偵察要員サスケ
あまりの驚きに何を伝えるべきなのか分からなかった。
闇に溶けそうな軽やかな濃紺の装束。侍のまげのようにまとめられた黒い髪。
足元は地下足袋、腰には脇差を少し長くしたような刀を携えていた。
「……おぬし、こんなところで何をしている」
男は敵意を隠すことなく、こちらを見据えている。
同胞であることを疑いたくなるような攻撃的な空気を感じた。
「……そっちこそ、一体何者なんだ」
俺たちが睨みあっていたところで、戦いを終えたオーウェンや他の仲間が近くを通りかかった。
「……サスケ、サスケではないか!」
「オーウェン殿、報告が遅くなった。ちょうど、森に潜伏していたところ、アナタたちが戦い始めたので加勢した」
二人は顔見知りのようだった。
「この人を知ってるんですか」
「彼は我々の活動の中で偵察を担っている。ずっと帰還しなかったから万が一のことを考えていたが、戻ってこれてよかった」
オーウェンは安堵したように柔らかな表情を浮かべた。
「オーウェン殿、敵陣の様相が把握できた。取り急ぎ報告したい」
「……わかった。早速聞かせてもらおう」
サスケが切り出すとオーウェンは表情を固くした。
重要な話のようなので、俺は二人から少し離れた位置に移動した。
しばらくして、二人の話に区切りがついた。
すぐに作戦を話し合うことになり、味方全員が集められた。
「サスケが無事に帰還した。彼のおかげであの岩山がどうなっているか知ることができた」
始まりの青の戦士にとって見知った仲間なようで、「おおっ、サスケが」という驚きと喜びの混ざる声がちらほら聞こえてきた。
「サスケ一人なら敵の要所を通り抜けられるが、我々の人数で隠密行動を取っていては効率が悪すぎる。彼が集めた情報を頼りながら、できる限り手薄なところを通過するようにしよう」
オーウェンはそう提案して、作戦の話を始めた。
彼が順を追って話を進めていくが、内容があまり頭に入ってこない。
これが最終決戦で最も危険な戦いになる。
それは十分理解しているつもりだ。
ただ、サスケの存在を知ったことで、思考の整理が追いつかないままだった。
日本からこの世界に来たのは、俺や村川だけだと考えていた。
しかし、俺が生きる時代とは異なる時代の日本人がいる。
忍者が存在するような時代の人が装置を発明できるとは思えないので、サスケがどうやってこの世界を訪れたのか疑問だった。
――あれだけこちらを警戒していては、身の上について話すことは期待できないだろう。
どうにか頭を切り替えて、オーウェンの作戦に集中しようと試みた。
オーウェンの説明が終わると誰もが口を閉ざし、重たい沈黙を感じた。
彼の作戦では途中まで全員で進行した後、サスケが見つけた経路に限られた人数で岩山の中枢に侵入するということだ。
――なぜ、そんな危険な作戦を選ぶのか?
それはサスケが敵の親玉である魔王を発見したからだ。
以前、モンスターが魔王のことを口にしたものの、半信半疑のままだった。
そして、彼の調査では魔王は実在するようだ。
オーウェンは一通り話し終えてから、何かを考えるように目を閉じた。
それから何秒かの間を置いて、意を決するように目を開いた。
「……魔王の懐に飛びこむ以上、危険は避けられない。人数を絞ればさらに危険は増すが、目立たぬようにするためにはそうする他ない。独断で決めさせてくれ」
オーウェンの決意を前に、仲間たちは「はっ!」と声を上げた。
「まずはサスケ。それからリュートとエレン。あとは魔人を倒すほどの腕前を持つシモン。敵に魔術師がいた場合に備えてカナタも同行してくれ」
自分の名前が呼ばれたことに驚きを覚えた。
他にも精鋭がいるはずにもかかわらず、限られた人数に含まれている。
選抜されること自体は誇らしいはずだが、気持ちの整理ができなかった。
地に足のつかない状態のまま、出発の時がやってきた。
他の仲間たちを眺めれば、決戦を前にして引き締まった表情をしている。
自分は不安そうな顔をしているだろうと思うと情けない気持ちになった。
やがて、これまでと同じように隊列を組み始めたので、慌てて列に加わった。
言葉を発する者は皆無で、オーウェンが短く出発の合図をした。
木々の間を縫うように進み、安全を確認するために時折立ち止まる。
殲滅が成功して残存勢力はなく、俺たちの行軍を邪魔する存在はゼロだった。
どこかで美しい鳥の鳴き声が響いたが、耳を澄ましている余裕はない。
一歩、また一歩と慎重なペースで足を運ぶ。
進むたびに死地に近づくと考えるだけで、冷や汗が垂れるような心地だった。
頭の中で自分自身の心の声がぐるぐると渦を巻いている。
――危険な作戦に同行して生還できるのか。
――命を賭すだけの価値がある作戦なのか。
……その答えは分からない。
成り行きに任せるように異世界で生活して、ささいなきっかけでメリルたちが暮らす世界にやってきた。ここはモンスターが支配する世界で、多くの市民が抑圧された日々を送っている。
いつか、騎士クルトが祖国のために決死の覚悟を見せることがあった。
またある時には、エルネスが魔術師としての誇りを示して戦うこともあった。
暗闇に差しこむ淡い光のようにかすかな感覚だが、きっと自分は彼らに憧れて、そんなふうになりたいと願ったような気がした。
それならば最後の戦いで全力を注ぐことこそ、その答えなのかもしれない。
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