決戦の地
岩山の麓までは敵の抵抗はなく、モンスターを目にしなかった。
さらに進むと前方が緩やかな上り坂のカーブになっており、道の先が見えなくなっていた。
規則的なリズムを刻んていた足音が順番に止まった。
先頭の仲間が何かを警戒して、立ち止まっている。
「――敵が近づいてきます! 戦闘準備を」
彼が言い終えるのと同時に道の向こうから地響きが聞こえてきた。
「……どれだけ来るっていうんだ」
その気配に圧倒されそうな仲間がいた。
俺も同じように脅威を覚えた。
「怯むな! 迎え撃つぞ」
オーウェンが味方を鼓舞するように声を上げた。
その声に共鳴するように、仲間たちの口からは力強い雄叫びが放たれた。
恐怖と高揚感。
二つの異なる感覚が自分の中で混ざり合っていくのを感じた。
それは初めて目にする光景だった。
ゴブリンやコボルトが連隊を組むようにいくつも連なり、それらを指揮するようにオークが将の役割を担っているように見える。
――数的不利であるが、誰もが遅れは取らんとばかりに気迫がみなぎっている。
敵を十分に引きつけてから、先頭の仲間が交戦状態に入った。
モンスターの群れはじりじりと迫り、中間にいる俺のところにも接近してきた。
――全身を流れるマナに意識を向ける。
これまで幾度となく繰り返してきた。
異世界で身につけた特殊技能――魔術はこの身体になじんでいる。
俺は味方を巻きこまないように範囲を調整しながら、敵の攻撃に注意を向けた。
「……今だ!」
ここぞという好機を狙い、ゴブリンの群れに凍てついた空気を放つ。
出力を高めたことで、こちらの全身にまで冷たさが伝わってきた。
魔術の発動は成功して、数体のゴブリンが一塊の氷柱へと姿を変えた。
「頼もしいな!」
近くにいた仲間の一人が声をかけてきた。
それに表情を和らげて応えると、再び集中力を高めた。
混戦で使い勝手がいいのは氷魔術だ。
炎や雷は範囲が広がりやすく、味方を巻きこみやすい。
「カナタ、気をつけろ!」
誰かの声が聞こえて、咄嗟に振り向く。
一体のコボルトがこちらに襲いかかろうとしていた。
すぐに右手を伸ばし、鞘から剣を引き抜いて攻撃を受ける。
魔術の行使に専念したかったが、素早い攻撃は剣で防ぐ方が安全だ。
あとは隙を見て魔術で反撃すれば倒せるだろう。
今までのモンスターは力任せに武器を振るような猪突猛進なところがあったが、今回のモンスターたちは異なるようだ。
攻撃に淀みがなく、首元や胴などの急所を鋭く狙ってくる。
これでは劣勢が続きそうだと判断したところで、コボルトが地面に崩れ落ちた。
「――邪魔者は倒した! 魔術に集中してくれ」
仲間の一人がどうだと言わんばかりに声を上げた。
心強いばかりだ。
味方がモンスターの数を削っているが、まだまだ敵の勢力は健在だった。
このままではなかなか進めない。
俺はそう判断して、強力な魔術を放つために集中を高めた。
全身を流れるマナが加速すると、身体の中で不思議な感覚がする。
弱い電気が流れるようでもあり、じんわりと発熱するようでもある。
これで発動準備は整った。
周囲を確認して、キングゴブリンと呼べそうな巨体のゴブリンに苦戦している味方を発見した。
見上げるような高さがあり、筋骨隆々な姿はゴリラのようだった。
数人がかりで戦っているが、攻め手に欠いているように見えた。
「よしっ、彼らを援護しよう」
俺はその場から駆け出して、キングゴブリンと戦う仲間たちに近づいた。
「そいつから離れてください、動きを止めます!」
彼らは俺の言葉に気づき、敵から距離を取った。
すかさずマナに意識を傾けて、キングゴブリンの足元へと氷魔術を放つ。
凍てつく風が一直線に伸びて、巨体の足が地面から凍りついていく。
「す、すごい!」
「これなら有利に戦える」
何人かの仲間が喜ぶように声を上げた。
「さあ、動きが止まりました。トドメを刺してください」
彼らは小さく頷いた後、キングゴブリンに襲いかかった。
いくら二メートルを超える巨体であっても、動けなければ戦力はダウンする。
仲間たちは振り払おうとする腕をかわしながら、見事に致命傷を与えた。
「……はあっ、はぁっ、ずいぶん倒した気がするが、これで最後だな」
誰かが疲れた様子で言った。
その声を聞いて周囲を見回すと、戦いが終わって静かになっていた。
他の場所でもモンスターを倒しきったようで、これ以上攻めてくる姿は見当たらない。
壮絶な戦いを証明するかのように、あちらこちらに無数のモンスターの死体が転がっていた。
これまでにない厳しい戦いだった。
俺は息を吐いて、何気なく空を見上げた。
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