国境の町メルス

 クルトたちは、カルマンとの国境の町メルスに向かって移動していた。

 ルカレアでは町長の説得が上手くいかなかったものの、クルトはすでに気を取り直している。


 二頭の馬のスタミナが気にかかるところだが、乗馬の得意なシモンが馬を確認してまだ走れそうということだった。

 帰りのことも考えると、彼らは馬を潰すわけにはいかないだろう。

 

 ルカレアからメルスまでは歩いて半日もかからない距離にある。

 馬の足ならば大して時間はかからない。


「ルカレアは残念でしたね」

「ああっ、起こりうることだと予想はしていたが……」

「おれは平和ボケしすぎたフォンスの人間がイヤになることがありますよ」

「そうなのか。僕は、脅威が迫るのを伝えることしかできないのが歯がゆい」

 

 クルトはシモンの言葉を聞きながら、彼の境遇がそうさせるのだろうと感じた。

 数十年来、フォンス周辺で戦乱はなく実感を持つ者は少ない状況だった。


「今更だが、こんな状態のままで攻めて来られるのは危険なのだな」

「戦争があるって心づもりがあればだいぶ違いますけど、こないものと構えてるところに敵が攻めてくるとパニックが起きます。目も当てられないってもんです」


 クルトは松明の位置に注意しながら、シモンと会話を続けた。

 彼はアデリナのことも気にかけていたが、後ろを同じ位の速度で走っている。


 夜が更けるほど空気が冷えこんでいたが、彼の中には熱いものが流れていた。

 己に与えられた使命のようなものを感じていたからだ。 


 これから彼が行くメルスはカルマンから一番近い。

 ルカレアでは上手くいかなったが、次の町では説得の成否が被害の大きさに直結する。

 それを左右する立場にあることを切実に受け止めていた。


 馬の体力が残っていたこともあり、順調に進むうちにメルスの町が見えてきた。

 入り口の篝火は焚かれており、カルマンに攻めこまれたような形跡はない。

 

「さすがにこの時間だと寝てるんでしょうね」

「僕もそう思う。叩き起こすわけにもいかないし、どうしたものか」


 クルトたちは入り口の前で馬を下りた。

 寝静まったような町を眺めながら、クルトは考えていた。


「外に出ている人はいないか確かめてみる。それでもダメならば、明かりがついている家をたずねてみる。シモンとアデリナはここで待っていてくれ」

「うん、わかった。気をつけてね」


 シモンとアデリナに見送られて、クルトはメルスの町へ入った。

 他の町よりも通りに置かれた篝火が少ないので、彼は松明を持ったままだった。

 

 レギナからずいぶん離れたところにあるせいか、民家の数は少なく見える。

 時間が時間だけに、明かりを落とした家がほとんどだった。


 クルトは望みは薄いかと思いながら、町の中を歩いた。

 端から端へと移動して、起きている人がいないか探した。


 この町の住民が彼の顔見知りであれば、状況が状況だけに叩き起こしてでもカルマン侵攻の知らせを伝えることができたかもしれない。

 しかし、縁も所縁(ゆかり)もなく、ただ騎士であるというだけでそんなことをしても逆効果だと、彼は考えていた。


 いよいよ、彼がどこかの家をたずねるしかないかと思いかけたところで、家の前で腰かけた人影を見つけた。そう明るくないところにいたので、クルトは驚いた。


「……あの、すみません」

「おやっ、旅の人ですか? こんな時間では宿も開いてないでしょう」


 それは初老の男性だった。

 クルトの存在に気づいても落ち着いた様子で話していた。


「実は、この町の町長を探しています。僕は騎士なのですが、どうしても町の人たちに伝えてもらいたいことがあって……」

「……そうですか、何か胸騒ぎがすると思ったら」


 男性は自らが町長だと説明した。

 いつも通りに眠ろうとしていたら、直感めいたものを覚えて起きたという。


「信じてもらえるか分かりませんが、近いうちにカルマンがフォンスへ攻めようとしています」

「……なるほど」


 メルスの町長は何かを考えこむように少し静かになった。

 

 クルトが次の言葉を待っていると、町長はおもむろに口を開いた。


「やはり、そういった話ですか。私の勘はよく当たるんですよ」

「……信じてもらえますか?」


 町長は、はにかむような表情だったが、クルトの言葉で神妙な顔つきになった。

 彼は町長の言葉を待った。


「それはもちろんです。今すぐ町の皆に声をかけましょう、と言いたいところですが……」

「何か問題でも?」

「騎士様、あなたはずいぶん疲れていますね。その状態では十分な働きもできないというもの。皆には早朝声をかけますから、うちで少し休んでいってください」


 クルトは町長の厚意に胸が温かくなるのを感じた。

 それに加えて、言われた通り疲れがあるのも事実だと考えた。


「わかりました。それではお言葉に甘えさせていただきます」

「そうですか、それはよかった。ところでお一人でここまで?」

「いえ、町の外に仲間を待たせています」

「なるほど、それではその方たちも呼んでください」


 クルトは町の入り口に戻って、シモンたちに声をかけた。

 二人は馬の側で彼を待っているところだった。


「シモン、アデリナ。ここの町長と話ができた」

「それはよかったじゃないですか。それで?」

「早朝に町民たちへ声をかけてくれるみたいだから、それまで休んでいけばいいと言ってくれた」


 クルト、シモン、アデリナの三人は町長の家に移動した。

 それから、早朝まで仮眠を取って身体を休めた。


「おはようございます。少しは休めましたか」

「おかげさまで、だいぶ体力が回復しました」


 町長はクルトと話してから、町民たちに事情を説明するといって外出した。

 そうたくさんの家はないので、そこまで時間はかからないと言い残した。


 クルトたちが町長の家で待っていると、しばらくして町長が戻ってきた。

 町長はクルトの元へ歩み寄って口を開いた。


「皆、フォンスの果てにある町なのに、騎士様が気にかけて下さってありがたいと口々に話していました。なかなかこちらまで来られることもないですからね」

「ほとんど見回りに来れてなかったことは申し訳ありません。遠くにあるというのは理由になりません」


 クルトは町長に謝罪した。

 町長はその言葉を聞いて首を横に振った。


「カルマンが攻めてくるというのは一大事です。レギナの人たちはどうか分かりませんが、ここの者たちはカルマンのことを恐れています。ですから、今回の話も耳に入ってよかったです」

「……そうですか」


 クルトは胸を打たれたことで目頭が熱くなっていた。

 しかし、周りの誰にも涙は見せずに話を続けた。


「メルスの皆さんは準備が整い次第、ルカレア方面に避難してください。そこから、カセル、エスラ、コダンとレギナ方面へ順番に移動して頂けるとよろしいかと思います」

「昔の戦争でもレギナの壁は越えられなかったらしいですから、レギナまで逃げられたら安全ということですね」

「はい、そうです」


 クルトは町長の言葉に頷いた。

 それから、町民の準備ができて避難が始まった。


「騎士様、ありがとうございました。私たちはルカレアを目指します」

「いえ、こちらこそ聞き入れていただいてありがとうございました」

「……これからどうなされるおつもりで?」

「カルマンの近くまで向かって、様子を確認に行きます」

「どうか、お気をつけて」


 クルトは町長たちを見送ると、シモンたちと馬のところへ移動した。

 メルスの入り口前に留められた馬は元気そのものだった。


「これだけ体力があれば、今日一日動けそうです」

「そうか、カルマンに近づくのは危険だが、二人ともよろしく頼む」


 クルトたちは馬に乗って、メルスの町を出発した。

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