくて安心しましたよ。そう言いかねないところがあったんで、内心ヒヤヒヤしてました」

「迷うところではあるが、馬があればどうにか戻ってくることも可能なんだ」

 

 彼は大まかな計算をしていたが、どこまで実行可能かは読み切れていなかった。

 ルカレアより先には行ったことがなく、どれぐらい時間がかかるかも読めない。

 

「とりあえず、馬が使えないか頼んでみましょうよ。話はそれからです」

「……たしかにそうだな」



 やがて、町長の呼びかけによって、カセルの中心に町民や静養に来ていた者たちが集められた。

 皆一様に不安そうな顔をして、成り行きを見守っている。


「先ほども説明した通り、滞在中の騎士様からカルマン侵攻の情報を知らせて頂きました。カセルの町民は協力して歩いて避難するので、静養に来られた方々におかれましては馬車で乗り合わせて避難してくださるようお願い申し上げます」


 町長は丁寧な口ぶりで全体に聞こえるように話した。

 それに反応するようにところどころでざわめきが生じた。


「カルマンが攻めてくるって本当なのか!!」

「せっかく静養に来たのに」


 集まった者の中には不満を漏らす者もいた。

 それを耳にしたクルトはいたたまれない気持ちになった。


「……お静かに願います! この中にはリーフマンから命を救われた方もいるはずです。それにフォンスの治安が維持されているのは騎士の方々が常日頃町々を見回りして下さるからです。レギナにお住まいでは分からないかもしれませんが、街道を安全に移動できるのもそのおかげなのです」


 町長ははっきりとした声で言いきった。

 クルトはその話に胸が熱くなるのを感じた。


「うちは妻と娘が助けられた。馬車一台、それと別に馬一頭に乗ってきたから、馬の方は使ってもらってかまわない」

「おおっ、ありがたい申し出です」


 皆、町長の話に胸を打たれたようで不満をこぼす者はいなくなった。

 それから、すぐに避難の準備が進められた。



 静養地としての夜景は様変わりして、慌しい雰囲気が広がっていた。

 町民は持てるだけの荷物を運び、馬車で移動できる者はすでに町を出ている。

 

 クルトたちはその様子を見ながら、話し合いを続けていた。

 

「僕たちのために空いた馬を二頭用意してもらった。あまり得意ではないが、多少は乗馬の経験があるので、これに乗ってルカレア方面に行こうと思う」

「やっぱり、行くつもりなのね。私は道に詳しいし、馬に乗れるからついていくわ」

 

 アデリナは真っ直ぐな視線でクルトを見た。

 彼はその視線を受けて微笑み返した。


「君に負担をかけてばかりだが、案内はとても助かる」

「クルトを一人にすると無茶をしそうだから、ちゃんと見ていないと」

 

 彼はアデリナと会話をしながら、シモンとヘレナのことを考えていた。

 すると、シモンがおもむろに口を開いた。


「おれはついていきますよ。乗馬は得意で腕も立ちますから」

「そうか、君ならついてくると思った」


 二人は思わずおかしくなって笑いあった。

 そして、クルトは固まりきらなかった頼みをヘレナにすることにした。


「ヘレナ、君を危険なところへ連れていけないという思いもあるが、それとは別に頼みがある」

「何?」

「戦いに備えて魔術師の力を借りたい。ウィリデには伝手がないので、大森林のエルフの知り合いで協力してもらえる者がいるか探してほしい」

「うん、わかった」


 ヘレナはいつもより力強い様子で頷いた。

 クルトは巻きこむべきではないと思いながらも、エルフの魔術師の協力を得るか否かでは戦況が大きく変わると考えていた。


 彼らが話していると、少し疲れた様子の町長がやってきた。


「クルト様、私たちと逃げるという選択もありますが……ルカレアに行かれるのですね」

「はい、そのつもりです。短い間ですが、大変お世話になりました」

「いえ、父君のオルド様も優れた方でしたが、ご子息のクルト様もご立派になられて……」

 

 町長は感極まったように声を詰まらせている。

 クルトはその言葉に感動を覚えた。


「――皆様、どうかご無事で」


 そう伝えて、町長はこの場を去っていった。

 まずは一つ前の町エスラへ向かうという話だった。


「それじゃあ、僕たちも行くとしよう」


 クルトたちは用意された馬のもとへ歩き始めた。

 カセルの町からは人の気配がほとんどなくなっていた。 

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