夢幻回廊の罠

 サスケが行方不明になったことで、シモン以外は戸惑っているように見えた。

 彼からすれば命を狙おうとした者が離れるのは喜ばしいはずだ。


「……仕方がない。このまま先へ進もう」


 何かを考えるような沈黙の後、オーウェンは進行再開を指示した。

 彼がパーティーのリーダーであることは変えるべきではないだろう。


「まあ、それでいいんじゃないですか」


 シモンはつとめてマイペースだった。

 槍使い二人は複雑な表情を浮かべたまま、重たげな足取りで動き始めた。


 オーウェンが先頭になり、それに従うように通路に入った。

 ここまでと同じような作りで、細長い回廊のように道が続いている。


 これまで通りならキングオークやワーウルフのように強力なモンスターが待ち構えていてもおかしくない。なおかつ、今はサスケが敵に回ってしまった。


 はたして、こんな状況で進んでも大丈夫なのだろうか。


 不安な気持ちで進行方向を見ていると、隣りにシモンがやってきた。


「まあ、何とかなりますって。カナタは必ずウィリデに連れて帰りますから」


 彼は普段と変わらない肩の力が抜けたような笑みを浮かべていた。


「……そうだね。シモンの言うように乗りかかった船だし、魔王を倒して帰ろう」

「うんうん、その意気です」 


 シモンは何事もなかったように先を歩いて行った。

 気負いのない自然な態度に安心させられた気がした。


 これまでに数えきれないほどの修羅場をくぐり抜けてきたからこそ、泰然自若な姿勢を崩さずにいられるのだろう。見習うのは難しいとしても参考程度にはなるかもしれない。

 

 考え事をするうちに、オーウェンやリュート、エレンは先に進んでいた。

 仲間たちに遅れないように早足で移動を再開した。

 


 どれぐらい歩いただろう。

 今度の通路は今までと異なり、なかなか次の広間にたどり着けずにいた。


 俺たちはワーウルフがいた広間を出発して、通路をひたすら歩き続けた。

 時間を計ったわけではないが、体感で二十分から三十分程度は歩いた気がする。


「……どうなっているんだ。皆、一度足を止めて休もう」


 敵拠点の真っ只中にいるのだが、オーウェンが休憩を提案した。


 それなりに疲労が蓄積しているのだろう。 

 他の仲間は誰も反対しなかった。


 それから一箇所に集まって、休憩することになった。


 さすがにのんびりと腰を下ろすわけにもいかず、各々壁に身体を預けたり、中腰になって移動続きの身体を休ませようとしている。俺は背中から壁にもたれることにした。

 

 周囲を警戒しながら一息ついていると、オーウェンが近づいてきた。


「カナタ、今の状況では気が休まらないだろう」

「……はい、否定できないですね」

「我々が兵糧代わりに食べている干した果実だ。よかったら食べてくれ」


 オーウェンの手からドライレーズンを大きくしたような果物を受け取った。


 早速、口に放りこんでみるとほのかな酸味と強い甘みが口の中に広がった。


「移動疲れに効く甘さですね」

「そうだろう。長い時間は休めないが、少しでも身体を休めておいてくれ」

「はい、ありがとうございます」


 オーウェンはこの場を離れて、他の仲間にもドライフルーツを勧めに行った。



 それからすぐに休憩時間が終わった。

 俺たちは集まって、話し合いが始まった。


「なんか、説明しにくいけど、ずっと同じところを通っている気がするよな」

「……言われてみればそうかもしれません」


 リュートに反発することが多かったエレンだが、彼の意見に同意している。


 俺はそこまで余裕がなかったので、リュートの言葉を聞くまで考えもしなかった。サスケのことで頭が一杯で身構えるばかりだった。


「少しばかりそう感じていたが、確信が持てなかった」

「そうか、オーウェンも気づいたんだな」

「いや、リュートほど明確ではない。ただ、二人が感じたのなら可能性はあるはず」


 皆が通路のあちらこちらへと視線を向けた。

 俺も同じように何か異常がないか確かめた。


 しかし、取り立てて不審な点は見つからなかった。


「もしかしたら、魔術のようなもので幻覚を見せられているのかもしれない」


 オーウェンが重たげに言葉を紡いだ。

 そうなれば、俺たちを惑わせているのは魔術師ということになる。


「シモンは何か感じない?」

「いえ、不自然に長い通路ってことぐらいですかね」


 シモンも今回ばかりは打つ手なしといった様子だった。


「カナタ、魔術が使えるなら何か変化を見抜けないか試してくれないか」

「……はい、分かりました」


 オーウェンに頼まれるまで、意識に上ることのない選択だった。

 魔術で加工されたものであれば、マナの流れを感知すれば確認できる。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 体内のマナに意識を集中しながら、通路に流れるマナの気配を探る。


「――うわっ」


 あまりに濃厚な気配に吐き気を覚えた。


「カナタ、大丈夫か?」

「……はい、何とか」

「……何か分かったのか?」


 俺は呼吸を整えて、感じ取ったことの説明を始めた。


「通路自体が魔術で偽装されています。マナの流れを変えれば何か分かるかも」


 辺り一帯に広がる煙のようマナをこちらのマナでかき混ぜる。


 目に見えないエネルギーが渦を巻いていく。

 まるで、白い煙が換気扇に吸いこまれていくような感覚だった。 

 

 通路を偽装していたマナがどこかへ消えていった。



「……あれ?」


 いつの間にか何度か目にしたのと似たような広間に佇んでいた。

 周りを確かめるとオーウェンたちの姿が見当たらない。   

 

「……何が起きたんだ」


 心細さに不安を抱いていると、正面から視線を感じた。

 十メートル以上離れたところに玉座があり、白い髪をした少女が座っている。

 

「我が幻術を破るとは大したものよ」


 幼さすら感じさせる外見とは裏腹に、年齢を感じさせる乾いた声だった。


「……仲間は?」

「夢幻回廊を出られたのは幻術を解いたお前だけ。他の四人はそのままさ」


 少女は挑戦的な声音で言った。


「人間なのに魔王に協力するのか?」

「種族など些細なことではないか? この地の人間どもは度し難い愚者ばかり。それを知らずに肩入れするお前も愚者ということ」


 まともに話し合いが通用する相手ではなさそうだった。


「仲間を、オーウェンたちを幻術から解放しろ」

「それには我が息の根を止めるしかない。腰抜けのお前にできるのか?」


 少女は挑戦的な様子を変えなかった。


「……どのみち、俺を殺すつもりなんだろう。やってみせるさ」

「間抜けでもそれぐらいは分かるのだな」


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 話し合いの時間は過ぎたようだ。

 少女からほのかに殺気が湧き立ったのを感じて、戦闘態勢に入った。

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