魔術の手ほどき

 エルネスの言葉に動揺を感じたものの、その意図を知りたかった。


「……実用コースで教わったことでは物足りないと」

「あれは建て前でやってるだけですから、あそこで習っただけでは炊事洗濯に役立てるのが関の山でしょう」

 

 エルネスは顔に手を当てて何かを考えるような仕草をした。

 それは知的で絵になりそうな光景だった。


「……しかし、ふむ。僕の一存で決めていいものか」

「何か問題でもあるんですか?」


 エルネスは何かを決めかねているように見えた。

 彼が何を考えているのか分からず、少し不安な気持ちになってきた。


「魔術はこの国の国防の中心であり、我々エルフの技術の集大成でもあります。あなたは平和的な人物だとお見受けしますが、異国の民に武器を与えるようなことをしてもよいのか……」

「無理に教えてほしいということはないですけれど……」

 

 そもそも、こちらの生活を満喫することが一番の目的だった。

 魔術を覚えるのに厄介なルールがあるなら、諦めることになっても仕方がない。


「少々良心が痛みますが、魔術の基本を教えるため、そして性質を探る意味でもあなたのマナを見せてください。そうした後なら問題ないでしょう」

「……えっ、どういうことです?」


 エルネスが口にした「マナを見る」という言葉の意味が分からなかった。

 こちらの不安をよそに、彼は迷いが晴れたような表情をしていた。


「安心してください。上位の魔術師同士では手の内を見せ合うことになるので、本来なら滅多に行いませんが、師弟関係を結ぶ際には必ずしていることです」

「……わ、わかりました。それじゃあ、お願いします。痛くないですよね」


 俺の視線とエルネスの真っ直ぐな眼差しが交差した。

 かなり迷ったものの、エレノア先生の兄ということもあって信じることにした。


「痛くはないです。ご安心を」


 俺はゆっくりと地面に横たわり、エルネスがこちらを見下ろしていた。

 彼は右手をかざして慎重な動きで近づいてきた。


「目を開けたままだと意識が揺れて吐き気を催します」


 そういって目を閉じるようにジェスチャーで示した。


 俺は緊張した状態で目を閉じた。

 曖昧な感覚ではあるものの、エルネスがさらに近づく気配がした。

 

「――身体の力を抜いてください」


 まるで彼の言葉が催眠術かのように全身から力が抜けていく。

 

 目をつぶっているのに、そこら中で何かが明滅するような眩しさを感じた。

 それでも、目を開きたくなるのを我慢してエルネスに身を任せた。


「……うっ」


 身体の中を極細の針が通るような感覚がした。

 それも一瞬のことで、今度は全身が浮かび上がるように軽くなった。


「ふむっ、あなたは信頼に足る人のようだ」

「……口で言っても信用してもらえなかったんですか?」

「言葉では何ともで言えるでしょう。お互いに違う国の人間なのだから、多少は警戒するものです。……あなたは平和な国で育ったようだ。幸いなことに危害を加えるような要素を持ち合わせていない」

 

 エルネスは感慨深げにいった。

 自分自身のことを言葉で説明されて少し恥ずかしかった。


「それはどうも……」

「エレノアから話を聞いた時、あなたのマナの発現方法に違和感がありました。でも、それは仕方のないことです。これから本当の基本を教えます」


 エルネスはそう言うと胸のあたりに手を置いた。俺は目を閉じたままだった。

 何か熱源を置かれたような感覚と共に、強いエネルギーが流れこむのを感じた。


「……ぐっ」


 時間にして数秒ほどだろうか。

 己の肉体がたしかに存在しているという感覚が曖昧になっていた。


「そろそろ、目を開けていいですか」

「もう少し、もう少し待ちましょう」


 エルネスはそっと俺の瞼に手の平を乗せた。

 彼の手から皮膚に体温が伝わり、それが瞳の奥へと浸透するような感覚だった。


 ――目をつぶっているはずなのに、それはたしかにそこにあった。


 言葉で表現するならば、「純粋なるエネルギー」と呼べばいいのだろうか。

 原初のマナ、水、火、雷、いくつもの光景が目まぐるしく流れていく。


 水道の水、ライターの火、そんなものをイメージするのは邪道だった。

 あるいは、正式な方法は魔術学校では教えてくれないことだったのだろう。


「さあ、目を開けてください」


 エルネスに促されて目を開く。

 光の戻った世界は目がくらむように眩しさを感じた。


「あれが本当の……」

「ええ、そうです」

 

 全てを言うまでもないと彼の目が語っていた。

 不思議な余韻が全身に残っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る