風魔術の威力

 俺たちの目の前に現れたのは、数体のゴブリンを引き連れたオークだった。


「ふひょひょ、迎え撃とうとは生意気じゃないの」


 オークは不気味な声を上げた。

 地下の闇に溶けこむような黒い毛並みをしており、紫水晶のついた杖を手に持ってローブのような布を身につけている。魔術師を連想させる装備だった。


「たった二人相手にあたくしが出るまでもないかしら。ゴブリンたち、さっさと片付けてちょうだい」


 オークの合図とともに、ゴブリンが間合いを詰めてきた。


「魔術に巻きこまないようにしたいから、じっとしてて」

「はい!」


 俺はメリルを片手で制した後、すぐに魔術を発動した。

 右手を掲げて冷気を放った瞬間、襲いかかってきたゴブリンが凍りついた。


「ふふ~ん、魔術師がいると情報があったけど、貴方がそうなのかしら」


 氷漬けになったゴブリンを蹴り飛ばしながらオークが近づいてきた。

 小人型の氷像が床や壁に勢いよくぶつかると、その衝撃で砕け散った。


 仲間というよりも都合のいい手駒と考えていたのだろうか。

 敵の言葉には答えずに正面をじっと見据えた。


 オークはそのままメリルの間合いに入りそうだが、彼女は用心深い様子で剣を抜かずにいた。敵の出方が読めないので、俺も同じように慎重にならざるをえない。


「とりあえずは、お手並み拝見といこうかしらね」


 危険な気配を感じて、俺はとっさに飛び退いた。

 メリルも素早い身のこなしでオークと距離を取った。


「イヤな気配を感じる。何かするつもりだ」

「はい、そのようです」


 オークが杖を掲げると、その先端についた水晶が怪しげな光を発した。

 その直後、紫電がこちらに迫ってきた。


「――まずい」


 俺は急いで氷魔術を発動した。

 背丈と同じぐらいの氷壁が現れて、敵の魔術を防ぐことに成功した。


 ――そう思ったが、身体がしびれるような感覚があった。


「悪あがきをしたみたいだけれど、あたくしのライトニングはそう簡単に防げなくってよ。ふひょひょひょひょ」


 オークは気味の悪い高笑いをしながら、上機嫌になっていた。  


 金属製の剣と雷系の魔術は相性が悪い。

 ここを突破されると、移動中の戦士たちにも被害が出てしまうだろう。


「……メリル、ケガはない?」

「はい、カナタさんのおかげで大丈夫です」


 このまま守り続けてもどうにかなりそうにない。

 俺は意を決して、攻撃を仕掛けることにした。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。


 限られた空間では強い魔術を使うことができない。

 抑えて発動した方が安全だろう。


 俺は右手を掲げて、野球ボール大の火球を連続してオークに放った。

 薄暗い通路を照らしながら、火の玉が飛んでいく。

 

「どうだ、いけるか!?」


 避けることは難しい状況なので、全て命中したように見えた。


「……あら、こんなもの? それじゃあ今度はこっちの番ね」


 しかし、オークはほぼ無傷だった。

 もっと威力を上げなければ傷を負わせることは難しいのか。


「カナタさん、来ます!」


 敵が杖を掲げると、再び紫電が迸(ほとばし)った。

 俺は一度目と同じように氷魔術を発動した。


 氷の壁が雷撃を防いだように見えたが、掲げた右手と腕に不快な痺れが生じた。


「ぐっ……」


 今度は威力が上がっていたようで痛みが強くなり、痙攣する感覚が引くのに時間がかかった。


「大丈夫ですか!?」 


 メリルが驚いたような様子で近づいてきた。


「うん、何とか……」


 心配させまいと平気そうに振る舞ったが、何度も食らえばどうなるか分からない。


 このままではやられるのは時間の問題だった。

 反撃の選択肢にあるのは、火や氷などの慣れた魔術、もしくはオークと同じように雷魔術を使うことぐらいか。


 一通り、何ができるのか考えたところで、風魔術という選択肢が思い浮かんだ。

 これなら威力を上げても通路に風が吹き抜けるぐらいで、味方を巻き込む可能性は低い。 

 

 そう考えると、自然に右手が上がっていた。


 確信はないままだったが、マナの流れを集中させると強い風が発生した。

 次第に勢いを増して、唸るような音が通路に鳴り響いた。

 

「ふん、無駄なあがきね」


 なおもオークは余裕を見せていた。


「……その油断が命取りだな」


 ただ発動しても風では敵を傷つけることはできない。

 この風圧を圧縮して空圧工具のように切断能力を生み出せれば――。


「いけええ!!」


 俺は目一杯力を溜めた後、オークに向けて風魔術を放った。

 唸る轟音を響かせながら、圧縮された空気が弾かれたように飛んでいく。


「えっ、ええ!?」


 あまりの威力にオークは驚嘆の声を上げた。

 そして、空気の塊が直撃するとものすごい勢いで吹き飛んでいった。


「……あれ、予定ではぶった斬るつもりだったんだけど」

「すごい力でしたね」


 メリルが感心するように言った。


 遠くまで飛んでいったものの、ダメージを与えたわけではない。

 俺たちはオークの様子を確認することにした。

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