モンスター急襲

 近づけば近づくほどに先に見える山の影が不気味に見えてきた。

 その周りだけが暗い空と重く垂れこめる雲に覆われ、不吉な気配を感じさせる。


 きっと、自分一人だけならば向かおうと思わなかっただろう。


 不安を抱きながら、並んで歩く仲間に視線を向けた。


 オーウェンは規則正しい歩幅で力強く進み、メリルは決意に満ちた表情を浮かべている。リュートとエレンは小競り合いをしなくなった。


 あの岩山を陥落できれば、彼らとの戦いも最後かもしれない。

 

 そんな感傷に浸りつつ、ひたすらに歩き続けた。


 

 しばらく遮る物のない道が続いていたが、少し先には両脇に木々が生えている。


「――木陰から襲われないように気をつけてくれ」


 オーウェンが控えめな声で伝達すると、ほぼ全員が「はっ」と短い返事を返した。


 モンスターはそこまで単純な思考回路ではなく、侵入する勢力が攻めてきた時のために迎撃態勢が整えられているように思われた。


 そのため、岩や木のように姿を隠せる箇所は気をつけなければならない。


 慎重に一歩ずつ進み、木々が増えてきたところで味方の大半が武器を構えた。


 太い幹と葉が茂っているため、離れた場所からは敵が潜むかを確認できない。


 皆、一様に押し黙り、息を殺すように歩を運んだ。



 境目の辺りを通過して、左右に木々が広がる箇所に到達すると緊張感が増した。


 しかし、モンスターが飛び出してくることはなかった。


 先頭の仲間が目線で先へ進むという合図を送ってきた。

 オーウェンはそれに頷き、隊列は木々の間を縫うように進んだ。


 そこまで構える必要はなかったかと緊張の糸が緩みかけたところで、木の上から複数のモンスターが飛び下りてきた。


「――敵襲!」 


 唐突な出来事に反応が遅れた。


 周りの仲間たちは武器で応戦しているが、魔術の発動が間に合わない。


「くっ、まずい」


 こちらに隙があると判断したのか一体のゴブリンが襲いかかってきた。

 人間から奪ったらしき錆びた剣を掴んでいる。


 ゴブリンは感情の読み取れない表情のまま、その武器を振り下ろした。


「――ふっ」


 咄嗟に護身用の剣を引き抜いてガードした。

 

 金属同士がぶつかる鈍い衝撃が手に響く。

 ゴブリンは人間の子どもぐらいの背丈しかないのに力が強かった。


 気を抜いた瞬間、たちまち押しこまれそうだ。


 四方の木々の上からモンスターが飛びこんでくるので、味方は手一杯だった。

 今は自分自身で対処するしかない。


 ゴブリン一体なら、魔術を発動すれば一撃で勝負をつけることができるが、剣で防御しながらではマナに集中するのは厳しい。


 どうにか距離を引き離そうと間合いを取るが、すぐに追撃されてしまう。


「……このままでは劣勢のままだ」


 数的に不利な状況なので、他のモンスターにも注意を払わなければならない。

 一対二になれば抵抗しきれないだろう。


 必死に攻撃を防ぎながら、敵の動きに注意を向ける。

 ゴブリンは力任せに剣を振るだけなので、動きは単調だった。

 

 規則性がある以上、どうにか隙を突けないだろうか。


 俺は好機を狙うために、今まで以上に思い切りよく後ろに飛び退いた。


「――しっ、しまった」


 足が何かにぶつかってバランスが崩れた。


 時間の流れがひどくゆっくりになったかと思った後、背中から地面に叩きつけられた。


「ぐっ……」


 背中と肩に鈍い痛みが走る。


 立ち上がろうとした瞬間、すでにゴブリンが距離を詰めていた。


「……うっ」


 ゴブリンは無慈悲に剣を突き刺そうと刃を向けた。


 己の死を覚悟して、目を閉じた。


 ……しかし、数秒経っても何の変化もない。


 恐る恐る目を開くと、ゴブリンの首元にナイフのような物が刺さっていた。


 それが致命傷になったようで、そのゴブリンは血を流して倒れこんだ。


「……助かった、のか」


 周りに注意しながら立ち上がる。

 身体の節々に痛みを感じるが、動けないほどではなかった。  


 辺りを見回してみると、すでに決着はついており、こちらの戦力がモンスターを圧倒していた。あちらこちらにコボルトやゴブリンの死体が転がっている。


 誰が助けてくれたのか分からないが、危ないところだった。


 俺は目の前のゴブリンの首元に刺さった刃物を引き抜いた。

 イヤな感触がしたが、持ち主に返すためには仕方ない。


「……あれ、これは刀……?」


 この世界の武器は両刃がほとんどで、片刃でこんな意匠の刃物を見たのは初めてだった。

 ナイフも片刃が多いと思うが、この見た目は明らかに刀に近い。


「それはワタシのモノだ。かえしてくれ」


 たどたどしい現地語を耳にしたのは初めてだった。

 声の主を確かめるべく振り返ると、思わず我が目を疑った。


「……日本人?」

「……おぬし……」


 こちらと同じように向かい合った相手も驚いていた。

 そこに立っていたのは古めかしい服装をした日本人の男だった。

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