魔人との再戦

 周囲を流れる空気が冷たく重々しいものに感じられた。

 魔人ケラスの目的は分からないが、その視線はこちらに向けられている。


「……何か用が?」

「人間どもが抵抗していると聞いて眺めに来ただけだ」


 前に遭遇した時は魔術が効かなかった。

 今、戦うことになったとして、抗う術は残されているのだろうか。


「ほう、人の身にしては存外に多くの魔力を持っているな」

「魔力……マナのことか」

「どれ、退屈しのぎに相手をしてやろう」


 ケラスは嘲るような笑みを浮かべていた。


 全力で戦うつもりはないようだが、底知れぬ脅威を感じる。 

 こちらに隙を見せているのは油断しているだけなのか、余裕の表れなのか。

 

 とにかく、今のうちに先制攻撃をするしかない。

 木立に燃え移らないようにするためには、炎以外の攻撃手段を選ぶべきだろう。


 ――全身を流れるマナに意識を向ける。

 

 俺は右手を掲げて、雷魔術を放った。

 周囲に仲間はいないので、巻きこむ心配はない。

 

 辺りに轟音を響かせながら、紫電がケラスに直撃した。


「……なかなか、やるではないか」

「――はっ、効果がなかったのか」 

 

 全身を焦がすように煙が上がったものの、それが晴れると無傷のケラスが立っていた。


「退屈しのぎの礼に反撃してやる。防いでみせよ」 


 ケラスはそう言い終えた後、魔術を発動させたらしい。

 やつの前方で何か変化が起きている。


「――な、何だっ!?」


 突然、青い炎が揺らめきながら向かってきた。

 慌てて距離を取りながら、氷魔術で巨大な盾を作る。 


 かなり強力な魔術らしく、盾にした氷が急激に溶けていく。


「これを防ぐか。なかなかやるではないか」


 炎を防ぎきった後、周囲の温度は上昇しており、額には汗が浮かんでいた。


 あれだけの攻撃を連続で出されたら打つ手がない。

 短期決戦で倒したいところだが、強力な魔術を放つには時間がかかる。


「――カナタ殿、そいつは一体!?」


 異変に気づいた仲間が近づいてきた。


「ダメだ、危ない!」

「雑兵が邪魔をするでない」

 

 ケラスは何のモーションも見せずに氷魔術を放った。


「……ぐっ、はっ」


 あまりの速さに見ていることしかできなかった。

 わずかな間にその場にいた仲間は氷で胴体を貫かれていた。


「……ひどい、ひどすぎる」

「ふんっ、もっと抵抗してみせよ。そうでなければ、貴様も同じ末路をたどるぞ」


 頭の中を恐怖と怒りが支配していた。

 ここでやつを食い止めなければ、きっと大変なことになる。


 マナを練るために集中を高めようとするが、厳しい状況におかれたせいで息が苦しい。できる限り強力な一撃でケラスを倒さなければ。

 

 短い時間で集められるだけのマナを右手に集中させた。

 そして、巨大な火の玉を放つ。


 木々に燃え移ることを避けていたものの、こうなってはかまっていられない。


 炎が空気を切り裂きながら、ケラスに向かって飛んでいく。

 やつはさすがに危険だと判断したのか、左手を突き出して防御した。 


 火の魔術の威力で敵の手は焦げていくが、大きなダメージを与えられそうにない。


 これ以上、強い攻撃ができないことを悟り、絶望的な思いでケラスと対峙した。


「人間にしてはよくやった。誉めてやろう」

「……クソっ」


 ケラスの左手は焦げて煙が上がっているが、意に介さないようだ。


「褒美として、苦しまないように殺してやる」


 やつは冗談など口にしない。

 その言葉は実質的な死刑宣告のようなものだった。


 背筋凍りつくように冷たく、足は自分の物とは思えないほど重く動かない。  

 逃げるべきだと考えてみても、どうにもならない状況だと諦めの気持ちがよぎる。


 ケラスは不気味な笑みを浮かべて、無傷の右手を振り上げた。


「――いや~、間に合ったみたいでよかった」


 どこかで聞き慣れた声がした。

 場違いに思えてしまうほど呑気な調子で。


 誰の声だったかと考えていると、ドンっと音を立ててケラスの手首から先が落ちた。


「カナタを見つけたと思ったら、厄介なのと戦ってますね」 

「……シモン!?」


 そこにいるはずのない姿だった。

 自分は幻を見ているのか、あるいは現実なのか。

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