帰還と旅立ち

 ケラスとの一戦を終えて町へ戻ると、漁師たちが心配そうな顔をしていた。


「三人とも無事でよかった! なかなか戻らないからどうなったかと」


 駆け寄ってきたロッシが声をかけてくれた。

 全身に疲労感がこみ上げているおかげで、手を上げて応えるのが精一杯だった。


 俺たちはケラスのことを話しても不安にさせるだけだと思い、漁師たちに伝えるのは控えようと決めていた。


「デグラスの脅威は去ったが、再びモンスターがやってきてもおかしくない。だから、私はこの町に残る」


 ゼノは俺とメリルの方を向いて言った。

 最初に会った時と比べて、少し表情が柔らかくなったように見えた。


「わたしたちは次の町へ向かいます」

「他にも危険なモンスターはいるはずだ。無事を祈る」




 休息を取ってから出発することもできるが、すぐに発つことに決めた。

 ケラスへの危機感が高まり、どのような影響を及ぼすか気がかりだった。 


 タラサの町を出る時、ロッシを含む全ての漁師が見送ってくれた。

 その中にはゼノの姿もあった。


 そう長い期間ではなかったが、密度の濃い時間を過ごした気持ちだ。

 デグラスを葬り去り、結果としてケラスを退かせることができた。


 そういった成果に関しては手応えを感じる部分もある。

 しかし、懸念していることもあった。


 タラサのような小規模な町に、デグラスのような危険なモンスターがいた。

 後から現れたケラスが例外的な存在だったとしても、さらに規模の大きな町に行けば強力な敵と戦わざるを得ないのだろう。


 タラサを出発してしばらくすると、海岸線から街道につながる道が見えてきた。


「わたしの情報が確かなら、次の町までずいぶん遠かったと思います」

「たくさん歩くということだね」


 身体のコンディションはいまいちだが、馬がない以上は仕方がない。

 覚悟を決めて進むことにしよう。


 それからメリルと長距離の移動が始まった。




 何度目かの日没と夜明けを経て、タラサから遠く離れた場所までやってきた。


 歩きっぱなしというわけにもいかず、事情を話して民家に泊めてもらったりしながら雨風をしのいだ。


 進んだ距離に比例して、周囲の景色も変化していた。

 草原の広がる平地から遠くに冠雪した山々が見える高原に移り変わっている。


 タラサ周辺に比べて気温が低くなっているため、途中で毛皮の上着を購入した。

 現金を持っておらず、メリルにこちらの通貨であるギニーを出してもらった。

 

 ――そして現在。俺とメリルは白い砂利の広がる山道を進んでいた。

 道の脇には草花が生えて、離れたところには澄んだ小川が流れている。


「ここまでがモンスター支配の空白地帯だったかな?」

「はい、道中でお話ししたように、組織がまとめた情報ではアルヒやタラサのような辺境は緩やかな支配ですが、この先は鉱山資源などの影響から厳しい状況が続いているそうです」


 ここに来るまでの間、小規模な集落はあっても町や村は見なかった。

 人口が少なければあえて支配する必要もないのだろう。

 

 ……しかし、ここからは違うということか。


 歩き続けるうちに、道の先に関所のようなものが見えた。

 背の高い石垣で作られた壁と中央につけられた門。


 モンスターが見張っているかと思いきや、門の付近には衛兵が立っていた。

  

「カナタさん、油断してはいけません。向こう側はモンスターの支配地域です。おそらく、あそこにいる人はモンスターの配下だと思います」

「……相手が人間だからと気を許しちゃダメだってことか」


 一人だったら間違いなく気づかなかっただろう。

 迂回することはできないようなので、俺たちは旅人を装って通過することを歩きながら打ち合わせた。


 足を止めることなく少しずつ関所に近づいていく。

 長槍を持った体格のいい衛兵がこちらに気づいた。


 彼は怪訝そうな様子を見せると、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 そして、互いの距離が数メートルになると牽制するように口を開いた。


「おい、見かけない顔だな。どこからやってきた?」

「旅をしていまして、海岸線から歩いてきました」

「そんなに遠くからか。ここだけの話、関所より向こうではモンスターの監視が厳しい。旅が目的なら、引き返す方が賢明だ」


 いかつい外見とは裏腹に衛兵は親切に教えてくれた。

 しかし、ここまできて戻るわけにはいかない。


 メリルに視線を向けると、任せろと言わんばかりに頷いた。


「危険を感じたらすぐに引き返すので通してもらえませんか?」


 彼女は荷物から素早い動作で小さな布袋を取り出した。


「これは何だ?」

「開けてみてください」

「……塩か」


 険しかった衛兵の表情がいくらか和らいだ気がした。

 彼は無言のまま、メリルの手元から布袋を引き取った。


「どうしてもというならば止めはしない。忠告はしたからな」

「ありがとうございます」


 彼は俺たちから離れて、何事もなかったかのように持ち場に戻った。

 

 どうすべきか成り行きを見守る俺に、メリルは先へ進もうと手で合図をした。 

 俺は落ち着かない気持ちのまま、彼女と関所を通過した。


「この辺りは海が遠いので塩は貴重なんです」

「切り札になるのは現金だけじゃないってことか」


 とにかく、衛兵が一人だけで助かった。

 複数だったら話をまとめるのは手間がかかっただろう。

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